60話 僕らは再び地上へと戻る
眩い本物の太陽に目を細める。
地上に上がるのは二週間ぶり。
新婚旅行と地下空間探しの再開である。
一緒に穴を登った五人の男衆が、初めての地上にキョロキョロしていた。
「下も上もそんなに変わらないと思うけど」
「アキトは気が付かないか。この空気のすがすがしさ。そうか、あれが伝え聞く雲なのか。白くてふわふわしていて不思議だな。土もさらさらじゃないか」
マオスは子供のようにはしゃぎ好奇心全開。
普段から一切外すことのない眼帯も、マオスを含めた五人は外して裸眼で景色を眺めている。
新たに見つかった地下空間へ送り込む調査隊に、マオスも参加することになったのだ。
長が不在になる間は彼の息子が代理を務めてくれるそうだ。
「本当にいいのかな。マオスは長なんだよね」
「長だからこそだ。我々は地下へ籠もる道を選んだ種族だ。だがしかし、だからといって何も知らぬままこの先を生きて行くことはできない。我らはもっと世界を見るべきなのだ」
「本音は?」
「この目でご先祖様が生きた地上を見てみたい!」
だよね。僕らの土産話に一番反応してたのはマオスだもんね。
僕が地下に落ちてきたことにより、彼の中には危機感と同時に強い好奇心も生まれたのだと思う。
「皆さんにはまず、地上での生活を学んでいただきます。私達が地下人と悟られないよう、最低限の知識を与えますのでしっかり学んでくださいね」
アマネの言葉に五人は頷く。
彼らはマオスを含めて村の精鋭である。戦闘面で優れ、慎重で注意深く、加えて不測の事態にも柔軟に対応できそうな思考の者を選出しているそうだ。
「五人とも目立つ恰好なの。変なの」
「そうだね。じゃあとりあえず一番近いフラートの街に行こうか。そこで服を一式購入して、ギルドに登録しておこう」
「フラートと言えば、アキトと最初に行った街ですね」
「うん。久々だからちょっと楽しみだな」
そうそう、僕とアマネでドラゴンを狩った街だ。
まぁ、誰も僕らのことなんか覚えてないだろうけど。
◇
辺境の街フラートへ到着早々に、僕らへ好奇の目が向けられた。
もちろん予想の範疇である。
同行させる五人はいずれも偉丈夫と呼べるほど体格に恵まれ、眼帯をしていても分かるほど顔が整っている。おまけに目をひくほど美しい艶のある銀髪だ。
異彩を放つ集団に目を向けない方が変だ。
「なにやらずいぶん見られているな」
「銀兎部族は目立つからね。銀髪はほとんどいないから」
「髪か。ふむ、地上人の毛髪は地味なのだな」
マオスは眼帯をほんの少しめくって、人々の髪の色を確認した。
ふと、僕はとある勘違いに気が付く。
人々の目はマオス達ではなく、僕とアマネに向いていたのだ。
「あいつ、この前ドラゴン退治した奴じゃないか」
「蜜月組ってパーティーだろ」
「剣皇じゃないかって噂だ」
「次の英雄に候補として挙がってるって話だぞ」
「やべぇ奴らがこの街に来た」
うん。注目されてたのは僕でした。
人々はざわつきつつ素早く道を開けてくれる。
畏怖と羨望が入り交じった視線でじっと観察していた。
「アキトを見ている気もするが?」
「き、気のせいだよ! 僕は何もしてない!」
「でも、みんなパパにビビってるなの」
「前回のドラゴン退治が良くなかったのでしょうか」
「ドラゴンか。地上でもやらかしていたのだな」
マオス達の生暖かい視線が痛い。
「――地上の服はキツいな」
マオス達は購入した服に少し不満そうだった。
ナジュの服装は緩めなので、地上の密着度の大きい服は違和感があるらしい。
「すぐになれますよ」
「だといいのだが」
「次はギルドに行こうか。ギルドで発行されるカードが身分証明になるから、これからの旅には絶対に必要になる」
てことで僕らはギルドへ。
建物へ入ると、冒険者や職員がぎょっとして黙り込んだ。
カウンターにいる女性職員へ声をかけた。
「あの、登録させたい人達がいるのだけれど」
「はい。それではこちらにお名前などを記載してください」
「うん」
紙を受け取り、マオス達に記入内容を教える。
五人とも文字は書けるのですらすら紙にペンを走らせていた。
「問題なく登録できそうですね」
「そうだね。あ、彼らのパーティー名どうしようか」
「それについてはすでに決めている。我々は今日から『戦月組』だ。このはち切れんばかりの肉体で、地上を隅から隅まで冒険し尽くしてくれる」
「うん。念を押しておくけど、目的を忘れちゃだめだからね」
大丈夫かなこの人達。
目的を忘れて冒険に熱中しないといいけど。
ほどなくして登録は完了。マオス達はカードを受け取った。
「さぁアキト、次は何を教えてくれる。さっそく狩りか? それとも物資の購入か? それとも男にだけ密かに伝わる大人の――」
「マオスさん?」
「そろそろ昼食にしないかアキト。腹が減ってきたぞ」
アマネの冷たい視線にマオスは慌てて話を逸らした。
大人のなんだろう。
あとで聞いてみようかな。
「ここに蜜月組がいると報告があったのだが」
どたどた、荒々しい足取りで複数の騎士がギルドへ現れる。
彼らは近くの職員に目配せし、僕らへと視線を移した。
「貴殿らが蜜月組でよいか?」
「ええまぁ」
