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16−2 加護

 大物の出現に、レオハルトは悲鳴声を上げた。

 矢では退けられない。アルヴェールは咄嗟の判断で魔法を繰り出し、魔物の足元から首にかけて風の攻撃を行った。

 魔物は煽られてひっくり返ったが、その巨体の横転にレオハルトは反応しきれなかった。倒れた魔物の衝撃にバランスを崩し、足首を捻るように転がった。


「い、痛いっ! 足がっ!」

 なにを大げさな。横転した魔物はまだ生きている。止めを刺さなければ再び起き上がり、その巨体で踏み抜こうとするだろう。魔法を放出する魔物でないことを喜ぶべきか、王も大きな怪我を受けないようにその程度の大物の投入にしたわけだが、その辺で転がっている者がいれば、怪我では済まない。


「レオハルトを下がらせろ!」

「なんだと!?」


 転がっているくせに、反論する余裕はあるらしい。魔物はすでに体勢を整えて、後ろ足を蹴りながらこちらに向かってこようと鼻息荒く準備を行なっている。人の言葉に憤っている暇などないのに。

(あれでよくこんな奥まで入ってきたな)


 魔物が走り出す。レオハルトの悲鳴が聞こえた。それを無視し、剣を振り上げた。ほとばしる金色の光が魔物を貫いた。傾げる魔物の隙を逃さず、アルヴェールはその太い首を切り付けた。

 倒れ込んだ魔物を、怯えた顔で見ながら、しかしレオハルトはそのままアルヴェールを睨みつけてくる。その視線を無視して、レオハルトを森から出すように命令した。レオハルトと一緒にいた者たちは一度レオハルトを置いて逃げたが、戻ってきたらしい。


「主人を置いて逃げるなど! さっさと僕を起こせ!」

 一人で立てないレオハルトが罵りながら、手を借りて立ち上がる。怪我は足首を捻った程度だろう。


「加護を持たないで、こんなところまで来るからだ」

「は? なんのことだ。くそ、あのクソ馬のせいで、落馬したから、こんなことに! 今日は僕の調子が悪かっただけだ! 調子にのるなよ!」


 レオハルトは意味がわかっていないと、アルヴェールに言い返してくる。

 調子が悪かったのは、本人の力量の話ではないのに。

 加護に気づかず、狩猟大会で成績を残したことを、自分の実力だと思っているとは。


 普段からレオハルトは加護に守られていた。狩猟大会の時は特にその力が強い。加護のある物を手に入れて持ち歩いているのかと思ってはいたが、今までジョアンナがレオハルトにその加護を与えていたのだ。

 狩りではそういった加護を持つ者は多い。遊びで大怪我をしては元も子もないからだ。ここは社交界で、貴族同士の繋がりを深めるところ。そう思っている者は、ある程度獲物を得られれば良いと考えている。レオハルトもその体だと思っていたが、まさか本人も気づいていなかった。


 ふいに、怒りが湧いてきた。

 ジョアンナはあんな男でも婚約者であるレオハルトに、怪我がないように加護をかけた物を渡したのだろう。おそらくハンカチを自ら作り、狩猟大会で活躍できるように、大物を獲れてこられるように、そして、怪我などをしないように、祈りながらレオハルトのために加護を施した。


 それが、無性に腹立たしかった。

 レオハルトはそれに気づかず、前回の狩猟大会で大物を仕留めることができたのだ。それを、自分の実力だと勘違いしたまま、今回の狩猟大会に挑み、大物がいる森の奥まで足を延ばした。


「加護を持っていれば、この程度の魔物を恐れることなどなかっただろう」

「さっきから、なにを言っているんだ。まったく、い、痛い! 早く歩くな。僕は怪我をしているんだぞ!」


 あの様子では、他の獲物が寄ってきた時に対処できないだろう。アルヴェールは大きく息を吐いて、少し離れた場所からついていくことにした。獲物を持ち運ぶにもゆっくり進むことになるため、言い訳になるだろう。


 森の外に出ればレオハルトの新しい婚約者が走り寄ってきた。レオハルトは仕留め損ねたことを丁寧に謝った。その後の言い訳は長かったが、リアンナは気にしていないようで、無事で良かったと胸をなで下ろした。

 アルヴェールの騎士が逃げたレオハルトの馬を引いてきたのに気づき、それを伝えたところ、レオハルトは謝礼を笑顔で口にした。あの変わり身の早さには舌を巻く。


 ジョアンナの加護を身につけていれば、あんな目には遭わなかったのに。そう思う反面、持っていなくて良かったという気持ちと、しかしジョアンナはいつもそのような加護をレオハルトに与えていたのかということに、ショックを隠せなかった。

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