70話 ヴァレリア大橋での戦い
水で形作られた六つの首の竜。
球状となった大量の水から、竜の首が生えているような状態だ。
ミッチャンは聖鳥弓フェレニクスの弦を引き絞る。
大量の水で僕らもろとも押し流そうって魂胆らしい。
だが、こっちにも幼いけど強い魔法使いがいる。
「目には目、水には水なの」
エミリの魔力によって大量の水の盾が形成される。
盾は寄り集まり壁となっていた。
ミッチャンとエミリの間で、視線がばちばち衝突する。
「お子様がミッチャンに挑む? そんなお粗末な魔法を持ち出して、この水流に勝てるとでも。魔法とは質より量。この物量に押しつぶされろ」
「おばさん勘違いしてるなの。魔法は量より質、そして重要なのは使い方なの。どんなに弱い魔法でもやり方次第で圧倒できるなの」
「はぁぁ? 誰がおばさんだ、お子様」
「見た目だけの年増なの。その点エミリは見た目も中身もちょー若いなの」
「秒で殺す!」
あの、エミリさん?
相手を挑発しないで貰えるかな。すっごく怒ってるんだけど。
ミッチャンの魔法が放たれる。頭部の一つが一直線にエミリめがけて橋上を駆け抜ける。
「ほいっ」
盾の集合体を斜めへと移動させ、水流を苦も無く逸らした。
舌打ちしたミッチャンは頭部の一つを消し、水球から新しい頭部を創り出す。
「お子様の割にそこそこやる。でーもー、たった一つ防いだだけでミッチャンに勝てたとは言えないよね」
「本で読んだなの。負け犬はよく吠えるなの」
「次は三本!」
「ほほいっ」
三方へと展開させた盾の壁に、三つの水流が激突する。
「頑張れエミリ」
「嬢ちゃん、やっちまえマンだぜ」
「アキト。先ほどからお主の嫁が見当たらんのだが」
ウォーレンさんに質問され「ああ」と返事をする。
それから耳元で説明した。
「ほぅ、お主達そんなことを考えておったのか。つくづく敵に回したくないパーティーだな。ぶははははっ」
豪快に笑う彼へ苦笑する。
「五!」
「ほいっ、ほいっ」
エミリは水流を防ぎ続ける。
ここまで防がれるのは想定外だったのか、ミッチャンの表情が次第に険しくなっていた。
一方のエミリはまだ余裕があるのか、笑みを浮かべたまま頭のはねっ毛をぴょこぴょこ揺らしている。
どおおおおおおっ。
すさまじい水量が盾に衝突し、盾の壁によって逸らされてしまう。
橋上はすっかり水浸しだ。僕らも全身ずぶ濡れ。
「所詮お子様だと侮っていた。いいよ、認めてあげる。あんたはミッチャンの敵だ」
「さっさと本気を出すなの。エミリのような可愛い子の時間は貴重なの。いつまでもおばさんの相手をしている暇はないなの」
「ぎ、ぎぎ……このガキ。お望み通り本気を出してやる」
聖鳥弓が呼応するように輝く。
竜の首を引っ込めた水球は、さらに河の水を引き寄せどんどん巨大になって行く。さらに球は橋の真上に移動し、僕らの上で停止した。
まずい、防御を超える攻撃で一気にこちらを叩くつもりだ。
「暗黒騎士、やっちゃって」
「「御意」」
さらに正面では配下である暗黒騎士が動き出す。
二方向からの同時攻撃、さすがのエミリも巨大魔法を相手にしながら暗黒騎士に対応なんてできない。
「こっちは僕らが相手する。エミリは兵士を守って」
「任せたなの」
エミリの魔力によって水の盾がさらに増える。
同時に白い風の剣が出現し、水球の攻撃に備えた。
――敵も僕らも激しくぶつかる。
「ふんぬっ!」
「おりゃ!」
ウォーレンとオズヌが先に出る。
二人の暗黒騎士の攻撃を受け止め即座に反撃。
だが、向こうも手練れ、二人の攻撃は流されてしまう。
僕はそれを見越して瞬時に敵の一人の背後へ回り込む。
「――なっ!?」
双剣の一本が敵の心臓を貫く。
すでに彼らの戦闘スタイルは見ていた。優秀な駒だからこそ次の動きも簡単に予測できる。
暗黒騎士の一人は口から大量に血液を吐き倒れる。
