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20 父親

「頼まれていた魔道具について、わかったことがあったよ」

 クロードは不機嫌そうに鼻息荒く話した。


 アルヴェールはクロードに魔道具を探すよう頼んでいた。ジョアンナが使用された魔道具だ。妹のクリスティーンが購入したのか、レオハルトが購入したのか、その辺りを辿ってほしいと伝えていたのだが。


 いつも高みの見物でもしているかのように、人ごとだと思って話をするようなクロードが機嫌悪くするのは、大抵自分の商品についてだ。


「お前が作った物の模倣品だったのか?」

「そう! 俺が作った商品の模倣、粗悪品だよ。ジョアンナ嬢が受けた魔道具ってのは、皮膚が焼けたようになるって話だっただろう? 俺が作った魔物討伐用の魔道具をちゃちに作った物のようだよ。ほら、これだ」


 クロードは丸いガラス玉のような物を出した。美しいという色ではなく、排水溝の汚泥のような色をしたものだ。触れてもわからないような微かな魔力を感じた。


「たしかに、ちゃちな魔道具だな。しかし、この程度の魔力で、皮膚がただれるほど焼けるのか?」

「ジョアンナ嬢に当てたってのが重要なんだよ。加護を持っていたジョアンナ嬢は、その魔道具の魔力を跳ね返した。どんな祈りをしたのか、その加護を見てみないとわからないけど、攻撃を受けたら倍以上に返るようになったんだろうね」

「ジョアンナがそんな加護をつけるか?」

「無意識で行っているんだろう? どんな風に返されるかなんて、彼女はわかっていないよ。幸福であれと祈ったとしよう。ジョアンナ嬢の祈りが強すぎて、不幸を渡そうとする者に祈りの分返るって感じかな」


 それならば納得できる。ジョアンナは無意識で幸福を祈り、そうでないモノが近寄った時に反射する加護を付加したのだろう。しかしその力が強すぎたため、魔道具を使ったクリスティーンに激しい攻撃が返された。

 狩猟大会でレオハルトに加護を渡し、相手になる獣が近寄りながらも攻撃性を失うようにするくらいだ。反射した攻撃が倍以上になっても驚かない。


「とはいえ、この魔道具を使えば、大きな火傷にはなるから、もし加護を持っていなかった場合、熱湯をかけられたような火傷になっただろうね」

「それを、実の姉に投げ付けた。しかも、崖の前で」

「顔にでも投げれば熱で目が焼けて、足を滑らして真っ逆さまかな。だからその程度の魔道具で良かったんだろうねえ。いや、怖い妹だね」


 怖いで済むような話ではない。どこまで醜悪なのだろうか。

 怒りで腸が煮えくり返るようだ。ジョアンナはそんな妹と同じ屋敷にいて、どれほど苦労したのだろう。

 結果、屋敷を抜け出して貴族を捨てようとしている。


「購入者はわからないのか?」

「そこまで調べられないよ。前に確認した店とは別の店で売っていたんだ。どうやらそこの店のやつが製作していたみたいでね。おもちゃみたいなくだらない魔道具をやたら売っていたよ。攻撃性の魔道具だけではなく、いわゆる大人の夜を楽しむもの、とかも売っててね。主な顧客が貴族なんだよ。俺が店に行ったら、それを勧めてきたから」

「くだらん」

「そういう遊びをする貴族も多いってことだよ。平民が買えるような金額じゃないし、知ってるやつは知ってるんだろ。俺もそっち方面の魔道具しか売っていないと思ってたから、調べるのが遅くなったんだ」


 ならばやはりレオハルトが知っていて、そこで購入したのだろう。

 証拠が出ないのが腹立たしい。


「その店は潰しておけ」

「もうやっちゃった」

 クロードがしたり顔をする。製作者も拘束してあるそうだ。その後の処理はクロードが行うだろう。

 クロードの店を出ると、ホレスが急ぐように近寄ってきた。


「アルヴェール様、孤児院に怪しげな男がいると」

「なんだと?」






 ジョアンナが行きそうな場所を探す者がいれば、邪魔をしたい。そう考えて孤児院や裁縫系の店に人をやっておけば、孤児院に現れた。


「おい、」

「うっ。げほっ。な、なんだ!?」


 木陰に隠れるようにいた男が、アルヴェールの魔法に腹を抱えて悶えた。すぐに剣を手にしようとしたが、アルヴェールの剣が男の首に触れる方が早い。


「誰の命令でここにいる」

 男はフードをかぶっており、平民のような格好をしていたが、持っていた剣が平民のそれではなかった。どこかの騎士をしているのだろう。フードの隙間からアルヴェールを見やって、一度目を見開いた。アルヴェールが誰かわかっている顔だ。


