71話 僕らは巨森林へ行く
ヴァレリア大橋を奪還した後、僕らは先行する小隊に入り北上を続けた。
さらに西部と東部から北を目指す部隊も無事に勝利を収め、じりじりと魔族の暮らす領域へと歩を進めている。
「――思ってたよりちょろいな。邪神が目覚めたって言うから最大限警戒してたが、拍子抜けつーか、こんなものなのか」
十メートル級の魔物の上であぐらをかいて、オズヌさんが不満を漏らしている。
魔族の兵が騎獣として使用していた大型のクマだが、彼に秒殺され今ではピクリとも動かない。
ちなみに乗っていた兵は、近くの地面に頭を突っ込んで絶命している。
「油断はいかんぞ。若いのはすぐ気を抜く」
「へっ、年寄りは慎重すぎマンなんだよ。とはいえ警戒ナッシングの全滅マンは目も当てられねぇ。その苦言心に留めておくさ」
「素直に感謝できんのか。かっこつけめ」
焚き火で湯を湧かしていたウォーレンさんが、お茶を淹れて僕らに渡す。
対面に腰を下ろす僕らは温かいそれに顔をほころばせた。
「美味しい。ところで『忘れられた土地』というのはそんなに遠いのですか?」
ウォーレンさんは懐からすり切れた地図を取り出した。
それを開くとアマネに見せる。
「魔族の領域は『巨森林』を越え、『墓場山脈』を越えた先にある。距離的にはそれほどではないが、この二つはなかなかの難所でな。魔族も容易には通してくれんだろ」
「四天王が出てくる可能性も……?」
「多いにある。しかし、より警戒すべきは罠の方だ。大橋より先は向こうのテリトリー、どのような手段を使ってでも大幅に戦力を削いでくるはず」
その可能性は非常に高い。
参謀も相手の有利な地へ引き込まれていると言っていた。
そこを理解した上であえて突っ込んでいるのだから覚悟はできている。
実際レインがどれほどの力を有しているのかは未だ謎だ。
しかし、歴史というのはそれなりの理由をもって引き継がれる。ヒューマンを根絶やしにすると語れるだけの何かを、奴は有していると考えるのが妥当ではないだろうか。
少なくとも不明、であることが今のところ一番の脅威なのだ。
「今度こそエルダードラゴンで焼き払うなの」
「うん、まだだめだね」
「え~!」
これから行く巨森林で火を放たれたら、敵味方関係なく焼け死ぬ。
大人しくあめ玉でもなめてて貰いたい。
「お嬢ちゃん、これをやろう」
「おっきな飴なの!」
ウォーレンさんから棒付きキャンディを貰って嬉しそうだ。
◇
僕もアマネもエミリも、見上げたまま固まっていた。
巨森林――その名の通り巨樹が並ぶ森だ。
太い幹に支えられこれまた太い枝が高い位置で空を覆い隠す。
スケールが違い過ぎて、まるで小さくなったような錯覚を起こす。
樹から樹を飛ぶ鳥も異様なまでに大きかった。
ここに住む生き物もサイズが大きいらしい。
「パパ、みてみて。おっきいカブトムシ!」
「ごくり。一メートルはありそうだ」
幹にひっついているカブトムシは黒光りしていてカッコイイ。
もし飼うとしたら飼育小屋くらいの大きさでないと無理だ。でも欲しい。
お宝を発見したような気分となりソワソワしてしまう。
「でっけぇクワガタ! なぁ、とってきていいよな、俺っちクワガタ好きなんだよ!」
「今は止めておけ。立場を忘れたか」
「他の兵も目を輝かせてるぜ」
「それでも我慢しているだろうが。お主も英雄なら堪えんか」
ウォーレンさんの言う通り、数人の兵が目を輝かせながらぐっと耐えていた。
僕らだけ自由ってわけにはいかないよね。
「男の方はどうしてあんなにも虫に目を輝かせるのですかね」
「あは、あはは、中身が子供だからだよ……」
そっとアマネから目をそらした。
ドォォン、メキメキメキ。
爆発音の後、音を立てて巨樹が倒れる。
遅れてさらに二本、三本と倒れ道が塞がれてしまった。
ウォーレンさんとオズヌさんが戦闘に備える。
「やはり罠だったな。エミリちゃん、ここから鑑定で見えるか」
