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47話 剣聖と竜騎士の落ちて行く日々9


 武道大会が開催された。


 出場するのはジュリエッタと俺。

 エマは興味ないからと不参加としている。


 一般参加者は二つの予選を突破しなければならないそうだが、英雄である俺達はその辺は免除されている。


 なにせ英雄同士の戦いは大会の目玉だからな。

 うっかり落ちてもらったら困るんだろう。


 おまけに待遇もいい。


 無料で一流宿に泊まれて、タダで高級料理もいただける。

 さらに女の世話係も付けられて笑いが止まらない。


「くそみたいな依頼だと思っていたが、存外いい話だったゲス」

「……んっ」


 ベッドを鳴らし、俺は程よく育った肉をむさぼる。


 ちゃんと世話係として仕事をこなせよ。

 おいおい、どうしたもうへばったのか。くくく。


 ぴきっ。


 あ。


「いでぇぇえええええええっ!!」

「ひぁ!?」


 腰痛の呪いが思い出したかのように発現する。

 激痛にベッドから転げ落ち、床を何度も転がった。


 床を這いずり、リュックから湿布薬を取り出して貼る。


「ふぅ、タイミング悪すぎだろ……ちっ、何見てるゲス」

「も、もうしわけありません」


 シーツで身を隠す世話係は怯えた表情だ。


 無性にいらつく。


 だがな、そうなるのは理解できなくもねぇ。


 行為の最中でも仮面を付ける腰痛持ちの英雄。

 おまけに頭は毛がねぇし、語尾はゲスだぜ。


 そこらの女なら、びびって当然だ。


 女も満足に抱けねぇなんて、人生始まって以来の危機。


 間違いなくどん底だ。

 足掻けば足掻くほど沈んでいく気がする。


「もういい、出て行けゲス」

「はい!」


 なんで嬉しそうなんだよ。

 クソが。



 ◇



 初戦。


 俺は対戦相手に震えが止まらなくなった。


 フードを深くかぶった巨漢。

 背中には馬鹿でかい大剣があった。


 どうしててめぇがここに。


「まさか、ゴラリオスゲスか……」

「結婚式以来だな英雄」

「どうして魔族のてめぇが、大会に参加しているんだよゲス!」

「強者が集まると聞いたので興味本位で参加を申し込んだら、この通り問題なくここまで来た。こう言ってはなんだが少々審査が甘すぎるのではないか」


 やべぇ、やべぇよ。

 こいつがいるなんて聞いてねぇよ。


 どう足掻いても勝ち目がねぇじゃねぇか。


 落ち着け俺。

 散々クソみたいな修行をしただろうが。

 前回は不意打ちだった。


 真正面から本気でやり合えば俺が勝つんだ。


「さて、やりあうか」

「今度こそ……絶対に勝つゲス」

「その前に、どこをむしるか決めておかないとな」

「ひぃ!!」


 いやだ、いやだいやだいやだ!

 もう毟らないでくれ!


 はっ、そうだ。もうないじゃないか。髪の毛も眉毛もあそこの毛も、全てコイツにやられた。


「残るはまつ毛、鼻毛、尻毛だな。いや、もう一つも悪くない」

「もう一つ、ゲス?」

「基本、魔族が有する呪いは一種類のみだ。しかし希にだが複数の呪いを生まれ持つ者がいる。自分は二種類あるのだ」


 その言葉に俺は心底ぶるった。

 危うく漏らしかけたほどだ。


 膝が生まれたての子鹿のようにがくがく笑っている。


 審判が試合開始を告げる。


「どうした竜騎士、出会った頃の威勢を見せてみろ。さもなければ呪いを受けることとなるぞ。抗え、必死に抵抗して見せろ」

「ひぃいいいいいいいいっ!!」


 俺はがむしゃらにゴラリオスを攻める。


 負けたくない、呪いは嫌だ、負けたくない、呪いは嫌だ、負けたくない、呪いは嫌だ、負けたくない、呪いは嫌だ、負けたくない、呪いは嫌だ、負けたくない、呪いは嫌だ、負けたくない、呪いは嫌だ、負けたくない、呪いは嫌だ、負けたくない、呪いは嫌だ、負けたくない、呪いは嫌だ。