「誰の命令だと聞いている」

「わ、わたしは、うっ」

 アルヴェールの剣が男の首元をかすった。膨らむように溢れる鮮血に、男はごくりと唾を飲み込む。


「ら、ラスペード家の者です! 旦那様より、お嬢様を探すようにと命令されております!」

「ならば、ちょうどいい」






「これは、ギルメット家の。なにごとですか!?」

 ラスペード家に行けば、主人のラスペードが急いで出迎えた。騎士が怯えるように事の仔細を耳打ちする。ラスペードは眉をしかめたが、なにか誤解があるようだとすぐににこやかにアルヴェールを迎え入れた。


「お恥ずかしながら、娘が外出したまま戻って来ず、孤児院に訪れているのではないかと騎士を向かわせたのです。ご存知の通り、娘の噂がよくないため、これ以上恥の上塗りはしたくないと、騎士に平民の格好をさせておりました。ギルメット家の方が訪れているとは思わず、誤解させてしまい申し訳ない」


 よくもいけしゃあしゃあと言えたものだ。

 ジョアンナが屋敷を抜け出していたことすら気づいていなかったのではないのか。


「あの孤児院は私も支援している。怪しげな男が様子をうかがっては子供たちが怯える。二度と行わぬよう願いたいものだな」

「たかが子供が怯えるくらいではないですか」

「なんだと?」


 アルヴェールが睨みつけると、ラスペードはすぐに承知したと頷く。内心舌打ちしているのだろう。目が笑っておらず、引き攣るように口元を上げている。

 ここまで来たのは、屋敷の内情を確認するためだ。今まで調べさせていたが、実際見聞きするのとは話しが違う。


「しかし、令嬢が外出したまま戻っていないとは、大変だな」

「ええ、ええ。我が娘ながら、とんだ愚か者で。妹にやっかみ、怪我をさせて。反省させていたのですが、外出したまま戻って来ないとは」


 今ここで、殴り殺してやりたい気持ちに駆られた。

 拳を握ることで我慢して、ラスペードの言葉を耳にする。しかし怒りで会話が耳に入ってこない。


「妹のクリスティーンは器量も良いのですよ。今は体を休めているところで。孤児院の支援はこれからクリスティーンが行う予定です。よろしければ、支援についてお話しできれば」


 この期に及んで妹を勧めてくる。

 アルヴェールは堪忍袋の尾が切れそうだった。このまま切り捨ててしまい衝動に駆られそうだ。

 なんとか我慢したいが、できないこともある。


「娘は、」

「ジョアンナはもう娘ではないとでも言わんばかりだな」

「ええ。あんな者は、もう戻って来なくとも良いと考えています」

「探していたのではないのか?」

「もちろん探しておりましたが、これだけ探してもいないのであれば、どこかでのたれ死んでいるのでしょう。社交界をお騒がせしたのですから、戻って来ないのならばそれで良いのです。親子の縁を切ればいいのですから」

「よくわかった。二度と彼女に関わるなよ」

「は? ギルメット様!?」


 アルヴェールは大股で屋敷を出る。後ろからラスペードが追いかけてきたが、馬に跨がればそれ以上は追って来なかった。

 あんな男が父親などと、ジョアンナはどれだけ辛い思いをしてきたのだろう。

 縁を切ると言われてジョアンナは悲しむだろうが、縁を切ってくれた方がいい。


「あのような父親の元に戻すことなどない」

 やはりあのまま切り捨ててしまえば良かった。


 今の話をジョアンナに話す前に、自分の告白を承諾してくれればいいのに。

 すぐにでも彼女に会いたい。会って抱きしめて、一人ではないのだと言ってやりたい。

 しかし、まだその立場になれていないことを、アルヴェールは心から悔やんだ。

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