「突然のことで申し訳ないが、王都へ来ていただきたい」
「いきなり来いと言われても僕らには行く理由がない」
「国王陛下がお呼びだ。さらに申せば、貴殿のかつての仲間が王都で待っている」
かつての仲間……ジュリエッタやライだろうか。
国王を使って本格的に僕を陥れるつもりだとしたら、この話に乗るのは危険かもしれない。
まだマオス達に教えることが沢山あるのに。
僕の考えを察したのか、アマネが騎士に質問をする。
「仲間とはジュリエッタやライでしょうか。そうであれば同行を拒否いたします」
「まだ聞いておらぬようだな。あの二名は反逆罪でオマルーン大監獄にすでに収監されている。待っているのはアイラ殿とエマ殿、それにナナミ殿である」
「ナナミがいるなの!?」
「おや、そこの可愛らしいお嬢さんは、もしやエミリ殿かな」
「エミリなの」
騎士のリーダーは目線を合わすように屈み、エミリと握手を交わす。
一体何用で呼び出しているのか不明ではあるが、国王陛下がわざわざ騎士を使って迎えを寄越すのは普通ではない。
剣皇であることがバレたのか。
それとも遺物を献上したことが。はたまた大会で優勝したことが。
思い当たる節がありすぎて見当も付かない。
少なくとも捕捉された以上、逃げるのは得策じゃないのは確かだ。
故郷に暮らす両親に何をされるのか分かったものじゃない。
「ごめんマオス。少しだけ付き合ってくれないかな」
「構わん。こちらも統治者には興味があったのだ」
マオスは問題ないと笑みを浮かべる。
僕らは騎士が用意した馬車に乗り込み、王都へと出発した。
◇
謁見の間に入るなり、王様が玉座から立ち上がって駆け寄る。
「アキト! アキトよ! 無事であったか!」
「ええまぁ、陛下もお元気そうで」
彼は僕の手を取って両手で握りしめる。
間近で見る陛下に恐れ多い気持ちが膨れ上がった。
本来なら頭を垂れて直視するのもはばかられる相手、雲上の御方が目の前で僕の手を握っているのだ。
恐縮を通り越して戦慄。
すでに他国の者同然ではあるが、元国民としての敬の念は失ってはいない。
「陛下、どうか玉座へお戻りください。まずはお話しを」
「うむうむ、そうじゃな。つい立場を忘れてはしゃいでしもうた」
陛下は玉座に腰を下ろし、高官へ声をかけた。
遅れて二人の男女が入室する。
彼らには見覚えがあった。
一人は溺れていたところを助けたシリカ王女。
もう一人はどこかで見たことはあるのだが、それがどこだか思い出せない。
「ご無沙汰しておりますアキト様」
「お久しぶりです。シリカ様」
「亡くなられたと聞いておりましたが、こうしてご無事なお姿を拝見してとても安堵しております。謀ったあの二人の元英雄は即刻処刑すべきなのは明白、お父様どうかご決断を」
シリカ様は陛下に鋭い視線を投げつける。
一方の陛下は髭を撫でて困り顔だ。
「英雄の処刑はなんとも外聞が悪い。腐っても元英雄、余がお墨付きを与えたというのもある。簡単に殺す事はできぬのだ」
「素直に判断が間違っていたと世に公表すれば良いだけの話。王も全知全能の神ではありません、間違いもありましょう。お父様は堂々と謝罪すれば良いのです。そして、あの二名の首を落とせばよい」
「いやはやなんとも過激な。シリカよ、その話は後ほどするとしよう」
王室内でも意見は割れているようだ。
陛下は姫の怒気に恐々としハンカチで汗を拭く。
「失礼」
もう一人の青年が、前に出て僕らの顔をじっくり観察する。
「やはりそうだ。あの時、トロールから助けてくれた人物だ」
「「「あ」」」
僕もアマネもエミリも、揃って声を漏らす。
思い出した。そうだ、トロールから逃げてた三人組の一人。
結構前だから思い出せなかったんだ。
彼は優雅に一礼する。
「自分は第二王子ヒュメル。あの時は礼も申し上げず逃げ出して申し訳なかった」
「どうして僕らだと、名乗ってなかったと思うけど」
「トロールを容易に倒す三人の冒険者、記憶にある特徴も合わせて調べれば、蜜月組の名を知るのはそう難しいことじゃない。恩を返さぬはビルナス王族の恥、ましてや命の恩人に礼の一つも言えぬは自害ものだ」
そこまで重く受け止める必要はないと思うけど。
陛下は「例の物をここへ」と高官に命じる。
部屋に運ばれてきたのは僕が献上したS級遺物だった。
「これもお主の仕業であろう?」
「いや、その……」
「誤魔化しても無駄だ。モンテール侯の手紙にはっきり蜜月組と書かれておる。いやはやなんたる傑物、一生遊んで暮らせる財を投げ捨て国に献上するとは、アキトよ貴殿はまさしく歴史に名を残す豪傑よ。余は貴殿ほどの大義を通す者を他に知らぬ」
いや、あの、面倒だったから投げ渡しただけだったんだけど。
陛下の興奮はまだまだ収まらない。
「二人の我が子の命を救い、遺物を献上し、その上あの武道大会の覇者となるとは」
「どうしてそれを!?」
「くくく、それは証言者がいるからっすよ」
柱の陰からナナミとアイラとエマがこそっと顔を出していた。
反応したエミリがナナミに駆け寄る。
「ナナミ~」
「エミリちゃん!」
がしっと二人は抱き合う。
エミリはナナミの胸に顔を埋め幸せそうだ。
国王は「余も顔を埋めたい」と呟いた。






