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77話 僕らの最後の戦い1


 積もった雪を踏みしめながらさらに北上。

 墓場山脈を越え、本格的に魔族の支配域へと侵入する。


「――来たか」


 ウォーレンさんの手に鳥が留まる。

 その足には文が結ばれ、彼は解いて内容に目を通す。


 連合軍本隊からの伝令である。


 僕らはすでに予定していたルートの最終地点へと到達していた。考えられる今後の予定は、安全な場所で待機し、追ってくる本隊と合流となるはずだ。


「どうぞ」

「ありがとう」


 アマネから受け取ったコーヒーに口を付ける。


 真っ白い息が吐き出された。


 ほんとここは寒いな。

 こんなことでなければ三人で雪遊びでもしてたのだが。


「なんだとっ!?」

「いかがいたしましたか?」

「これを見てくれ」


 ウォーレンさんが手紙をクラリスさんに渡した。


 手紙に目を落とした彼女は、ハッとした様子で手で口を押さえた。


 本隊に何かあったのだろうか。

 さらに受け取ったオズヌさんが、こちらへと走ってくる。


「おい、アキト。てめぇの国が大変だぞ」

「え!?」


 手紙を受け取り急ぎ目を通した。


 内容はこうだ。


 魔族は密かに戦力を動かしビルナス国首都を攻撃。これによって王都は陥落。国王を含めた王族は全て処刑されたそうだ。連合軍はビルナス奪還を果たすべく、戦力を割いて現在行動中らしい。


 王様が……死んだ?


 ショックで脱力してしまう。


 祖国に攻め込まれたのも衝撃だが、僕の知る人が死んだことが一番心にダメージを与えた。


「アキト……」

「大丈夫だよ。辛い事実ではあるけど、僕は大丈夫」


 クラリスさんとウォーレンさんの会話が聞こえた。


「シリカ様が国外に出られていたのは幸いでした。ビルナスの王族が潰えることだけは回避したのですから」

「まだ年端も行かぬ子供に重い責務を背負わせることになった。しかし、これで本隊と合流できるか分からなくなったな。防衛強化の為にどの国も戦力を引きあげるかもしれん。それどころか英雄も」

「このタイミングを狙っていた、のでしょうね。国の護りが最も手薄になる瞬間を狙っていた」


 連合軍は各国の派遣した兵と英雄で構成されている。

 それはつまり――いずれの国もかつて無いほど、防衛力が低下している状態ということだ。


 加えて邪神討伐作戦が順調に進んだことで、国々は完全に油断をしていた。

 比較的魔族領から遠くにあるルビナスが落とされたことで、背後をとられる形となった各国は現在、最大級の警戒態勢となっているはず。


 僕らを奥地にまで誘い込んだのはこれが狙いだったのか。


「どうすんだ。ここまで来て撤退命令ってのは面白くねぇぜ?」

「それは小生も同じ。とは言え、祖国が危ういとなると……本隊が合流できない場合、我々は孤立無援となります。たとえ進んだとしても、戦いは想像絶する厳しさとなりましょう」


 沈黙が横たわる。


 退くか進むか、ここでする決断は自国の行く先を左右する。


 そして、撤退命令が下っていない現状、作戦はまだ継続されている。

 本部は、僕らの判断に任せたのだ。


「我々は貴方がたの判断に従います」


 兵士達も決断を僕らに求めた。


 邪神はもう目と鼻の先。

 もう一つの部隊と現地で合流できれば、全ての英雄がこの地に揃う。さらに僕らにはエミリという奥の手もいる。可能性は低いが、ゼロではない。


「俺っちは行くぜ。ここまで来ておめおめ逃げ帰っちゃ英雄の名折れだ」


 オズヌさんがニヤリとする。


「魔族に恨みはないが、ここで戦争を終わらせなければより多くの犠牲が出る。チャンスが二度あるとも限らん」


 ウォーレンさんは髭を撫でながら微笑む。


「攻撃は最大の防御とも言います。第一、小生はまだちっとも濡れておりません。祖国は心配ですが、満を持して送り出していただいた以上、英雄らしく大きな手柄を持って帰らないとなりません」


