57話 剣聖と竜騎士の落ちて行く日々11
俺を迎えた国王はすでに怒りに満ちていた。
「ドルリジアでの結果、その後の貴殿らが行ったこと、全て耳にしておる」
「だったらどうした」
「なっ、なんだその態度は!」
耳をほじりながら適当な対応をする。
もううんざりしてんだよ。
上からあーだこーだ偉そうに文句垂れるてめぇらに。
騎士共が剣の柄に手を添える。
「俺は邪神を倒す竜騎士様だぜ、もっと英雄に対する態度ってもんがあるだろ? もっと金を寄越せよ、もっと女を差し出せ、もっと贅沢させろ!」
「…………陛下、ライの言う通りにしてくださいビッチ」
隣にいるジュリエッタも同じ意見だ。
当然だ。俺の妻なのだからな。
もちろん異論なんてすればお仕置きするが。
「腐っておる……余は間違いを犯した。このような者を英雄にしてしまったことだ。ジュリエッタよ、何故にアキトと結ばれなかった。何故にこのような者をパーティーに加え、伴侶としたのだ」
「それは……」
「返事をせんでよい。失望が深まるだけであろう?」
国王が視線を真横に向ける。
カーテンの陰から、三人の女が現れた。
「そいつは英雄とはほど遠いクズっす! 邪魔になれば仲間でも殺そうとする、ド畜生っすよ!」
「誰だてめぇ?」
「ウチはグリンピアの鍛冶師ナナミっす」
グリンピア?
あー、見覚えがあるな。美味そうな胸をした虎部族の女。
そいつが今さら何の用だ。
「その者達から事情は全て聞かせてもらった。剣聖ジュリエッタ並びに竜騎士ライの英雄の称号を剥奪とする」
「な、んだとっ!? ふざけんな!」
「あんまりです、陛下ビッチ」
「余はビッチではない」
前触れもなく、俺とジュリエッタの身体に見えない鎖が巻き付いた。
部屋の陰から次々に魔法使いが姿を現す。
計られた!?
罠だったのか!
「余は大きな期待をしていた。我がビルナスにふさわしい英雄となってくれることを。多少の失敗も目をつぶる気だった。しかし、仲間殺しはならん。英雄にふさわしい行いとはとても言えぬ」
「何人殺そうがどうでもいいことだろっ、邪神さえ倒せれば俺が英雄だ! いいからこの鎖を外せ、じゃねぇとてめぇでもぶっ殺すぞ!」
「なんと醜悪な。余に向かってそのような言葉が吐けるとは。ジュリエッタ、貴殿もこの男と同じ意見なのか」
「私は……ビッチ」
俺はジュリエッタを睨む。
逃がさねぇ、自分だけ英雄に留まろうなんてさせねぇぞ。
だが、この女はあっさりと裏切りやがった。
「全てライが悪いビッチ! 私は被害者ビッチ!」
「てめぇ!」
「……と、申しているが?」
国王がナナミへ目を向ける。
「アウトっす。ジュリエッタもアキトの殺害未遂に関与してるっす」
「嘘よ、私は何もしてないビッチ! どこにそんな証拠が!」
ナナミの横にいた女が顔の包帯を取る。
その下から現れたのは、格闘家のアイラだった。
「アタシは……ライとジュリエッタが、アキトを殺すって話をしていたのを、知っているブヒ。実際にアタシも、そいつに殺されかけたブヒ」
「てめぇ生きてたのか」
アイラはナナミの背中に隠れる。
そこでようやく思い出す。
そうだ、このナナミって女、アイラの腹をぶっさした日に会った。
「ようやく思い出したみたいっすね。ウチがカスタード――アイラを助けたっす」
「ナナミに拾ってもらえなかったら死んでたブヒ。ようやくアタシは目が覚めたブヒよ、あんたのやってきたこと全て暴露してやったブヒ」
「助けたってなんのことビッチ? 殺されかけた? 誰にビッチ?」
俺は舌打ちする。
くだらねぇことしやがって。
このどうでもいい時間が終わったら全員ぶっ殺してやる。
「ジュリエッタ、そろそろ目を覚ましたらどうなのウホッ」
「エマ!?」
二人の背後から出てきたのは、行方をくらましていたエマだった。