「あちゃー、一人やられちゃった。気に入ってる子だったんだけどなぁ。まぁいいや、ミッチャン手が離せないからあんた達で相手してあげて」
彼女の背後に控えていた兵が動き出す。
どっ、と数百の敵兵が押し寄せた。
こちらも兵を出したいところだけど、橋の上は動ける空間が限られている。
ここでこちらの兵も動かすと、あっという間にぎゅうぎゅう詰めとなって混乱状態の乱戦となる。
僕らで相手した方がまだいい。
それにエミリが頑張っている今、下手に兵を動かすことはできない。
「ぬぉおおっ!」
無数に現れる小型の水竜が真上から兵を襲う。
しかし、エミリが盾を使ってそれをなんとか凌いでいた。
同時に攻撃も継続していて、百本近くの風の剣が水球めがけて射出。
剣が刺さる度に球の表面は弾け、徐々にだが水量を減らしている。
「破城盾」
ムキムキウォーレンさんの放った体当たりは、敵兵をまとめて弾き飛ばす。
貫通した衝撃はその後方の敵をも大きく吹っ飛ばす。
「ウェイトブロウっと!」
瞬間的に重量を上げた拳で敵を一撃で倒す。
一方で移動速度は恐ろしく速く、ぱっと忽然と姿を現したかと思うと、次の瞬間には別の場所で姿を見せる。
肉体に重力軽減を使用しているらしく、その状態で瞬歩を使用するとああなるらしい。まるで転移というか、空間跳躍をしているようだ。
「双翼・重烈閃!」
二本の剣で重烈閃を放つ。
この技は本来一撃必殺を狙う隙の多い大技だ。
しかし、剣鳳クラスの強靱な肉体とセンスが双剣での連続使用を可能にしていた。
敵をまとめて両断。
たとえ剣や盾で防ごうとしても、聖剣によって切断され肉と骨を斬る。
ギィイン。
首めがけて振られた剣を剣で防いだ。
「貴様が、要。始末すれば大幅な戦力低下」
「そうかもね」
斬った兵士の陰から暗黒騎士が現れ、斬り込んできた。
どさくさを狙った不意打ちだったようだが、あいにく君の動きはずっと追っていた。
もう片方の剣を打ち込むが、騎士の盾で弾かれてしまった。
こう至近距離だとやりづらい。
もちろんそれは相手も同じだが、盾のおかげでこちらよりも護りは固い。
「剣を!? ちょ、あ、あ――!」
双剣を投げ捨て、無手で暗黒騎士の腕を掴む。
そのまま背負うようにして投げる。
背負い投げ、と言うやつだ。
投げた先は河。
騎士は唖然としながら水の中へどぼんと落ちた。
双剣を拾い上げ近くの兵を切り捨てる。
「押されてる、ミッチャンの兵が。魔法も攻めきれない。こんなこと初めて……この騒ぎは!?」
ミッチャンがようやく自身の背後に目を向けた。
だがもう遅い。
遙か後方から回り込んだアマネが敵兵を圧倒していた。
魔族の兵が橋の上で挟撃される。
僕らが注意を引いている隙に、アマネは橋脚を伝って密かに向こう側へ渡っていた。
「あの女、いつの間に! どうやって背後に!?」
「はぁっ!」
「っつ!」
僕の剣をミッチャンはギリギリで躱す。
僅かだがその首に一筋の切り傷を作った。
彼女の集中がきれたおかげで、上空の水球がぐにぐに動いて形を保つことが難しくなっていた。
「追い詰め、られてる? ミッチャンが?」
「投降するなら殺しはしない。どうする」
「ふふ、ふふふふ、なるほど。もう手がないと思われてるわけね」
まだ奥の手があるのか。どこまでも油断ならない。
……え。
とか思ってたらミッチャンは橋の上から飛び降りた。
まさか、嘘だろ。
「ミッチャンの仕事は足止め、逃げないなんて一度も言ってないんだよね。あははは」
真下から水の大鳥が出現し、背中にミッチャンを乗せて飛翔する。
直後に真上の水球は形を崩し落下。
残された魔族の兵は、指揮官が消えたこともあり我先にと逃走を始める。
すかさずウォーレンが軍へ叫んだ。
「敵が退き始めた。このまま大橋を奪い返すぞ」
「攻め時だ! 魔族を叩き潰せ!」
指揮官が号令を出す。
連合軍の兵士は隊列を崩し猛然と敵を追いかけた。
程なくし大橋の上で、奪還を果たした兵士達の歓喜の声が響いた。






