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9−2 外出

 ジョアンナの三つ年上で、二十一歳。パーティではレオハルト以上に人気のある人だ。容姿だけでなく文武に長けて、魔法の力も強いと聞く。狩猟大会ではいつも活躍し、レオハルトは目の敵にしていた。女性の人気が高い上に、レオハルトと違って名ばかりの上位貴族ではなく、本物の由緒正しき家柄の子息だからだ。


 前にも孤児院で会っているが、話すことはなかった。顔を覚えられているかわからない。アルヴェールはよく人に囲まれており、美しい女性たちもこぞってアルヴェールに近づいた。彼女たちを見慣れていれば、ジョアンナなど目に入らないと思うが。

 

「そ、それでは」

 ジョアンナはそそくさとその場を離れる。


 貴族には会いたくない。それもあるが、この格好でなにをしているのかと問われたら困る。店で働いているとは言えない。店に迷惑がかかってしまうからだ。ごまかせばいいだろうが、もしも間違って調べられたら言い訳もできない。


(どうして、こんなところを歩いていらっしゃるのかしら。この辺りは商人が訪れるような問屋ばかりなのに)


 およそ上位貴族が訪れるような道ではない。ジョアンナのように自ら生地などを見にくるならまだしも、アルヴェールのような貴族が来るような店はなかった。なにか事業でもやっていたか、そうは思っても本人が来ることはない。

 帽子を被ってきて良かった。モニカに礼を言いたい。


「君!」

「え?」

「ハンカチを落とした」

「えっ! す、すみません!!」


 先ほど涙を拭いたハンカチが手元にない。焦って自分のハンカチのことを忘れてしまっていた。

 アルヴェールに拾ったハンカチを渡しておいて、自分のハンカチを落とすとは。恥ずかしくて顔が上げられない。

 拾われたハンカチを両手で持って受け取ろうとした。が、なぜかそのハンカチが引っ込められた。


「食事は終えたか?」

「え?」

「昼食だ。この辺りの店に詳しくないのだが、良い場所を教えてくれないか?」

「ええ??」

 






(ど、どうしよう。こんなところについてきて)

 ぎゅっと帽子を握りしめて、絶対に帽子を外さないと言わんばかりに深く被る。


 店は少し歩いた場所にある、平民が入るような店に案内した。ジョアンナはマリアンと入ったことがある。外向けの広い窓があり、ベランダのようになっているので、軽く食事をするときに外の景色を見ながら食事が取れる。サンドイッチと搾りたてのジュースがおいしいと評判の店だ。それでも上位貴族が入るような店ではない。


 だから、断られると思ったのに、そんな店に、アルヴェール・ギルメットを連れてきてしまった。

 そして、なぜかジョアンナも一緒に食べることになってしまった。


 アルヴェールは平民が出入りする店でも気にしないのか、場違いな格好で椅子に座った。店の者も客もポカンと口を開けてアルヴェールを眺めている。なにを見ているのかわかっていないかもしれない。それほど異質な存在が、ここにいる。


「なにがうまいのか教えてくれるか?」

「サンドイッチとジュースが」

「ではそれを」


 アルヴェールはさっさと頼んでしまった。店主が急いで店の奥に引っ込む。きっと厨房で大騒ぎになっていることだろう。慌てている声が漏れ聞こえる。そしてすぐに食事を持ってきた。緊張の見える顔で運んできたが、待たせるわけにはいかないと思ったのだろう。いつもよりずっと早く運ばれてくる。おそるおそるテーブルに置いて、すぐに奥へ引っ込んだ。その姿を見て申し訳ない気持ちになってくる。


「昼食を食べていなかったんだ。付き合ってくれてありがたい」

「いえ、そんな」

 護衛の一人もつけずに歩くのが趣味なのだろうか。馬車にも乗らず、この辺りでなにをしていたのか。聞きたいが、聞けない。


「おいしいな」

「それは、良かったです」

「食べないのか?」

「い、いただきます」


 前に来たときはおいしく食べられたが、緊張して味など感じていられない。

 アルヴェールはなにを考えているのだろうか。初めて会った女性と昼食を共にするような人だとは思わなかったのだが。


 ジョアンナの知っているアルヴェールは女性に人気でも、女性を近づけさせないような雰囲気を持っていた。レオハルトのように不特定多数の女性たちを側に置いたりしない。多くの女性たちがアルヴェールに視線を注いだが、その視線が交わされることはないと聞いたことがある。

 妹のクリスティーンも初めてアルヴェールを見たときには、お近づきになりたいと口にしていたが、遠い存在だったため早々に諦めていた。


(お茶会でも話題に出ることが多かったけれど、誰も射止められないし、隙がなくて近づくのも難しいと、どなたかぼやいてたわよね)

 孤児院に援助しているため、女性たちが集まって大変だったことがある。しかしそのときですらつかまらなかったのだから、女性が苦手なのかと思っていた。


(そんな人が、どうして私を誘うの? まさか、気づかれている?)

 気づかれていたとしても、一緒に食事というのもおかしいか。この状況に説明がつかず、目が回りそうだ。


「今日は、なにをしにこの辺りへ?」

「え、さ、んぽ、です。ええ。散歩をしておりました」

「よくここにくるのだろうか?」

「え、ええ、時々、です」

「一人で食べるのは味気ないからと思ったんだが、時間は大丈夫だろうか?」

「はい。いえ、少しだけなら」

「そうか。時間がないのに申し訳なかったな」

「いえ、そんなことはありません!」

「そうか。それならよかった」


(た、たすけてええっ!!)


 なんと答えれば良いのかわからない。アルヴェールは普段見る顔とは違い、緩やかに微笑む。そんな笑い、初めて見た。いや、ほとんど会ったことがないのだから、笑い顔など見たことがないわけだが、とにもかくにも、無防備な笑顔に、ジョアンナの心がかき乱された。

 逃げたい。ここから立ち去りたい。


 ジョアンナだと気づかれていないだろうし、そもそもジョアンナのことを知らない可能性が高い。それに安堵したが、早くこの場から去りたくてしょうがなかった。


(でも、まだ食べ終わっていないわ。早く食べないと!)

 アルヴェールはとっくに食べ終わってしまい、ジュースを口に含む。


(早く食べないと!!)

「ゆっくり食べてくれ」

「え、はい!」


(うう。どうしろというの~!)

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