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21 クリスティーン

「ねえ、外が騒がしくない?」

 最近ずっと顔がかゆく、痛むような、むずむずするような、不快な状態が続いているせいで、眠りが浅い。だから、ベッドにいるとすぐに眠気がくる。今もうとうととして今にも眠りそうだったのに、外から声が届いて目が覚めてしまった。


 クリスティーンがいらついているとメイドがお茶を持ってきたので、外の騒がしさはなんなのか聞いてみると、メイドはよくわからないとカーテンを開けようとした。


「ちょっと! 開けないでよ!」

「申し訳ありません!」

 クリスティーンが怒鳴れば、メイドはいすくむとすぐにカーテンを閉めた。


 包帯の下で皮膚が湿っているような気がするのに、カーテンを開けられたら日が入って汗ばむではないか。顔がかゆくて不愉快なのに、どうしてそれくらいのことに気づかないのか。

 腹が立って仕方がない。無意識にまぶたの辺りをかくと、メイドがクリスティーンを見つめた気がした。


「なによ! 今笑った!?」

「わ、笑ってなど。かゆいのであればお薬をお持ちするか、聞こうかと、きゃあっ!」


 側にあった水差しを投げると、メイドの頭にそれが当たって床が濡れた。

 悲鳴を上げるほどのことではない。水差しの中に熱湯が入っているわけではないのだから。それが熱湯だったらいいのに。そうしたら、このメイドの顔も焼けてただれることだろう。


「ちっ。それで、誰が来たの!?」

「き、聞いてまいります」

 メイドが逃げるように部屋を出ていく。掃除をしてから行けと言おうとすれば、母親が何事かと部屋に入ってきた。


「クリスティーン。なにかあったの!? 大きな音が」

「なんでもないわ、お母様。それより、外が騒がしかったけれど、どなたかいらっしゃったの? やっとレオハルト様がいらっしゃったの!?」


 レオハルトはあの日から一度も顔を見せに来ていない。顔どころか、手紙すらよこさなかった。

 母親にレオハルトを連れてきてと頼んでも、母親がレオハルトを連れてくることはなかった。会うことすらできないというのだから、役に立たない。


「いらっしゃったのは、レオハルト様じゃな、」

「じゃあ、誰が来たのよ!」

(あの男、なんで来ないのよ。私が怪我をしたのよ? なのに、)


「なんで来ないのよ!!」

「い、いらっしゃったのは、ギルメット家の方よ」

「ギルメット? アルヴェール様の家の方がいらっしゃったの!?」


 アルヴェール・ギルメット。レオハルトとは比べ物にならない身分を持った人だ。レオハルトとは違い、誰にでも笑顔を振りまく軽さはなく、女性が周りに集まってもひと睨みするだけ。間違ってもレオハルトのように浮いた噂はない。

 そんな人の家の者が、どうしてこの屋敷に来たのだろう。


「まさか、アルヴェール様のお相手を探しにいらっしゃったの? ねえ、お母様、私に婚約の話があったのではないの!?」

「え、いえ、どうかしら」

「まさか、お姉様とか言わないわよね!」

「それは、当然よ。そんなことはありません」


 母親はそれだけは違うと、ピシャリと言う。姉がいつの間にかいなくなっていることを知って、母親は激怒していた。大人しく部屋に閉じこもっていると思っていたと言うが、閉じ込めるならばしっかり見張りをつけておけばいいものを。つけていたのにいなくなったと、バカみたいなことを言う騎士などつけているから、逃げられるのだ。


「じゃあ、なんの用でこの屋敷に来ているの。ねえ、お母様、私が休んでいること、アルヴェール様に伝えるように、ギルメット家の方にお伝えしてよ。バカな姉のせいで、苦しんでいるって。お父様に会いに来られたのならば、私にも興味を持ってくださるかもしれないでしょう?」

「そ、そうね。クリスティーン。そろそろ休んだらどう? 話していると、疲れるでしょう?」

「疲れないわよ。寝てる方が疲れるわ。ずっと眠っているのよ!? 足がまだまともに動かないから、仕方なく寝てるけれど。手だって、まだしっかり動かない。はあ、全部お姉様のせいよ。そうよ。レオハルト様がお見舞いにいらっしゃらないのだって、お姉様が邪魔しているのではないの!? 手紙だって、何度も送っているのよ!?」


 きっとそうに違いない。

 姉はなにを言っても文句も言わず、ただ頷いて、人の言うことばかり聞く、つまらない女だった。

 笑うこともほとんどなく、趣味は刺繍や針仕事。地味で根暗な性格。


 なのに、なぜか男受けがいい。奥ゆかしいとか、清らかとか、とんちんかんな感想を口にする男もいて、お前の目はどこについているのか罵りたくなった。

 レオハルトもどうして姉を婚約者にしようと思ったのか。


「まさか、私から乗り換える気じゃないでしょうね」

「クリスティーン?」

「……許さないわ。お母様、お姉様はどこにいるの。探してよ。連れてきて!」

 だいたい、なぜ魔道具が自分に当たったのか。何度考えてもわからない。


「紛い物を渡してきたんじゃないでしょうね」

「クリスティーン?? 爪を噛むのは」

「いいから、探してきてよ!」


 母親に怒鳴りつければ、急いで部屋に出ていく。どいつもこいつも役に立たない。

 爪を噛んで噛み切って、ささくれだった指から血が滲んだ。

 利き腕の動きが鈍い。だから左手しか使っていない。崖から落ちた時に右腕と指を折ったからだ。

 本当ならば、そうなるのは姉の方だった。魔道具を使って隙を見て突き落とすつもりだったのに、なぜか魔道具は跳ね返り、クリスティーンの肌を焼いた。


 あの魔道具は、とある店で手に入れた物だ。

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