 クラリスさんとその仲間が自信に満ちた顔で僕らを見る。

 兵士達も闘志に満ちた目をしていた。


 僕らはどうするべきか見合わせる。


 僕はともかく、アマネとエミリはこれ以上危険に身を投じる必要はない。


「アキトが行くなら私もついて行きます。あの男に私達の幸せな時間を引っかき回されるのは我慢なりませんから」

「エミリが魔族のケツ毛を燃やすなの」


 ありがとうアマネ。

 それからエミリ、下品な発言は止めなさい。


 全員が、僕の判断を待っていた。


 今こそレインとの因縁に終止符を打つべきだろう。

 僕の知らない過去を知る意味でも。


 新婚旅行を再開するにはこんな争い早く終わらせるべきなんだ。


「行こう。僕らで邪神を倒す」


 決意を新たに僕らは進む決断をした。


 それはそうと、ところでどうやって攻め込むのだろう。

 質問すると全員が目をそらした。



 ◇



 魔族の都『ゼーレス』。

 そこは雪に閉ざされた極寒の土地。


 僕らは崖から遙か先の魔族の本拠地を窺う。


「なんだありゃ。なんつー馬鹿でかい遺跡だ」

「先史文明の作りだした建造物ですね。文献を読んで知ってはいましたが、こうして見ることができるとは想像しておりませんでした」

「かつてこの地には古代文明の中心都市があったそうだ。ここから見えるアレはかつて天を貫く塔だったそうだ」

「センタータワー……」


 白く巨大な円錐形の建造物。

 その頂点から延びる塔は上に向かっていた。


 だが、塔は半ばからぽっきり折れていて、かつてのセンタータワーの十分の一もない。


 僕は知っていた。

 センタータワーの本来の姿を。かつての聖王都の姿を。


 栄華の象徴である世界塔が、今は墓標のようにしか見えなかった。


「さーて、どうするかねぇ。このまま正面から突っ込むってのも俺っちはぜんぜんアリだがよぉ」

「小生の予想ですが、魔族はビルナスの侵攻作戦に戦力の大部分を割いているのではないでしょうか。連合軍も牽制しなければならないことを踏まえると、ここは考えているより手薄なのでは」


 クラリスさんの言葉に僕らは納得する。


 元々魔族の総数は少ない。攻撃と防御、確実にどちらかが薄くなる。

 僕らが易々と入り込めたのも防衛に割く人員が不足しているからだ。少数であることに油断している可能性も大いにあり得る。


「嬢ちゃんの変身なら正面突破もなんとかなるのではないかな」


 ウォーレンさんのアドバイスにポンと手を打つ。


 エルダードラゴンのブレスで城ごと消し飛ばせばいいじゃないか。

 個人的にレインから色々聞きたくはあるけど、戦争を終わらせるのが最優先。


「エミリ、頼めるかな。目標はお城。できるだけ街には被害を出さないでほしい」

「任せるなの! 全て消し炭にしてやるなの!」

「僕の話、ちゃんと聞いた?」


 エルダードラゴンに変身したエミリは、雄々しく咆哮した。





 僕らは敵を斬り捨てながら街へと走る。

 外壁からは魔法と矢が向けられるが、クラリスさんと魔法使いの面々が全てを撃ち落としていた。


 ビィィィン。


 敵の放った青い閃光が走る。


 当たった所の雪が一瞬で溶け、その下の地面も赤く発熱していた。

 どうやら外壁に備えられた防衛用の遺物が作動したようだ。


 街を囲う外壁は恐ろしく高く分厚い。

 かつて聖王都を守っていたであろう聖壁の機能はまだ生きているらしい。しかし、当時と比べると十分の一も力を発揮できていない。


 ……まただ。またおかしな錯覚が。まるでそれを体験したような言葉だ。


 僕は双剣でビームを真上に逸らす。


「アキト、私が!」


 アマネが槍の力を収束させて放つ。

 外壁で作動するビーム兵器を破壊した。


「ありがとう」

「ですが、また次が」


 次のビーム攻撃が迫る。

 だが、素早く前に出たウォーレンさんが聖盾で防いだ。


 青い閃光は聖盾を貫くことができず、次第に細くなって消えた。


 一部が赤くなった盾からは煙が漂う。


「壁対壁、どっちが頑丈か勝負しようではないか」

「じいさんっ!」


 オズヌさんが跳躍、ウォーレンさんの盾の上に乗る。

 ミシミシ。筋肉の膨張が服を引き裂き、二回りも三回りもウォーレンさんが大きくなる。


「死ぬなよ、若造」

「俺っちは不死身だぜ」


 砲弾のごとくオズヌさんが飛ぶ。


 外壁の上に着地した彼は、風のような速さで駆け抜け敵を片付けて行く。


「カノンモード」


 クラリスさんの発射する閃光が、防衛兵器を破壊した。


 さらに遅れてエミリが上空から降下。

 速度そのままに正門へと突っ込む。


「がぉおおお、ケツ出せなの!」


 魔族が悲鳴をあげて逃げ出す。

 エミリは前足でまだ若い魔族の男を押さえつけ、爪で強引にズボンを下げた。


 こら、エミリ!


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― 新着の感想 ―
[良い点] 更新お疲れ様です。 ここにきて王女以外が処刑されてしまったか。レインとしてはアキトが方向転換してくれることを願ったのでしょうが逆効果になった。タイトル通り最後の戦いになるのか?
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