59話 奈落への帰還2
誰もが寝静まった深夜。
一糸まとわぬ僕とアマネは抱き合って天井を見つめる。
「考え事ですか」
「僕が古代人だったなんてね」
「いいではありませんか。アキトはアキト、私の愛する夫でナジュの戦士です。いかなることがあろうと、私は添い遂げると心に決めているのですから」
「僕は本当に、君に救われてばかりだな」
彼女の体温が狂おしく愛おしい。
まるでこの時を永く待ち望んでいたようだ。
大好きだ、アマネ!
「ふふ、また元気になってしまいました」
「アマネのせいだよ」
「私ですか? では責任を取らないといけませんね♡」
ピクッ。アマネのうさ耳が僅かに反応する。
「誰です!」
「「ひゃぁ!?」」
ばたばた。足音が去って行った。
あの声は、テオ君とスナちゃんかな。
二人ともお年頃だし好奇心が抑えられないのだろう。
「もうっ、あの子達は」
「やっぱり二人だけの家を建てないといけないね。今のままだとテオ君やスナちゃんの教育に悪いしさ」
「近くに空き家があるのですが、そこで暮らすと言うのはどうでしょう。使わせてもらえるかは相談しないといけませんが」
あー、そう言えばあったね。
マオスに相談すれば使わせてもらえるのかな?
「アキト……」
抱きついてくるアマネに、僕の思考は一瞬で吹き飛んだ。
◇
ばたばたばた。ばたばたばた。
エミリが尻尾を揺らしながら濡れ雑巾で床を拭く。
アマネは台所を掃除していて、僕は空き家にあった物を分別中。
以前は老夫婦が暮らしていたそうだが、二人とも亡くなってしまったらしく、今の今まで手つかずで放置されていたらしい。
ナホさんの家ほど大きくはないが、三人で暮らすにはちょうど良いサイズだ。
「この食器は使えそう、このしゃもじはだめかな。箸もだめ、と」
「戻ってきて早々に新居の掃除とは大変だな」
マオスがひょこっと顔を出す。
すでに彼には地上での出来事を報告しているので、今日するのはこれからについての話だと思われる。
「見つけた地下空間については分かった。少なくとも移住できる場所があるのは大きな発見だ」
「あそこならここほどではないけど、かなりの人を養えると思う。それに設備も生きてるし、快適な暮らしはできるんじゃないかな」
「うむ、さっそく人を送り込むとしよう」
マオスは選りすぐりの戦士を、発見した地下へと向かわせる決断をした。
もちろん誰も地上については知らないので、僕が色々教えなくてはいけない。
「加えてアキトには引き続き調査を頼みたい。移住できる場所は複数確保しておきたいからな」
僕はマオスの言葉に頷く。
「そうだ、これから狩りに行くのだがアキトもどうだ。なんせ今日はテオのデビュー、兄として弟の面倒は見ておきたいだろ」
「そうだね。僕も男衆の一員、舐められっぱなしじゃ問題だろうし」
テオ君に、僕のカッコイイところを見せておかないとね。
兄としても先輩としても。
僕はアマネに狩りに行ってくると言って、少しの間だけ家を出ることにした。
「おりゃあああああっ!」
「ぶぎぃいいい」
「どわぁああっ!?」
ゴールドスタンプボアにテオは振り落とされる。
さらに顔面から地面に突っ込んだ。
黄金の豚は『なんだこの雑魚』とばかりにテオを眺めて、他の戦士へと突貫して行く。
「大丈夫?」
「うるさいっ、オレに構うな」
テオ君は泥だらけの顔で僕の手を手で弾く。
ズレた眼帯の下には、涙を浮かべた綺麗な眼があった。
ハッとした彼は、慌てて眼帯を元の位置に直す。
やっぱり姉弟だな。
目元とかアマネにそっくりだったし、ずいぶん可愛らしい顔立ちだ。
「戦士らしい働きもしない奴に哀れまれるつもりはない。オレはアキトと違って、ナジュの誇り高き戦士なんだ」
「あー、僕はあれだから。しばらく見ていてくれってマオスに言われているんだよ」
「はぁ? どうせ役立たずで邪魔だからだろ」
テオ君は槍を握り再び魔物へと向かって行った。
あ、また振り落とされた。
あの子は血気盛んだな。
マオスには頃合いを見て戦いに入るようにと言われている。
僕が戦うと狩りが一瞬で終わってしまうからだ。
それだと後進の成長にもならないし、大人の戦士達にとってもつまらない。
ここでは狩りは男性の仕事であり娯楽でもあるからだ。
狩りをしていた男達がざわつく。
もう一頭、スタンプボアが狩りに乱入してきたからだ。
そいつは二回りほど大きく、戦士達を鼻で弾き飛ばしながら場を駆け抜けた。
「ひぃ」
「ぶぎぃいいいいい!!」
奴は怯えたテオに狙いを定め、さらに加速。
彼は足がすくんでいるのか動けないまま震えていた。
僕は大地を素早く駆け抜ける。
「ア、キト?」
「無事みたいだね」
「それ……」
彼は僕の片手に注目する。
手の先には、ゴールドスタンプボアが全力で突進を続けていた。
だが、僕を押し退けることができず、太い足を滑らせている。
「すぐ終わらせるから。いいよね、マオス」
「好きにしろ」
許可が下りたので、もう一方の手で剣を抜く。
強引に腕の力だけでボアを持ち上げると、軽く投げて素早く剣を走らせた。
剣を鞘に収めれば、真っ二つとなったボアの巨体が落下する。
「相変わらずでたらめだな。また力を上げたんじゃないのか」
「まぁね、なんせクラスが上がったし」
マオスは呆れた様子だ。
この前の戦いで僕はクラスアップを果たした。
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【名前】アキト・ヴァルバート
【年齢】20
【性別】男
【種族】ヒューマン
【クラス】剣鳳
【スキル】武器強化Lv99・肉体強化Lv99・皇の威圧Lv99
【特殊スキル】スペシャルボーナス・ツリー解放
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剣皇の上は剣鳳。
身体能力がさらに増し、剣聖以上の剣のセンスを得ることができるレアクラス。
このクラスを得た者は、僕が知る限りたった三人だけ。
現在もある有名流派の創始者達だ。
彼らは生涯無敗を誇り、その圧倒的力で多くの人々を救った。
端的に言えば、剣皇以上にヤバいクラス。
今まで以上に秘密にしないと。
バレればどうなることやら。
「アキトにいちゃん、すげぇ!!」
「あ、うん」
「なんだよ今の! そうか、にいちゃんは男衆の秘密兵器だったんだな!」
「うん、うん?」
テオ君、君は何を言ってるのかな。
ニヤニヤしたマオスが前に出る。
「アキトは今や男衆で三本の指に入る戦士だ。彼を兄として敬いその技を学べば、きっとテオも強くなれるはずだ。きっちり食べてきっちり学べよ」
「はい、マオスさん。アキトにいちゃん、よろしくお願いします!」
態度を改めたテオ君が恭しく一礼する。
うーん、なんだかむず痒くなる。
いつもの生意気な感じが彼らしいのだが。
「村に戻ったら剣を作るよ」
「いや、そこは別に」
「ねえちゃんには感謝だな。今日は肩もみしてやろうっと」
テオ君が気持ち悪い。
彼が肩もみなんて。
その後、アマネは「なんだか気持ち悪い」と言ってテオ君を落ち込ませた。






