56話 まだ見ぬ地下へ僕らは行く4
その石版には六人の戦士らしき人物が描かれ、先頭の一人が玉座の王を剣で串刺しにしていた。
縁には文字が刻まれている。
『ベルハザードの聖王を討ちし六人の反乱の徒、世界を混迷に落とし繁栄を極めた超大国は滅びを迎える』
――古代文明はたった六人に滅ぼされた?
どうしてそんなことに。
邪神と魔族の軍勢に滅ぼされたと思っていたけど事実は全く違うのか。
じゃああのレインはその中の一人??
「他に、他に絵はないのか」
「三十階まで確認したけど、もうなかったなの」
「そっか」
足音がして僕とアマネは武器を構える。
廊下の奥からやってきたのは、あの男――レインだった。
「このような場所があったとは、道理で戦後ヒューマンが爆発的に増えたわけだ。相も変わらずこそこそと小癪な真似をする」
レインは僕の隣で立ち止まり、石版の絵を眺める。
「懐かしい、遙か過去である『あの日』が昨日のように感じられる。そう、邪神ではなく英雄と呼ばれるべきだったのだ。まぁ、神と称されるのも存外悪い気はしないが」
「どうやってここへ。僕らに何の用だ」
「特段なにかあるわけではない。強いて言うならお前に会いに来た」
僕に?
なぜなんだ??
警戒心からアマネとエミリを後方に下がらせる。
「私はアキトを好いている。性的にだ」
「え゛」
「心配するな。お前のことはすでに諦めている。愛する者の幸せを願う、それもまた愛であると知ったのでな」
レインはすらりと腰の剣を抜く。
その行動に警戒心はMAXとなった。
「待って、僕には君と戦う理由がない」
「もちろん私にもだ。だが、あえてあるとしたら、それは寂しいからなのだろうな。共に分かち合ったあの日々が忘れ去られるのが」
彼は僕から目を離し、アマネとエミリを観察する。
怪しく輝く瞳に危険な臭いを感じ取った。
戦わなければ二人に手を出すつもりか。
瞬歩で間合いを詰め、鋭く斬り下ろす。
剣と剣がぶつかり鬩ぎ合う。
「レリックを始末したのはお手柄だった。さすがアキト、行方をくらましていたあの外道宰相を見つけ出すとはな」
「…………」
「レリックはベルハザードの生み出した最たる悪の一人。これで望んだ新世界が見えてくる」
彼はバックステップで距離を取る、追いかける僕は連撃を繰り出した。
しかし、攻撃は片手で難なく捌かれる。
「かつて我々は天より現れし龍なる人の知恵により、技術力は格段の進歩を遂げた。だが、日進月歩に進む研究とは対照的に、人は身も心も堕落していった。富と権力に溺れ、どこまでも弱者を虐げる残酷な世界が形成されたのだ」
剣が簡単に弾かれる。
まるで稽古をつけられているようだ。
彼にとって僕は敵ですらないってことか。
「私はゴミ捨て場のような聖都の片隅で生まれた。毎日、天にも届きそうなセンタータワーを見上げながら、地面を這いつくばって生きていた」
「また分からない話を!」
「そこで暮らす子供達には素晴らしいリーダーがいた。彼はいつかセンタータワーのてっぺんに登り、この狭く暗い世界を変えようと言った。愚図で要領の悪い私はひどく感動したよ。彼にすべてを捧げようと誓った瞬間でもあったんだ」
蹴りが腹部にめり込む。
僕は背中から壁に叩きつけられた。
うぐっ、さっきからなんの話をしているんだ。
アマネとエミリが僕へと駆け寄る。
「相変わらず最底辺から昇る人生を送っているようだ。なにもかもを失っても、運命だとばかりに繰り返している。私には真似できない選択だ」
「君は、僕に何を伝えようとしているんだ……」
レインは剣を収め、黒いコートを翻し背を向ける。
問いかけへの返事はない。
「先にも言ったが、私はささやかな幸せを邪魔するつもりはない。ここへ来たのは覚えていてもらいたかったからだ。孤独というのはなかなか心を蝕む」
靴音を響かせ去ろうとする。
その背中へ手を伸ばし、彼に別の問いかけをした。
「君はこれから何をするつもりなんだ」
レインの足が止まる。
「ヒューマンを滅ぼす。それが私の、いや、私達の唯一の願望だ」
「もう大昔のことじゃないか。どうして引きずるんだ」
「想像してしまったからだろうな。美しい世界を。私にとってアキトは全て、どのような存在になり果てようと永遠に愛している」
彼はアマネとエミリを一瞥してから去って行った。
遅れて全身に寒気が走る。
愛って……。
「パパ、大丈夫なの?」
「うん。ちょっと目の前がくらくらしただけだから」
「あの方は何者でしょうか。恐ろしい気配を振りまいてましたが」
「邪神だよ。レインって名前らしい」
邪神と聞いてアマネは驚きに手で口を押さえる。
ただ、僕には彼は恐ろしくは感じなかった。
泣いている弟、のように思えたんだ。
変だよね。弟なんていないのに。
はぁ、色々なことがありすぎて頭がいっぱいだ。
◇
建物を出た僕らは、公園らしき場所で静かに夕食を迎える。
いつもは美味しいアマネの料理も、今日ばかりは何の味もしなかった。
「眠いなの」
「はい、枕ですよ」
「ありがとうなの」
ふかふか枕に頭を乗せた途端、エミリはすやすや眠り始める。
それからアマネは僕の隣に来て肩に頭を乗せた。
「アキトがなんであれ、私は貴方の奥さんです。それだけは忘れないでくださいね」
「ありがとう」
涙がこぼれそうになった。
僕は本当に彼女と結婚できて良かった。
自然と顔が近づき、唇が触れあいそうになる。
「ブモォオオオオ!」
黄金色のミノタウロスが複数、茂みから現れた。
さらに黄金色のスケルトン、黄金色のトロールとボーナス系がわんさか出てくる。
「もうっ、いいところだったのに!」
「エミリを起こして。ひとまず片付けたらここを出よう」
奥さんは珍しくぷんぷん怒っていた。
「これで最後」
ミノタウロスを真っ二つにする。
ちょうどエミリも最後のスケルトンを魔法で爆散していた。
「不自然だと思いませんか」
「だね。あいつがけしかけたのかな」
魔物に襲われるのは日常茶飯事だが、今回のケースは初めてだ。
種族を超えて徒党を組むなんて。
恐らくレインの仕業だろう。
周囲を探るが奴が潜んでいる気配はなかった。
「見てください、ステータスが変化してます」
「ほんとなの」
アマネとエミリのステータスが大きく上昇していた。
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【名前】アマネ・ヴァルバート
【年齢】20
【性別】女
【種族】銀兎
【クラス】竜姫
【スキル】衝撃貫通Lv99・回復力強化Lv99
【特殊スキル】心眼
【名前】エミリ
【年齢】7
【性別】女
【種族】ターヌ
【クラス】魔法使い
【スキル】鑑定Lv99・トリプルハイブーストLv99
【特殊スキル】変化
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相変わらず二人とも強力なスキルだ。
それが膨大な経験値によって99まで強化されている。
僕もステータスを開き、クラスツリーを開いた。
やはり予想したとおりクラスツリーにも変化があった。
剣皇の上にあるクラスが点滅している。
僕は恐る恐るそのクラスを押した。
……なんだろうこの感覚、このクラスになるのは二度目のような気がする。