「うん。六人、違う八人いるなの」
エミリが鑑定スキルで索敵。
少数精鋭での奇襲だろうか。
さらに巨樹が四本倒れる。
今度は単なる足止めでなく小隊を狙った攻撃。
僕らは素早く反応し、それぞれ巨樹を破壊する。
「ぐぬぅ、これだけデカいと遺物の力を持ってしても破壊には限度がある。アキト、お主達で敵を倒してくれ。儂らはここで兵を守る」
「二人で大丈夫?」
「仮にも敵の本拠地に殴り込もうって奴らだ。このくらいで死にやせん。頼んだぞ」
こくりと頷く。
僕とアマネはエミリを置いて森の中へ。
あの子は確かに強いけど、能力的に広域向きだから行動範囲の狭い森には向かない。森を焼かれると困るってのもあるけど。
二人で敵を探しながら素早く駆ける。
ヒュ。
「そこか」
飛んで来た矢を斬る。枝の上に弓を握った敵を発見した。
ヒュ。ヒュ。ヒュ。
別の方向から無数に矢が飛んでくる。
だが、アマネが槍で一瞬にしてたたき落とす。
「闇討ちのようなことをして恥ずかしくないのですか。魔族とは正々堂々と戦う勇猛な種族だとばかり思っていましたが」
アマネの言葉に数拍ほど間が開く。
別の枝の上に一人の男がすぅっと姿を現した。
「聞き捨てなりませんね。我らが卑怯者なんて言葉。ラーケット様の手足となり率先して汚れ仕事を引き受けてはいますが、だからといって誇りを捨てたわけではない」
「ならば降りて戦いなさい」
「そうはいきません。ご希望通り姿は見せてあげましたが、我々には我々の都合がある。ここで貴方達は確実に葬っておかねば」
アマネが注意を引いている間に視線を巡らせる。
敵は四人。残り四人は今も軍を襲っているんだろう。
リーダーらしき男は手合図で三人へ指示を出す。
「僕がサポートをする、アマネは敵を」
「分かりました」
アマネのクラスは『竜姫』だ。
この系統は跳躍力が高まる能力を有している。さらに彼女は空中移動を可能にする遺物も持っていることもあり、高所での戦闘は僕よりもアマネの方が得意。
彼女は巨樹と巨樹の間を蹴りながら身軽に登る。
あまりの速さに反応できず、敵は胸を矛先で貫かれてようやく彼女を見つける。
「竜騎士のクラスか! 距離をとれ、逃げつつ攻撃を――うぉっ!?」
メキメキ。メキメキ。
次々に巨樹が傾く。
地上では僕が双剣で伐採しまくっていた。
足場がなくなれば嫌でも降りなければならない。アマネから少しでも意識が逸らすのも狙いだ。
「巨樹をただの樹のように、なんなんだこいつら!」
「二人!」
アマネが倒れる巨樹を足場に二人目の敵を討つ。
落下してきた三人目は僕が斬った。
最後にリーダー格の男もアマネに貫かれ絶命する。
「終わりましたね」
「四人残ってるけどね」
森の中にぽっかりと空いた空間。
……ちょっとやり過ぎたかな。
◇
残りの敵を倒し小隊に戻ると、疲れ果てたウォーレンさんとオズヌさんがいた。
二人とも僕らを見るなりほっとした様子。
小隊もそれなりに被害はあったが、軽微とするくらいには抑えられていた。
「もうへとへとマンだぜ。とんでもなくぶっとい樹を壊しまくって腕が上がらないぜ」
「こっちもしばらくは動けん。エミリちゃんの魔法がなけりゃ、儂ら揃って下敷きになっていた」
「もっと褒めろなの。なでなでするなの」
胸を張るウチの子は、はねっ毛をぴょこぴょこ揺らす。
エミリも大活躍だったみたいだ。
そこへ小隊長がやってくる。
「お疲れのところ失礼。この中で道を塞ぐ樹をどうにかできる者はいないか。このままだと撤去に時間がとられてしまう。もう間もなく合流地点だというのに」
「俺っちパス」
「儂もだな」
「エミリがやるなのっ!」
僕とアマネはギョッとする。
まさかブレスで吹き飛ばすつもりじゃ。
エミリはエルダードラゴンに変身、強靱な顎で巨樹を咥えて放り投げた。
それから兵士達を見下ろして「がおー、たべちゃうぞ~」なんて冗談をとばす。
兵士は全員泣きそうな顔でガクガク震えていた。