「くはははっ、鬼気迫る気迫。それだ、それを待っていた」


 俺の本気の刺突をゴラリオスは大剣で防ぐ。


 頭の中は殺す事だけで染まっていた。

 取り戻す、以前の俺を。


 俺は奪う側だ。奪われる側じゃない。


 どしゅ。


 槍が奴の心臓を貫いた。

 大剣が床に落ちる。


「やった……とうとうやったゲス」

「むぅ、不覚をとったか。だがしかし、油断は感心しないな。なぁ竜騎士よ」


 ゴラリオスは槍を意に介した様子もなく、槍が突き刺さったまま至近距離まで近づく。


 やつに、両肩を掴まれた。


「息の根を止めるまでが戦いだ。肝に銘じておけ」

「あ、あああ……」


 デカい図体が、さらに何倍もデカく感じる。

 浮かべるニヤつきに手が震えた。


 めきっ。


 岩のような拳が腹部に沈む。


「ふんふんふんふんふんふんっ!」

「ぶぎぎぃいいいいいいっ!???」


 繰り返されるえぐりこむような腹パン。

 仮面の中で吐いた血液が溢れる。


 俺は床に倒れた。


「お楽しみの呪いの時間だ」

「い、やだ……」

「心配するな。この呪いは『抱える呪いが多いほど強くなる』特殊なものだ。今の貴様にはぴったりだろう? 少々遅れたが結婚祝いだ」


 俺の身体をすさまじい力が駆け巡る。


 骨がきしみ、肉が悲鳴をあげる。

 内側で爆発しそうなほどのエネルギーが暴れ、かつてない激痛が脳みそをがんがん殴りつける。


「――なんだと? いやしかし、承知した。そっちに戻ろう」


 ゴラリオスは耳に付けた小さな物体でぶつぶつ呟いている。

 それから槍を胸から引き抜き、大剣を拾い上げた。


「状況が変わった。ここで遊んでいる場合ではなくなったようだ」

「ぐぎぃ!」

「聞いていないか。次に相まみえる時は、それなりにやれると期待しているぞ。審判、自分の負けだ」


 やつはあっさり敗北を認め、舞台から去って行く。



 ◇



「ふぎぃいいい! あがぁあああああっ!!」


 ベッドに運ばれた後も、激痛は続いた。


 失ったはずの髪の毛が戻り、のっぺりとしていた顔には凹凸が戻ってくる。


 まるでより強力な呪いでその他の呪いを抑え込んでいるかのようだ。

 肉体は膨張と収縮を繰り返し、服を内側から引き裂く。


 そして、変化は唐突に終わった。


「――俺は、どうなった」


 むくりと身体を起こす。


 いつもより感覚が鋭敏だ。

 薄暗い部屋の中でもよく見える。


 鼻には、雌の美味そうな匂いを感じ取れた。


 みしりと音を鳴らし、ベッドから立ち上がる。


 やけに部屋が小さい気がした。

 歩けばその度に床が鳴る。


「ライ、元気になったビッチ?」

「……ジュリエッタ」

「ひぃ!?」


 ジュリエッタは俺を見るなり、腰を抜かしてガクガク震える。


 おいおい、愛するライ様だぞ。

 床を濡らしやがって。


「魔物が部屋の中に、ライをどうしたビッチ」

「はぁ? 俺がライだが」

「嘘ビッチ。どう見ても人じゃないビッチ」


 なにを言っているんだこいつ。

 めんどくせー。


 おい、エマ。どうにかしろ。


 ドアを抜けて隣の部屋へと行く。


 そこではエマがグラスで酒を飲んでいた。


「ひぃ!?」

「あ?」


 エマは俺を見てグラスを落とした。


 二人揃って反応がおかしい。

 俺は姿見へと移動した。


「なんだよ、こりゃあ……」


 そこにいたのは、凶悪なツラの化け物だった。


 辛うじて以前の容姿を確認できるが、見知った奴でもすぐには分からない急激な変化を遂げている。

 なにより肉体が二回りほどデカくなった。


 節くれだった手で顔を撫でてから、髪の毛に触れる。


 髪が戻っている。


 おかしな語尾もない。


 腰痛に関しては不明だが、ほぼ全ての呪いが消えている。

 違う、より強力な呪いで抑え込んだんだ。


 俺は腹を抱えて笑う。


 呪いなんてものにビクビクしてた自分が馬鹿らしい。


 これからは呪いを得るほどに強くなるんだからな。

 ゴラリオスの野郎、いいものくれたじゃないか。ぐひっ。


「たぶん疲れてるビッチ。明日は試合もあるし、今日はゆっくり休んで……ひぃ!?」

「やべぇくらい調子がいいんだよ。抱いてやるから付き合え」

「いや、いやいやいや――ぎゃぁあああああああ!!」


 俺達夫婦だろ。


 たっぷり愛し合おうぜ。

 ぎゃははははは。





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― 新着の感想 ―
[一言] 読んでだいぶ後に気がついたが、 もしや魔族は呪いをうけた人間の成れの果てなのか?
[一言] バカがこの呪い恐らく反動最終的に来るだろうに、しかも見た目魔族じゃあまともに外も歩けんだろうよ。 こんなゴミと結婚したジュリエッタは本当に救いないね。
[気になる点] ゴラリオスさん、あんたまだいっぱいむしれただろうに 脇毛も脛毛もあっただろうし、人によっては胸毛とか、あと耳毛は痛いらしいよ?
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