52話 僕は武道大会に出場する9
決勝戦。舞台に僕と団長が上がる。
どちらが勝っても滅殺道化団が一位から三位まで独占だ。
故に、ここでぶつけあうのはお互いの意地。
「あんたらにゃ感謝している。こう見えてプレッシャーには弱くてね、きっと一人で勝ち上がっていたらヘマして負けてただろうから」
「こちらこそ。僕も良い経験をさせてもらったよ。滅殺道化団がなければ出場していなかった」
審判の合図があり、僕らは素早く後方に下がり距離を取る。
ぶつけあう刃と刃の間に、赤い花が無数に咲いた。
金属音が鼓膜を震わせ、意識が戦いに沈むほどに歓声は遠くなる。
団長の大鎌がすれすれを通り抜けた。舞台に深い斬痕が刻まれ、発生した風により埃が舞い上がる。
すでに分かっていたことだが、やはり彼女は強い。
些細な動きにフェイントを織り交ぜ、意識外のところから奇襲を仕掛けてくる。
呼吸と視線すら敵を惑わせる罠だ。
「はぁぁっ!」
「っつ!?」
大鎌を剣で防ぐも、なぜか肩口が斬られる。
まさかレアスキルの貫通!?
だとしたら危険、防御がほぼ意味を成さない!
即座に受け流しへと切り替える。
「そうそう、貫通はまともに受けちゃダメさ。けど、それもアタシには悪手さ」
「ぐっ!?」
背中に衝撃と痛みが走る。
どうして、攻撃は受け流したはず。
しかも後ろから。またレアスキルなのか。
「不思議だろ。どうしてアタシの攻撃が後ろから飛んできたのか」
「……なんのスキルか聞いても?」
「秘密さ。一つヒントを与えるとしたら、腕の良い道化師っってのは空間を支配するものさ」
空間を支配。
口ぶりからこれはスキルの効果ではない、ということか。
でも、それ自体がフェイクって可能性もある。
違う、そもそも僕に考えさせることが罠なんだ。
言葉で惑わせ思考力を割くことが目的。
ここで考え込めば団長の思うつぼだ。
僕はもう一本の剣を抜く。
「おや、本気を出す気になったのかい」
「可愛い奥さんが見ている前で無様な姿はさらせないからね。だから、優勝はとらせてもらう」
「威勢は良いができるのかねぇ。ここまでアタシはあんたの戦い振りを観察し、対策を練っていた。必ず決勝に残るだろうと分かっていたからさ。引き出しは全て把握してるよ」
団長は大鎌を投げる。
すかさず彼女は炎魔法を連発した。
鎌を躱し炎を防ぐ。
回転する大鎌は空中で軌道を変え、再び僕のもとへと迫る。
追尾スキルなのか?
それとも操作系のスキル?
なんて厄介。
だが、そんなのは関係ない。
「あんたは近距離しか攻撃がない。離れた位置からじわじわやれば、いずれ弱り果てて倒れる」
「そう、僕には力と剣技くらいしかない」
この身体能力こそが僕の最大の武器。
動体視力で回転を見切り、するりと刃をすり抜ける。
一直線に抜けてきた僕に団長は反射的に炎魔法を使用。
僕は火球を双剣で斬り消す。
「……アタシの負けだ」
彼女の首筋にぴたりと剣を添える。
遅れて大鎌が彼女の手に戻ったが、すでに勝敗は決していた。
審判が僕を勝者とし、会場は歓声に包まれる。
「どうかしてる。一歩間違えてたら死んでたよ」
「でも、団長は殺す気で来てたよね」
「否定はしないさ。本気でやらないとあんたには勝てないと思ったからね」
それは僕の台詞だ。
これが何でもありの本当の殺し合いだったら、負けていたのは僕の方かもしれない。
一対一の試合だったからこそ勝てた。
世界は広い、僕にはまだまだ多くの経験が必要だ。
大会はそれを知る良い機会だったよ。
◇
滅殺道化団の拠点である大型馬車の前。
僕らは別れの挨拶を交わす。
「本当に娘に会って行かなくていいのかい」
「うん。それよりも早くエリクサーを飲ませてあげてよ」
優勝賞品であるエリクサーは、約束通り団長へと渡してある。
反対に僕は彼女から賞金一億をもらっている。
アマネも目的だった『どこでもふかふか枕』を手に入れて、結果は大満足だ。
ただし、優勝したことにより発生した弊害を除けばだが。
表彰式の後、僕は多くの人から追いかけ回された。
この国の英雄にならないかとのお誘いである。さらに貴族から雇いたいなんてお誘いもあり、あげくは多数の冒険者からスカウトの嵐。
