76話 墓場山脈での別れ3
ウォーレンさん達の元へ戻った僕らは、混乱を極めた状況にしばし固まった。
炎に包まれた岩を投げるアスファルツ。
ウォーレンさんにオズヌさん、クラリスさん達が逃げ惑っていた。
「なんとかしろ! これでは戦いにならん!」
「むちゃ言うなよ。俺ちゃんもできることとできないことがあんの」
「大の男が揃って手を打てないなんて。それでも英雄ですか」
アスファルツは固い岩肌を簡単にえぐり、魔法を使って岩を炎で包み込む。
投げた岩は豪速で着弾、爆発したように土煙を上げた。
クラリスが聖星銃で応戦するも、射線をラーケットの創った影の四天王が遮ってしまう。
「エミリ、魔法で援護を!」
「なの!」
風の槍が炎の岩を撃ち抜く。
すかさず僕とアマネで距離を詰める。まずはラーケットを叩く。
『そうはさせん』
『アタイらがいること忘れんな』
影のゴラリオスとアスファルツが行く手を塞ぐ。しかも数は十人。
五人のゴラリオスとアスファルツを相手にしなくてはいけないらしい。こんなの反則だと言いたいところだが、それだけ敵も必死なのだ。
「邪魔なの!」
『消えろ、お子様!』
五人のミッチャンとエミリが魔法で戦っていた。
五対一にもかかわらず、エミリの方が僅かに上回っている。闇魔法で創られた影は本物そっくりだが、実力までは似せられなかったらしい。
「はぁっ!」
『ぐあぁぁ!?』
ゴラリオスを両断する。
斬られた敵は黒い粒子となって崩れていった。
アマネもアスファルツの心臓を、次々に一突きにしながら危なげなく突き進む。
さすが僕の奥さん。背中を任せられるのは彼女しかいない。
「貴方達も行きなさい。ここは小生が引き受けます」
「すまんな」
「俺っちに任せろ」
クラリスさんが立て直しを図る。
聖星銃で岩を破壊、その間にウォーレンさんとオズヌさんが一気に距離を詰める。
僕らも十人を倒しラーケットへと迫った。
「もう逃げられないぞ」
「貴様らがここにいると言うことは……あの二人は死んだか」
ラーケットは表情を変えず眼鏡を指で押し上げる。
なぜあの二人を引き込んだのか、その理由を知りたかった。
「どうしてジュリエッタとライを!?」
「レイン様のご命令だ。しかし、ここまで無能だったとは。あの御方でも見通せぬものがあったのだな」
ウォーレンとオズヌが、アスファルツとぶつかる。
アスファルツの激烈な拳を聖盾で受け止め、瞬時に移動したオズヌが彼女の肩へ蹴りをたたき込んだ。見た目よりも重い一撃に両足は沈むが、彼女は獣のように吠えるとオズヌの足を掴み投げ飛ばす。
ずずん、オズヌは岩肌へめり込んだ。
「オズヌ!」
「生き、てるよ……参っちまうな、おい」
オズヌは血を吐くと、ニヤリとしてから敵に向かって駆け出す。
ラーケットは眉間に皺を寄せた。
「悲しいなヒューマンという生き物は」
「僕らを哀れんでいるのか」
「そうだ。哀れまずにいられようか、ただ繁殖するだけの愚かしさが取り柄の生き物など。知っているか? この世界はヒューマンが原因で一度滅びたのだ。旧世界を滅ぼしたのは邪神ではない、貴様らヒューマンなのだ」
ラーケットは静かに近づく。
エミリの魔法が五人のミッチャンをまとめて消し飛ばした。
「我々魔族は真実を知っている。なぜなら、我らの信奉する神こそが真の英雄だからだ。レイン様こそが世界を救った英雄。そして、我らは救世の為に創られた存在だ」
「創られた……?」
戸惑いから足が下がる。
ラーケットはさらに近づく。
「かつてこの世界には高度な文明があった。それらは大地と空を支配し、傲慢な神のごとく振る舞っていた。だが、その結果もたらされたのはなんだったのか。大地の死だ。多くの緑は失われ、多種多様な生命は次々に消えた」
