66話 剣聖と竜騎士の落ちて行く日々13
ゴラリオスの拳が鳩尾にめり込む。
俺は血を吐いて顔面から床へ落ちた。
疲労困憊、立ち上がる気力もない。
先に倒れたジュリエッタは未だ気絶している。
「その程度か元英雄。立て、立ち上がって我に傷の一つでも付けてみろ」
「この、クソ戦闘脳が……」
「反抗的なその目、まだまだ心が折れておらぬようで安心した。やはりこうでなくてはな。強者とはいつ如何なる状況でも、不屈の精神を保たねばならん。蜜月組には数段劣るが、貴様もやはり逸材のようだ」
「荷物持ちと比べるな!」
怒りをエネルギーに立ち上がる。
奴の背後で見物する、四天王のアスファルツが感心した様に小さく声を漏らす。
「ただの大口ヤリチン野郎だと思ってたけど、思ったより根性あるじゃん。これならアタイが直接指導してやってもいいかもね」
「引っ込んでいろ。命令を受けたのは我だ。第一、貴様は興奮しすぎてすぐに相手を壊してしまうではないか。淫乱サディストが」
「はぁ? ちまちまやってるあんたよりアタイの方が向いてるっしょ。あんたの教え方には骨身にしみる調教ってのがない。徹底的に堕として従わせないと使い物にならないよ。これだから戦闘馬鹿童貞は」
「童貞を馬鹿にするな」
「淫乱で何が悪い」
なぜかゴラリオスとアスファルツが、敵意をむき出しにしてにらみ合う。
その間、俺は腹部を押さえて嫌な感覚に耐えていた。
腹の中で蟲が動いているのが分かる。
邪神に入れられたあの気持ち悪い蟲。
こんなのに命を握られていると思うと気が狂ってしまいそうだ。
「特別訓練は順調か」
「ラーケット」
眼鏡をかけた魔族の男が分厚いさび付いた金属扉を開ける。
あいつは確か四天王のリーダー『黒影のラーケット』。
彼は部屋へ入るなり、眼鏡を指で押し上げながら俺を蔑んだ目で見下ろす。
「なんと無様な姿だ。これがルビナスの元英雄とはな」
「ぶっ、ころされてぇのか、うぐっ……」
「威勢だけは英雄クラスだな。こうして自由の身にしてもらっただけでも感謝すべきではないか。本来なら貴様はあの大監獄で朽ち果てるのみだったのだぞ」
ふざけんな。どこが自由だ。
これだったらまだあのクソ溜めの方がマシだった。
「ゴラリオス、レイン様のご命令だ。呪いを全てといてやれ」
「意図があって言っているのだろうな」
「僕の呪いを与える。それには貴様の呪いが邪魔なのだ。少しでもレイン様のお役に立てる道具にした立てておかねば」
「あの呪いを与えるつもりか。ふむ、貴様らは運がなかったな。ラーケットの呪いは我も恐れる凶悪なものだ。もちろんマイナスばかりでもないが」
哀れみを含んだ目でゴラリオスは俺を見下ろした。
「んじゃあ秘薬をぶっかけるじゃん」
「なにしやがる!?」
「五月蠅いよ。雑魚竜騎士」
アスファルツが古びた瓶の栓を抜き、俺へゲロのような臭い液体を振りかけた。
直後、俺の体からあらゆる呪いが消えて行く。
今まで散々試したのに解けなかった呪いが一瞬で!?
なんなんだこの液体は!??
