18 練習
まずは魔力の流れを感じること。
練習する時間も場所も限られている。
アルヴェールはジョアンナの手を取り、その魔力の流れを教えてくれた。
「その、すまない。直接手で触れないとわからないから」
「だ、大丈夫です」
触れられた手が高熱を持ちそうだ。
手が触れられるということは、それだけの距離ということ。
恥ずかしくて、顔を見ることができなかった。うつむいたまま、握られた手からも目を逸らした。直視していられない。
周囲は草木の生えた静かな場所で、日の光が入る植物園のようなサロンだ。
秘密裏に行うにも場所がなく、まさかギルメット家の離れを使うことになるとは。
アルヴェールは気を遣い、顔を隠して連れてきてくれた。
しかしそれが、逆に目立った気がしたのだが、気のせいだろうか。
ほのかな温もりが手の中にこもった気がして、ジョアンナは顔を上げた。ぱちりとアルヴェールと目が合って、すぐにうつむく。
「なにか感じただろうか」
「その、温かい、熱のようなものを感じました」
「それを感じたまま、あの花の蕾に手を近づけて、蕾が開くように祈ってみないか?」
「は、はい!」
そう言われて、ジョアンナはアルヴェールから逃げるように手を引く。アルヴェールの手の温もりは消えてしまいそうだったが、手の中にある温かさは消えることがない。そのまま近くにあった花の蕾に手をかざすと、しっかりとその口を閉じていた蕾がゆるりと揺れて、花を綻ばせた。
「え、開いた! 開きました!」
あまりに驚いてアルヴェールに振り向くと、アルヴェールは見たことのない優しげな目をジョアンナに向けていた。
まるで、愛しいものでも見るかのような。
「今の使い方を覚えておくといい。魔力の放出の仕方だ。加護を無意識で与えていただけあって、すんなりできたな。……どうかしたか?」
「い、いえっ。なんでもありません!」
ジョアンナは焦って顔を背けた。
心臓が高鳴っているのがわかる。見たことのない笑顔で驚いているのではない。アルヴェールの微笑みを見てときめいているのがわかって、ジョアンナは顔が熱くなった。
こんな風に異性に対して意識をしたことなんてない。レオハルトが婚約話を持ってきたときは、驚きはしたが、嬉しさよりもなぜ自分にという疑問しかなかった。それなのに、アルヴェールと話して、笑顔を見るだけで胸が締め付けられるような気がしてくる。
(気のせいじゃないわ。アルヴェール様に微笑まれただけで、ドキドキいっている)
アルヴェールはジョアンナが珍しい力を持っていて、その力発揮できたから喜んでいるだけなのに。
(勘違いをしてはいけないわ。だから、あの笑顔に惹かれてはいけないのよ)
息を吐いて心を整える。
「体調でも悪いのか??」
「なんでもありません。花が咲いてよかったです。これを練習していけばいいんですね」
「ああ。ここには蕾がたくさんあるから、ここでならば良い練習になると思ったんだ。外で花を咲かせすぎてもまずいからな」
「それで、わざわざこちらに。ありがとうございます。私のわがままを聞いてくださって」
「わがままなどと、」
ジョアンナが背筋を伸ばして深く礼をすると、アルヴェールが焦ったように顔を上げるように言った。
「わがままなのは君ではない。わがままなのは私の方で!」
「アルヴェール様が?」
どうしてアルヴェールがわがままになるのだろう。そう口にする前に、扉の方でいさかう声が聞こえた。
女性の声のようだ。アルヴェールも気づいて眉をひそめた。
もしかして、婚約者の女性でも訪れたのではないだろうか。そう思った途端、胸が急激に苦しくなってきた。
アルヴェールに婚約者がいないわけがない。親切でジョアンナを連れてきてくれたが、ジョアンナが無理を言ってお願いをしたため、断れなかったのだ。女性と二人でいるところを見られたら、アルヴェールの面目が潰れてしまう。婚約者の女性にも不快な思いをさせるだろう。
そんなことすら気づかなかったとは。
アルヴェールの優しさに惹かれ、普段なら考えそうなことすら考えられなかった。子供たちのためと言いながら、浮かれていたのかもしれない。アルヴェールとの接点が持てたことに。
「申し訳ありません。私、すぐにおいとまして」
「なぜそんな。いや、あれは、ちょっと待っていてくれ、」
アルヴェールが慌てるように扉へ向かった。しかし女性の声はさらに大きくなって、勢いよく扉が開かれた。




