55話 まだ見ぬ地下へ僕らは行く3
エミリの案内でとある部屋へと入る。
そこには棺桶のような物がいくつも並び、室温は白い息が出るほど低かった。
箱は蓋が開いていて、中を覗くと空っぽだ。
「アキト、これ……」
「うん。デザインは少し違うけど、似たようなものを最近見た」
僕が入っていた箱と同じ物だと思う。
前回は読み取れなかった箱の下部を確認する。
『超長期睡眠装置』
完全に同じ物ではない?
僕が入っていた箱には、睡眠の前にかすれて読めない文字が入っていた。
でも、これで僕が遺物に入っていたことは確定だ。
僕は古代文明と何らかの関わりがある人間だったんだ。
「アキト、こっちに来てください!」
アマネが呼ぶので向かえば、そこには蓋の閉じた箱があった。
ガラス部分の霜を手で拭って、中を確認する。
いる。人だ。
中には老人がいた。
箱の前には光る板があり、そこには数えるのも嫌になるほどの桁の赤い数字が表示されていた。
一の位と十の位は動いており、定期的に百の桁が増える。
どれくらいここにいるのだろう。
僕は板に『覚醒』の文字があるのに気が付く。
しかも押せとばかりに点滅していた。
もしかしてこれを押せば、彼は目覚めるのだろうか。
「押していいかな」
「大丈夫でしょうか。たった一人残されているのがなんとも……」
「これを押せばいいなの?」
「「あっ!」」
エミリが背伸びして、覚醒を押してしまう。
カウントしていた数字が停止し、赤から緑へと変わった。
ぶしゅうぅうう、冷たい空気がどこからか排出され、内部はオレンジ色に明滅する。
がこん、蓋がゆっくり上へと開く。
白い薄手の服を着た老人が下から現れた。
だが、まだ目は覚めていない。
僕は彼の首筋へ手を当てる。
「死んでいるのですか?」
「いや、生きているみたいだ」
「エミリと一緒で、ずっとグースカしてたなの。お寝坊さんなの」
「あはは……」
確かにそうかもね。
理由は定かではないけど、この人はずいぶんと長く寝ていた。
ぱちっ、老人の目が開く。
「ここは……」
「こんにちは。ご気分の方はどうですか」
「あんたは、はて、どこかで――」
老人の目が大きく見開かれる。
小さく悲鳴をあげたかと思うと、箱から転がり落ちて這いずるように壁際へと逃げてしまう。
な、なんなんだ。
「おま、お前は、よくもその顔を見せられたな! 誰か、誰か来てくれ! ここにあいつがいるぞ!」
老人は一人で大騒ぎする。
そんなに暴れると身体に良くないのでは。
「あぐっ!?」
彼は胸を押さえて苦しそうにする。
僕とアマネは駆け寄り、ハイポーションを取り出した。
だが、彼は拒絶した。
腕で弾き床に薬の入った小瓶が砕ける。
「い、らん! 貴様に、施しはうけ、ん!」
「でも」
「失せろ、貴様のせいで、儂らは――」
彼は言葉半ばで息絶えた。
助けられなかった。
ごめん、おじいさん。
「何も聞けなかった」
「アキト……」
「ごめんなさい。エミリが起こしちゃったから」
「君のせいじゃないよ。君が起こさなくても、きっと僕が起こしていた」
落ち込むエミリの頭を撫でる。
目の前には老人の墓があった。
敷地に穴を掘り、埋めてあげたのだ。
箱を調べて分かったことがある。
レリック・ノーバート、彼の名前だ。
役職は宰相。
それ以外は分からなかった。
彼の口ぶりからするに、僕を知っていたようだった。
会ったこともない誰かに覚えられているなんて、変な感じだ。
「もう夕暮れですし、今夜はここで夜を明かしましょうか」
「うん。幸い部屋も沢山あるし」
「室内野営なの!」
「それって野営って言うかな?」
僕らは建物に戻る。
「ひぁぁあああああっ!」
「なんですかこれ!?」
「水が上から! 早く逃げるなの!」
適当な部屋で焚き火をしたら、天井から水が噴き出した。
僕らは部屋の中で走り回り、なんとか廊下へと逃げ出すことができた。
「なんだったんだろう、あれ」
「室内で火をつけてはいけなかったのかもしれません」
「古代の消火設備ってこと?」
「あ、ほら、水が止まりました」
部屋を覗くと、天井の水は止まっていた。
ひどい目に遭った。
おかげでびしょびしょだ。
「全身濡れちゃいましたね」
アマネは服が透けて下着が見えていた。
ムラムラしてしまい、慌てて本能を抑える。
「向こうに身体を洗えそうな場所があったから、エミリと一緒に行ってくるといいよ」
「アキトはどうするのです?」
「僕は後でいいから。それより片付けを優先するよ」
水浸しの鍋や食材。
夕食作りは外の方がいいかな。
「一緒に入りますか?」
「な、んだと」
アマネの提案に僕は思わず頬を自身でつねる。
痛い。現実だ。
アマネの一緒の水浴び、最高じゃないか。
すぐに彼女は顔を真っ赤にした。
「やっぱり嘘です、恥ずかしすぎて耐えられそうにありません!」
「そんな」
「ごめんなさい」
彼女はエミリの手を引いて、逃げてしまう。
くっ、一緒に身体を洗いっこしたかった。
だが僕は諦めない。いつかきっと。
僕は拳をぐっと握る。
◇
建物の探索を開始して三日が経過した。
やはりここは放置され長い年月が経過しているようだ。
しかもあえて捨てた印象がある。
あのおじいさん――レリック・ノーバートは、何らかの理由で同様に見捨てられたのだろう。
僕を知っている感じだったが、ずいぶんと怒っていた。
似た誰かと勘違い、していたのだろうか?
「――アキト、考え事ですか」
「あ、うん、ちょっとね」
「悩みならいくらでも聞きますよ。私達は夫婦じゃないですか」
「アマネ……」
隣を歩くアマネが微笑む。
それだけで僕の心は幸せで満ちた。
「パパ~、あったなの~」
エミリが階段をぴょんぴょん飛び降りたのち、手を広げて廊下を駆けてくる。
ちなみに現在、僕らは二十八階にいる。
この建物は三十階建てのようなので、もう間もなく探索も終わる。
「あったって?」
「石で作った絵なの」
「あー、一階にあったあれか」
ただの飾りにも思えるが、僕の何かが知るべきだと言っているように感じた。
二十九階に上がり、その石の絵を確認する。
そこには、剣で王を串刺しにする六人の戦士が描かれていた。