彼女はジュリエッタにもふりかけ、みるみる呪いにかかる前の姿へと戻る。
床に空となった瓶が放り捨てられた。
「あーあ、超貴重な全解呪の秘薬だったんだけどなぁ。こんなやつらに使うなんてもったいない。許可を出したレイン様も何考えてんだか」
「アスファルツ、口を慎め。我らは邪神様に従うのみだ」
ラーケットは俺の首を掴み勢いよく壁へと押しつける。
「がっ!?」
「すぐに済む」
奴は手を放し、俺はずるりと床に座り込んだ。
「これで呪いは付与された。竜騎士ライ、貴様はこれより女として生きるのだ」
「は?」
「性転換の呪い――性別を変化させ、能力を二倍にも三倍にも引き上げる。デメリットは大きいがメリットも相応にある、このラーケットのみが使える特殊な呪いだ」
肉体の変化はすぐに訪れた。
俺の自慢の胸板が大きく膨らみ、かさついた肌は柔らかくなって潤い、角張った部分は丸みを帯びて行く。
慌てた俺は、股間に手を入れて背筋が凍り付いた。
ない。あれが、ない。綺麗さっぱり消えている。
「俺の! 俺の自慢の息子が!!」
「ほう、意外にも美人だな」
「元々顔は整ってたからねぇ。調教のし甲斐がありそうじゃん」
感心した様にゴラリオスとアスファルツが、俺をまじまじと観察していた。
やめろ。見るんじゃない。俺は男だ。女なんかじゃない。
こんなの認めない。絶対に認めない。
「剣聖の方も悪くないじゃん」
ジュリエッタも男へと変化していた。
三つ編みの美青年と言った様相である。
眼鏡を指で押し上げたラーケットは薄ら笑いを浮かべる。
「転換カップル、やはり素晴らしいな。僕はこの呪いが最高に大好きだ」
「あんた相変わらず趣味悪いじゃん」
「黙れ。僕の至高なる嗜好に口出しするな」
「へいへい」
ゴラリオスは俺とジュリエッタを担いで、アスファルツと共に部屋を出た。
◇
人気のない森でゴラリオスに投げ捨てられる。
「もっと優しくしやがれ!」
「すまん。女の扱いは慣れていなくてな」
「女じゃない!」
「どっちなのだ」
ゴラリオスは禍々しいデザインの剣と槍を俺達へ投げた。
これを使えってことか。
しかし、いかにも呪われていそうな武具、手を出すのがためらわれる。
「それは代わりの武器だ。見ての通り呪われているが、性能の割には呪いは小さい。使い方次第ではさらに強くなれるはずだ」
「どんな呪いだ」
「剣は『全裸で攻撃力向上』、槍は『アへ顔で速度向上』だ。内容については詳しく聞くな。これらを創った者の趣味だ」
――アへ顔だと?
この俺様がそんなことをしないといけないなんて。
くそっ、S級遺物を失ったのは大きな痛手だった。
仕方ない。ここはこの呪いの武器で我慢するしかない。
槍を掴んだ俺は立ち上がり、転がっているジュリエッタを蹴った。
「起きろ!」
「……ライ? ここどこ?」
むくりと起きた彼女は、語尾がないことに気が付き目を見開いた。
「語尾が、普通だ! それに髪も! 顔も元通り!!」
「うるせぇ、なんにも解決してねぇんだよ」
「ライ……どうしたのその姿? 女の子っぽいんだけど?」
「女だよ! てめぇも自分をよく見て見ろ」
胸に手を当てた彼女は違和感に気が付いたらしく、顔を青くしてその手を股間に移動させた。
「ぎゃぁあああああああっ!? あれが、ある!??」
だからどうした。俺なんかなくなったんだぞ。
誇りだった槍が跡形もなく消えたのだ。まぁ、本物の槍はこの手にあるが。
男としてのプライドがずたずただ。
たかが棒されど棒である。
どれほど自分がアレに支えられていたのか、無くした今ならよく分かる。
「おい、この性転換の呪いはちゃんと解いてもらえるんだろうな」
「邪神様の命令を遂行すれば、望み通り元に戻してやる。我が保証してやろう」
「だったらいいさ。アキトの野郎を戦いから離脱させりゃいいんだろ。ぶっとばして閉じ込めておけばいいだけの話。簡単だ」
「行け、間もなく魔族はヒューマンへ総攻撃を仕掛ける。それまでに役目を果たせ」
俺は指笛を鳴らし、騎竜を呼び出した。
レッドドラゴンは俺を見て首を傾げていたが、匂いが同じなので問題なく背中に乗せる。
ゴラリオスのクソ野郎を見下ろしながら、レッドドラゴンは飛翔した。
こうなったのも全てアキトが原因だ。
ぜってー見つけ出して、泣いて謝るくらいボコボコにしてやる。
しかし、座り方が悪いのか股の辺りに違和感がある。
まったく俺が女なんて変な感じだぜ。






