68話 全裸剣聖に襲われる僕ら
アへ顔……?
ライの突然の奇行に戸惑いを覚える。
今度はジュリエッタが服を脱いで全裸となった。
「な、なにを!?」
「どうして驚いてるの。幼なじみの裸くらいで」
「恥ずかしくないの?」
「羞恥心なんてとっくに捨てたわ。英雄に返り咲くにはあんたが邪魔なの。たとえ泥水を啜ろうと、必ず這い上がってみせる。私は剣聖なの」
裸で堂々と語る彼は逆に男らしい気もする。
二人は大監獄で精神をやられてしまったのだろうか。だからこんな行動を。
「アキト、相手する必要はないぞ。あれらは正気を失った罪人だ」
「あいつらやべぇ。別の意味で限界を超えてら。ルビナスの英雄ってのは良くも悪くも推し量れねぇな。俺ちゃんとしたことがドン引きマンだぜ」
ウォーレンもオズヌも後ずさりしている。
一方のライとジュリエッタは殺気が先ほどよりも増していた。
「呪いの武器の威力、試させて貰うぜ!」
「ぬぅ!?」
槍による刺突をウォーレンが盾で防ぐ。
が、すさまじい速さの連撃に反撃ができない状態だ。
ウォーレンの足が勢いに押されて下がる。
「そもそも盾なんて武器でもない道具で、どうして現最強だなんて評価されてんのか疑問だな。最強なら竜騎士であるこのライ様だろ」
槍と盾がめまぐるしくぶつかる。
ライの速度は以前のそれとは比較にならないほど上がっていた。
あまりの速さに残像が見えるほど。
一方でオズヌとジュリエッタも攻防を繰り返す。
鋭い一閃をオズヌはガントレットで逸らし即座に反撃、ジュリエッタも攻撃を躱し反撃の反撃へと出る。
「重烈閃!」
「オズヌさん!?」
ジュリエッタの剣が、オズヌのガードを押し下げ肩口を斬る。
重烈閃はクルナグル流の剣技の一つ。
一時的に威力を向上させるパワー型の技だ。
連続して使えないという欠点はあるものの、そこそこ使い勝手は良い。
「嬉しいだろクソジジイ、俺みたいな美人に倒されるなんてよ。ライ様の名を刻んであの世に逝け」
「ふぐぅっ!?」
ライの槍が、ウォーレンさんの腹を貫く。
口から吐き出された鮮血が石畳をびちゃびちゃ濡らした。
「早く死んじまえよ。俺は今からアキトをボコボコにしねぇといけねぇんだ」
「くく……なるほど、美人に貫かれるのも悪くはないな。しかし、少々浅はかすぎるのではないか。のこのこ敵の攻撃範囲に入るなんてな」
「槍が、抜けないだと!?」
ライの槍はウォーレンの筋肉でぴくりとも動かない。
がしっ、彼女の肩を掴んだウォーレンはニンマリする。
直後にメリメリと体が膨らみ服が裂け、身長三メートルを超える巨漢となった。
目の前で見下ろす英雄ウォーレンに、ライは恐怖からかたかた歯を鳴らす。
「聖盾の能力の一つ『身体能力十倍』は、盾皇である儂と相性が良い。女子を殴るのは少々気がひけるが、お主も覚悟の上でここへ来ているのだろう?」
「ひ、ひぃいいいいい!? なんだこのジジイ!??」
「しかし、聞き捨てならんことを言ったな。盾使いの儂が何故最強かと。ならばその答えを教えてやろう」
ウォーレンは盾でおもいっきり顔面を殴る。
ライは砲弾のごとく飛んでいって建物へ激突。彼の首はあり得ない方向へ向いて壁にめり込んでいた。
あれはどう見ても死んでいる。
「ライ!?」
「よそ見してる場合か剣聖、俺ちゃんも本気マンになるところなんだぜ。応えろ聖牙拳」
オズヌの装備するガントレットが輝く。
本能的に飛び下がったジュリエッタだったが、着地の寸前にはもう、追随するオズヌの掌底が鳩尾に触れていた。
「打!」
「あぎっ!?」
衝撃が突き抜けた。
ジュリエッタは膝を屈し粘度の高い唾液を吐き出す。
「こいつは聖牙拳の能力『重力操作』だ。制約の多い代物だが、使い方次第ではちょーつえぇんだぜ」
「遺物の、能力があったのを忘れたわ……」
「その姿どうにかしてくれないか。俺ちゃん、裸の男とやり合う趣味はねぇんだぜ。さっきから、ぶらぶらしてるのが目に入りすぎて参ってるマンだ」
オズヌの方も形勢逆転し、ジュリエッタが追い込まれていた。
捕まえて事情を聞き出さなければ。
性別が逆転するとかどうなってるのだろう。
彼(?)は狂気が籠もった目でこちらを睨む。
「アキト、アキトアキトアキト! 許せない、あんたの幸せそうな姿が許せない! 私が堕ちて行くほどにあんたはちやほやされる。私を好きだったんでしょ、だったらそんな女捨てて私をとりなさいよ」
「君は、ライの奥さんだよね?」
「だからどうしたの。あんなカスもうどうだっていいわ。幸い今ので死んだみたいだし、あんたと結ばれて英雄として返り咲いてやる」
ジュリエッタの視線は僕にだけ注がれている。
しかし、ウォーレンとオズヌがそれを遮った。
「性根が腐っておるわい。オズヌ、お主気づいておるか」
「おうよ。ありゃ呪われた武器だぜ。さっきから盗み見をしてるド変態マンもいるようだしな。出てこいよ、俺ちゃんが相手してやるぜ」
建物の陰から一人の魔族が姿を現す。
灼熱のゴラリオス。
かなり前に僕と戦った男だ。
彼はジュリエッタの方へ振り返って、呆れるような表情を浮かべ頭をガシガシ掻いた。
「どうしてあの者達と戦ったのだ。いや、強者と刃を交えたいその気持ちは理解する。しかしだな、邪神様のご命令は説得だったはずだ。これでは目的は到底達成できんぞ」
「魔族のくせにこの剣聖に説教するの? アキトだけは絶対に許さない。幼なじみである私を助けず見捨てた罪は重いの。と言うか自分だけ幸せになろうなんて、はらわたが煮えくり返るわ」
ゴラリオスはやれやれと肩をすくめた。
四天王が協力している、だとすればあの二人は邪神側についた可能性が高い。
大監獄を抜け出せたのも魔族の助けがあったからだろうか。
どちらにしろ今の二人は、人類を裏切った大犯罪者だ。
「すまんな英雄共。本当はこのような状況は避けたかったのだが。今日の所はこれくらいにしてお互い休戦といこうではないか」
「なーに、調子良いこと抜かしてだ。負けそうになって慌てて逃げる算段立てただけだろうが。俺ちゃんのお庭で暴れた件、どう落とし前つけるつもりだ。その首差し出して謝罪マンだろ、こら」
「ツケにしておけ。雌雄を決する場で精算させてもらう」
「はなしなさい、私はアキトに復讐を!?」
ゴラリオスはライとジュリエッタを担ぎ、軽々と建物の屋根へと飛び移る。
僕らは逃がすまいと足に力を込めるが、突然眼前に降ってきたレッドドラゴンに足が止まった。
「ぎゃぁおおおおおっ」
「どうしてレッドドラゴンが!?」
「いかん!」
ブレスが放たれる直前、ウォーレンが盾で半球状の壁を創る。
すごい、聖盾にはこんな能力もあるのか。
「――捕まえ損ねたか」
壁が消え、遠くの空にレッドドラゴンの背中があった。