「私達は付いて行く相手を間違えたウホ。見る目がなかった。よりにもよって最悪のクズ野郎を引き当てていたウホ。もちろん自分のことを棚に上げる気もない、クズがクズに惹かれて盲目になってたウホ」
「エマも、裏切った……ビッチ?」
「先に裏切ったのはそっちウホ。アイラを殺そうとしたウホよ。ずっと後悔してた、どうしてあの日、すぐに追いかけなかったのだろうって」
ジュリエッタは俺を睨む。
なんなんだその目は。
まさか俺だけが罪人みたいに思ってんのか。
忘れてるようだが、てめぇもアキトを殺そうとしただろうが。
「私は何も悪くないビッチ、アイラとエマが言ってることもでたらめビッチ。全てライが悪いビッチ」
「あははははっ、よく言えたな! てめぇがアキトの腹に剣をぶっさしたところを俺は見てんだよ! おまけに奈落に突き落として、証拠隠滅もきっちりやっただろうが!」
「違う、ライの言うこともでたらめビッチ! 何もしてないビッチ!」
「静まれ」
謁見の間に国王の声が響く。
「前々より二人には苦情が多く寄せられていた。被害にあった者もいると聞く。そして、今回のドルリジアの件。称号剥奪は妥当であると余は判断した」
「まさか処刑とか言うなよ。邪神はどうするんだ。俺達がいねぇとなにもできねぇだろうが」
「答えるつもりはない。貴殿らは腐っても元英雄、今までの活躍に免じて投獄に留めるとする。以上だ」
怒りで頭の血管が切れそうだった。
この俺が投獄だと。
英雄である俺が罪人。
「ジュリエッタがアキトを選んでおれば。なんと残念なことか。パートナー選びに失敗するとは」
「あの、今から、今からアキトと結ばれるビッチ! なにとぞ投獄だけは!」
「ビッチ剣聖には無理っすよ。アキトには最高のお嫁さんがいるっす。ちょー可愛い娘のエミリちゃんもいて、入り込む余地はないっすよ。大人しく牢屋で一生を終えるっす」
「いや、そんなのいやっビッチ! いくらでも股を開くから、罪人にだけは!」
「うわぁ、本当にビッチっすね」
俺達はS級遺物を取り上げられた。
その後、脱出不可能と呼ばれる『オマルーン大監獄』へと収監される。
◇
オマルーン大監獄は陸から十数キロ離れた場所に存在している。
海にそびえ立つ塔の遺跡、そこが大監獄である。
ここは各国共同で管理され、国に置いておけないような大罪人を押し込んでいる。
脱出不可能と言われているが、実際は出て行った奴は存在する。
片手で数える程度ではあるが。
そして、その度に警備は強化され穴は塞がれてきた。
現在の大監獄はまさしく脱出不可能。
おまけに、ここでは看守は殺さなければ何をしても許されるときている。
同じ罪人も油断できない。
なんせクソ共の肥だめだからな。
「ふんぐっ! だめか、くそっ!」
強引に牢を出ようとするが、俺の力でもびくともしない。
古代人が作った監獄だけあって、バカみたいに頑丈だ。かつての脱走者はどうやったのか。
「はぁい、元気にしてるビッチ?」
「ちっ」
牢の外からジュリエッタが笑顔で手を振っている。
隣には鼻の下を伸ばす看守がいた。
こいつは着いて早々に色仕掛けをしやがった。
語尾だけでなくマジでビッチとなったわけだ。
今ではどの看守と関係があるのか俺ですら分からない。
「ヤらせろ、俺にも」
「気持ち悪いビッチ。あんたとはもう終わったビッチ。私のダーリンはこの人達ビッチ」
「俺は、俺様は、竜騎士のライ様だぞ!」
「昔の話ビッチ」
手を伸ばすがジュリエッタに弾かれる。
あいつは看守と連れ添って離れていった。
くそくそくそくそくそっ。
ヤりたいヤりたいヤりたい、殺したい殺したい殺したい、自由が欲しい、地位も名声も、酒に金に女に何もかもが欲しい。
絶対ここを出てやる。
絶対だ。






