16 加護
「素敵ですわ。その傘」
「予約したのよ。優先的に紹介してくれて、即購入したわ」
エスターはレース仕立ての日傘をクルクルと回して、友人たちに模様を見せた。
そこまで日があるわけではないが、購入したからにはすぐに使いたいと持ってきたのである。
傘は一点もので、製作されたばかりだと言われたので、即決した。
「日差しをさえぎっているとはいえ、とても涼しく感じますわね」
「そういえば」
(お兄様が、あの店の物は加護がかかっている物が多いって言ってたわね。これもそうなのかしら)
小物に加護をかけるということは、とても難しいことだと聞いている。魔法を使えても癒しなどの力を使える者は稀だ。その力を存分に使って物を売るなど、今までにない商売だった。宣伝すれば、かなりの収益になるだろう。しかし、あのブティックはそれを行わず、ただの小物として販売している。
もったいないんじゃないの? と思うのだが、作っている本人が気づかず作っているというのだから、教えてやってそれを宣伝すれば良いではないか。そう兄に言えば、貴族に囲われるだけだから、今は黙っていろと口止めされた。
そんなことに興味をもつ兄ではないが、あのブティックが気になっているらしい。
珍しいこともあるものだ。
(まさか、あの店主のこと、気になってるとか、言わないわよね?)
兄は女性に興味がないのか、浮いた話ひとつない。妹としては心配になるところだ。
平民を好きになるような機会はないと思うが、どこかで知り合った人妻を好きになるなどあり得るだろうか。
「心配だわ」
「お兄様のことですの?」
「え? そう、お兄様がね、心配で」
「まあ、アルヴェール様のことですもの。きっと大物を仕留めて戻っていらっしゃいますわ。いつも狩猟大会ではご活躍されているんですもの」
そっちに関してはまったく心配していないのだが。反論はせず、笑って返しておく。
なぜか人気のある兄は、友人たちにも好かれていた。場合によってはこの中から相手が出てくるのだろうか。考えたが、兄と友人の誰かが並ぶことが想像できなかった。家を継ぐことを考えれば、悠長にしていられないはずなのだが、両親もせっつく真似はしないし、家名のおかげで相手がいなくなることはないのかもしれない。
「怪我人です!」
暇を持て余していると、誰かが大声でそう言った。人が集まって、誰かを運んでくる。
「やだ、どなたかしら」
「今日は魔物が出ているのでしょう? 怪我人が出るかもとは言っていたけれど」
「説明されていたじゃない。奥の方は大物が出るって。わかっていて入ったのなら、自分の力量を勘違いしていたのでしょうねえ」
時折そういう者がいると、兄が言っていた。兄はその場所に行っているのだとは思うが。
だからいつも戻ってくるのが遅い。他の者たちよりもより強い獲物を狙うからだ。優勝を狙うとかではなく、それくらいの獲物でないとやる気が起きないのだろう。こういった催しには仕方なく参加しているのだから。
「どなたが運ばれてきたのかしら」
「ユーステス令嬢が呼ばれていたわ」
「リアンナ様が? じゃあ、レオハルト様が怪我をされたのではないの?」
どうやらそうらしい。レオハルト・セディーンが人の肩を借りて歩いている。大怪我をしたわけではなさそうだが、自分の馬は一緒ではないようだ。人の馬に乗せてもらって帰ってきたのだろう。
「あら、お兄様」
森から出てきた兄がレオハルトと話して、こちらへ寄ってきた。兄は当然のように無傷だ。
後ろから大荷物が運ばれてくる。兄がのした獲物だろう。歓声が上がったが、兄はなんでもないと見向きもしない。よくあの巨体を運んできたな。と眺めていれば、レオハルトが足を止めて、走り寄ったリアンナと話しながら、こちらに来る兄を横目で一瞬睨みつけた。
「お兄様、喧嘩でも売られたの?」
「大したことじゃない」
つまり、売られたようだ。
レオハルト・セディーンはやけに兄を敵視している。自分が男前だと思っているのに、なんでもそつなくこなす兄が目の上のたんこぶなのだろう。レオハルトと違い、兄は家柄もあり、顔もそれなり、文武両道でもある。性格も、レオハルトよりはマシだろう。妹から見ても、兄の方が上だった。
しかし、その兄がレオハルトの睨みに返している。いや、見ているだけか。
「なにか、気になることでもあった?」
「加護がない」
「加護? いつも加護なんてかけているの?」
「普段、狩りの時は加護を持っていた」
「それって、ズルじゃないの?」
レオハルトは狩りが得意ではない。エスターはそう記憶していた。格好ばかりの男だ。自分の見せ方はよく知っているようで、能力がないことを隠すのがうまい。だから、狩猟大会にはほとんど参加しなかった。参加しはじめたのは、ここ最近のことだ。それで活躍したので、練習でも重ねて苦手を克服したため、参加を決めたのかと思っていたのだが。
加護を得ていたとなると、防御や攻撃を高めていたということになる。
「お兄様、そういうこと、黙ってなくていいと思うのよね」
「加護を持つことが悪いわけじゃない。願掛けみたいなこともあるからな」
「どんな加護だったのよ」
「魔物を呼び寄せつつも、その魔物がおとなしく近づいてくる、弱体化する加護というか」
「ズルじゃないの」
「自分の力を使って狩るのだから、問題はないだろう」
問題はありだと思うのだが、兄はそう思わないらしい。その思考回路はどうなっているのか、問いたい。
「だが、今回はそれを持っていなかった」
「お兄様?」
どこか不機嫌に言う姿に首を傾げる。レオハルトが加護を持っていなかったことに、なぜ不満げな顔をするのだろう。