僕とアマネはエミリを連れて、這々の体でなんとか会場から逃げ出したのである。
「これでウチも有名入りか。これからビシバシ頑張らねぇとな」
「滅殺道化団はもう英雄パーティーですもんね。わっしょーい!」
ニッキーが照れくさそうに鼻の下を擦り、リッティは逆立ちでがばりと足を開く。
二人の様子に団長は「やれやれ」と微笑みを浮かべていた。
団長はその実力を買われ、正式に英雄の称号を授かることとなった。
以前にも候補として名が上がっていたらしいが、その頃は独り身で名声よりも自由の方が大切だったそうだ。
だが、今の彼女は家族に仲間がいる。
大切な物を守る為に重責を引き受けることにしたそうだ。
英雄は軍事的な権限は一切与えられないが、その代わり武の頂点として尊重され、多くの特典を与えられる。仕事にも事欠くことはない。
「どうかお元気で」
「また会いに来るなの」
「いつでも歓迎するよ」
僕らは三人に手を振り出発した。
◇
「お~い!」
後方から声がして振り返る。
街の方角から二人の女性が走ってきていた。
あれは、ナナミとカスタード。
「挨拶もなく旅立つなんて、ひどいっすよ!」
「ごめん。すっかり忘れてた」
「本当にひどい!」
ショックを受けるナナミの背後でカスタードが頷く。
結局、彼女の正体は不明なままだ。
知り合いらしいけど、記憶の誰とも当てはまらないんだよな。
「ナナミ~!」
「エミリちゃーん!」
二人はひしっと抱きしめ合う。
この二人って仲いいよね。
馬が合うのだろうか。
「挨拶が遅れてごめんなさい。試合後はドタバタしていたので」
「怒ってないっすよ。あの騒ぎは知ってるっすからね。アキト達が消えた後は、どこの誰だって貴族に騎士に冒険者が揃って会場裏を走ってたっすよ。ああ、大丈夫っす。知らないで通しておいたっすから」
そのことで滅殺道化団もずいぶんと質問されたそうだ。
仮とは言え所属していたメンバーだしね。
団長は流れの道化師で、顔も素性も知らないなんてしらを切ったそうだが。
「これからどこへ行くっすか?」
「近くの森だよ。そこに探しているものがありそうだからさ。そこを確認した後は、一度暮らしている村へ戻ろうかなと考えてる」
「アキトとアマネの村っすか、行ってみたいっすね」
「あー、うん、いつかね」
僕は言葉を濁す。
恐らく連れて行くことはできないからだ。
奈落の底のボーナスエリアは、僕らだけの秘密。
「ナナミこそ、この後はどうするの」
「ビルナスに戻るっすよ。具体的には王都っすね」
「事情は分からないけど、上手く行くことを祈ってるよ」
「ありがとうっす! お漏らし野郎を追い詰めるっすよ!」
お漏らし……?
恨みのある相手なのかな。
「あそこ、なにかいるなの」
エミリが草むらに入り、ごそごそしてから大きいものを引きずり出した。
出てきたのは泥に汚れた人。
最初は死体かと思ったがよく見ると呼吸をしている。
左手には飲みかけのボトルが握られ、顔は乱れた髪で隠されていた。
「こ、こんな、はずじゃなかったウホッ……うううっ」
ウホッ??
あれ、もしかしてこの人。
しゃがんだエミリが、小さな手で前髪を掻き分ける。
やっぱり、エマじゃないか。
「知り合いっすか?」
「一応ね」
「しかし、どうしてこのような場所に」
「うわっ、酒臭いなの!」
のぞき込んでみるが、エマは焦点が合わずぼんやりした様子。
賢者としてライ達と一緒にいたはずでは。
「…………」
「アイラ、アイラ、どこ行ったウホッ。置いてかないでウホッ。あたし達、あの村からずっとずっと一緒、だったじゃない」
カスタードが彼女を抱き起こし背負う。
それを見たナナミは仕方ないと言いたそうな表情となった。
「彼女はウチで預かるっすよ」
「でも」
「大丈夫っす。人を拾うのは初めてじゃないっすから。こういうのは慣れた人間に任せるっすよ。カスタードもそう言ってるっす」
そうなの?
いやまぁ、ナナミがそう言うなら異論はないけど。
けど、どうしてエマがこんな場所にいたのだろう。
普通じゃない雰囲気だったし。
僕の知らないところで何かが起きている??






