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14 方法

「じゃあね、ジョアンナおねえちゃん。おじちゃんも、ばいばい」

「せめてお兄さんにしてくれないか」

 アルヴェールが返すと、ジョアンナが微かに笑った。遠慮がちな笑いに、つい視線がいく。


「では、私はこれで失礼します」

「家まで送ろう」

「あ、ありがとうございます。ですが、馬車が来ていますから」


 ジョアンナは焦ったように断りを入れてきた。馬車はすでに停まっていて、ジョアンナを待っている。予約をして呼んでいたのならば仕方がない。アルヴェールが身を引くと、ジョアンナは深々とお辞儀をして馬車に乗った。

 アルヴェールもそれにならうように馬車に乗る。


「あの馬車を、気づかれないようにつけてくれ」

 御者が言う通りにジョアンナの乗った馬車についていく。

 ジョアンナはアルヴェールを見て強張った顔をした。顔を見られたくなかったのに、部屋の中で会ってしまったのだから、ジョアンナは焦っただろう。帽子で顔を隠そうとしたのを見て、町で会っただけという言い方をした。

 その時の安堵した顔に、どうにも悔しさを感じた。


(なぜ、彼女が引け目に思わなければならないのか)

 無意識に作ったハンカチに加護をかけるような人が、妹を殺そうとした。そんな馬鹿馬鹿しい話はない。

 現に、町で会った時に拾ったハンカチにはなにも感じなかった。最初に感じたのは、子供が持っていたリボンを拾った時だ。あの時に微かな魔力を感じたが、加護とは気づかなかった。しっかり確認していれば、気づいただろうに。


 店に行っていくつかの商品に魔力を感じた。エスターが購入した物を確認すれば、やはり加護がかけられていた。

 それがジョアンナのものではないかと気づいたのも、子供のリボンに触れていたからだ。

 そうだとしたら、


「アルヴェール様、馬車から女性が降りました」

 御者の声が届いて、ジョアンナが周囲を見回しながら店の裏手に入っていくのを確認する。

「やはり、店に行くのか」


 ホレスから、ジョアンナが屋敷にいるかわからないという話を耳にしていた。部屋に閉じこもりきりで姿を現していない。屋敷のメイドも見ることがない。ここ一ヶ月以上、ジョアンナの姿を見た者がいない。

 想定されるのは、屋敷を出ていること。だとしたらどこにいるのか。


 クロードに確認を急がせたが、一致する力を持つ者は関わっていなかった。そうであれば、もうジョアンナしかいない。

(本当に、屋敷を出て、針子をしているのか。平民の身なりをしてまで)








「妹が目を覚ましたようです」

 屋敷に戻れば、ホレスから報告を受けた。

「ジョアンナがいないことには気づいたか?」

「いえ、まだ気づいていないかと」

 ため息しか出ない。


「娘が屋敷を抜け出して一ヶ月以上経っているのに、気づいていないだと?」

「妹のクリスティーンが目覚めても、父親はクリスティーンの部屋にもほとんど近付いていないそうです。部屋に行けば怒鳴り声がひどいとか。クリスティーンを金持ちの元に送るつもりだったのに御破算になって、クリスティーンを罵っていたそうですから」

「どういう父親だ」

「代わりに母親がクリスティーンの部屋に入り浸り、レオハルト・セディーンの屋敷に何度も手紙を送っています」

「その母親も、ジョアンナが屋敷にいないことに気づいていないのか?」

「そのようです」

「はあ、なんてことだ」


 秘密裏に屋敷を出るわけだ。ジョアンナがラスペード家でどんな扱いを受けていたのか、考えるだけで怒りに震えそうだ。ジョアンナは屋敷を抜け出ても気づかれないとふんで、住み込みの仕事を探したのだろう。針子として働いても店に出ることはない。店主もわかっていて黙っている。ジョアンナが妹を殺そうとするような女性ではないと理解してのことだろうが、いつまでも隠れているわけにはいかないだろう。


 もしも捜索が始まれば、店主もジョアンナを隠してはおけない。今は店の者が黙っているかもしれないが、店の商品が軌道に乗れば、また店に人が増える。その中の誰かが外に漏らすこともありえた。


「彼女を保護することはできないだろうか」

「加護の力を伸ばすために、魔法を教えるというのはどうですか?」

「……もう断られた」


 すでにその手で接点を持とうとしたが、断られたと言うと、ホレスは目をすがめた。もうやったのか。という目だ。


「うるさい。素性を隠している彼女に近づくのは難しいんだ」

 接点を持って、もっと親しくなれば、手助けできるかもしれない。そう思って提案したが、魔法を学べるのは貴族の男と決まっている。加護の力を持っていて特別だとしても、貴族の女性までだ。平民でそんな力を持っていると気づかれれば、すぐに貴族が囲い、外に出すことはないだろう。それだけ特異な力だ。


 クロードの調べでも、加護を与えられる者は少人数で、身分が高ければ自分のために、低ければ他人を癒すことのできる治療士となり、大抵が大きな家門の元で働く。その人数も少数。引っ張りだこだ。強い力を持つ者など、さらに少数。


 ジョアンナがどれほどの使い手かわからないが、学ぶことができればジョアンナの今度に活かせる。屋敷を出て働くならば、治療士の方が絶対的な立場になれる。


 ただし、ジョアンナ・ラスペードの身分ならばだ。

 ジョアンナもそれを考えただろう。身を隠している者には大きな力だ。学びたいと思っても、そう易々と表に出るわけにはいかない。


「あのラスペードも、ジョアンナが加護を与えられる者だと知れば、待遇を変えるだろうが」

「その場合、別の身売りを考えそうですけれどね。他国の王子とか」

 ホレスの言葉に、持っていたカップを割りそうになる。


「なんだと?」

「遠い国の王子とか探し出して、治療が行える娘だと売り出すに決まっていますよ」

「そんな王子など、」

「王子とは限りませんかね。王とか。別に側室でもいいんですし。……なんですか。ラスペードが考えそうなことを言ったまでです」


 じっとりと睨めつけたが、ホレスの言う通りだ。ラスペードがジョアンナの力に気づけば、どこに嫁がせるのかを算段するだろう。手っ取り早く、どこかの国の王の側室が考えられる。治療を施せる者が現れれば、それだけで受け入れるはずだ。どの国でも珍しい力なのは間違いない。


「一番手っ取り早い方法がありますよ」

「うるさい。口を開くな」


 何が言いたいかわかって、ホレスの言葉を遮る。

 きっと同じことを考えているだろう。ホレスがにやけた顔をしたのを見て、カップを投げたくなった。

 そんな簡単にできれば苦労はない。ジョアンナは望まない婚約を強いられて裏切られたのだ。

 今はその方法はしまって、別の方法を考えるしかなかった。

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