脳裏に景色がよぎる。
茶色い乾いた大地。痩せこけた子供達。栄華を極める都市。
そして、炎を吹きながら倒れるセンタータワー。
「レイン様はヒューマンより世界を取り戻されたのだ。我らの先祖と共に。ヒューマンは根絶やしにしなければならない存在だ。歴史が証明している」
「……だから死ねって言うのか」
ラーケットは何が面白いのか微笑む。
「その通りだ。我々は正義を遂行しようとしている。古代人の末裔である害虫どもを駆逐し、魔族を含めた新しき人類に真の安寧をもたらすのが目的だ。言うなればこれは大英雄レイン様が起こされた聖戦である」
強固な意志が宿った目で僕を見つめる。
ほんの一瞬、僕の中で迷いが生まれた。
だが、両親に故郷で暮らす人々を思い出してそれらは消え失せる。
「過去がどうであろうとそんなことはさせない。未来だって分からないじゃないか。必ずしもヒューマンが世界の悪になるとは限らない」
「……レイン様の言う通り頑固な方のようだ。退かせるのは無理らしい」
ウォーレンさん達の戦いは激化していた。
アスファルツは血まみれで尚、闘争の炎が消えることはない。
「命令に背く形になるがやむを得まい。君達を排除する」
漂っていた闇がラーケットに集まり、彼の全身を覆う。
闇は凝縮し防具へと変化する。その右手には黒い輪っかが握られていた。
「闇衣。そして、黒陽炎だ」
彼の投げた黒い輪っかは瞬く間に数を増やし、上空で高速回転しながら円を描く。
僕はアマネとエミリに警戒するように目配せした。
「切り刻め」
一斉に輪っかが降り注ぐ。
剣で弾くも、輪っかは軌道を変えて再び飛んでくる。
「アキト、下がってください」
「ちっ」
アマネの槍から衝撃が発せられ、輪っかを吹き飛ばす。
しかし、ラーケット自身は腕を交差させるだけで耐えていた。
「やはり厄介な代物だな……ここでやりあうのはいささか分が悪いか」
「逃げるつもりかっ!」
距離を詰めて斬る。
が、それは残像だった。本物のラーケットは気絶したアスファルツを両手で抱え、瓦礫の山に立っていた。
いつの間に……なんて速さだ。
さすが四天王をまとめる男と言うべきなのだろうか。
突然、敵が消えたことでウォーレンさん達は混乱状態だ。
「恐らく次が決戦となるだろう。覚悟して来るがいい」
そう言い残し、二人はその場から消えた。
◇
焚き火が入り込む風によってゆらゆら揺れる。
洞穴の外は猛吹雪だ。ここでなんとかやり過ごしてるけど、風が止むのにはもうしばらくかかりそうな感じだった。
「あー、脇腹いてぇ。あの女とんでもねぇな」
「あれだけボコボコにされたんだ。死ななかったのは奇跡だな」
薄めたポーションを飲みながらオズヌさんがぼやく。
毛布にくるまるウォーレンさんは眠いのか、会話をしながら目がとろんとしている。
「おなかへったなの」
「もう少しだけ待ってて」
「すー、すー」
エミリへ笑顔で応じながら、鍋の中をかき混ぜる。
アマネは疲れたのか寝入っていた。
どの兵士も疲れが見え始めており、そのほとんどが緊張からか眠れない様子。本格的な魔族との戦いが迫っているのだ。当然じゃないだろうか。
一方で僕の中ではラーケットの言葉がトゲのように刺さっていた。
『ヒューマンが旧世界を滅ぼした』
それは多分、事実なのだと思う。
僕ではない僕の記憶が、そう告げていた。
遺跡で見たあの石版。邪神とは一体なんなのだろう。
レインは僕のなんなのだ。僕は誰なんだ。
「美味しい食事」
不意にクラリスさんが口を開いた。
「美味しい食事とたっぷりの睡眠をとりなさい。それだけで心は幾分強くなります」
彼女の言葉を受けて、兵士達は器を持って僕の元へと来る。
そして、しっかり食べてから眠り始めた。






