45話 僕は武道大会に出場する4
リッティの試合が開始される。
僕らは観客席からその様子をじっと眺めた。
「でぇい! 逃げるな、わっしょーい!」
「逃げてなどいないっ!」
相手は男性冒険者、リッティと同様に格闘戦を得意としているようだ。
しかし、なぜか必要以上に距離をとっていて、ほぼ防戦に陥っている。
彼は時折リッティの胸を見るが、すぐに目をそらしていた。
なんだろう、あの反応は。
「破廉恥な格好の女め! 恥を知れ!」
「ごもっとも!」
「きさまは痴女だ。そんなものをぷるんぷるん揺らして、まさか絞め技や寝技を得意としているんじゃないだろうな。もしそうなら――」
「得意です」
「!?」
格闘家らしき対戦相手の動きがあからさまに鈍くなった。
男性の観客は「くそっ、羨ましい」「今からでもあいつと代わりたい」「その手があったか」と悔しそうな表情で歯噛みする。
「捕まえました♪ ここからはずっとリッティのターンです。わっしょーい」
「シマッター、ツカマッテシマッター(棒読み)」
「えいっ」
リッティによって男性格闘家は倒され、関節技を決められる。
「イダダダ、ナンテコウゲキダー(棒読み)」
「まだ降参しませんか」
「ゼッタイマケナイゾー(棒読み)」
「では!」
さらに体勢を変えて技を繰り出す。
男は歓喜の声を漏らし、観客(主に男性)からは罵声とヤジが飛んだ。
気づいていないのはリッティくらいじゃないだろうか。
明らかに対戦相手は負けにいっている。
あのだらしない顔を見れば一目瞭然。
団長がリッティの衣装をビキニにしたのは、これを狙ってのことか。
「えろえろなの」
「エミリ、見てはいけません」
「なの?」
アマネがエミリの目を塞ぐ。
あ、とうとう首締めをするつもりだ。
「これなら!」
「胸が背中に!!」
「どうですか、わっしょーい」
「悔いのない生涯だった……がくっ」
対戦相手が気絶したことでリッティの勝利が決まる。
「おめでとうございます」
「はい、なんとか勝ちましたわっしょーい」
観客席に戻ってきたリッティは満面の笑みだ。
ちなみにニッキーは控え室でまだ落ち込んでいる。
「次は団長ですね」
「そう言えばあの人って強いのかな」
リッティとニッキーに関しては、そこそこ実力は把握している。
手合わせも何度かしたからね。
一方で団長に関してはよく分かっていない。
団長と対戦相手が舞台にあがる。
「団長は強いですよ。なんせ個人ではSランク冒険者ですから」
「実力的には英雄と同等ってこと?」
「はい。ほら、自由気ままなあの性格じゃないですか、国からの誘いも断っちゃって……」
試合が開始される。
対戦相手はフードをかぶり顔に包帯を巻いた相手だ。
名前はプリン。ハンマー使いのようだ。
「大仰に包帯を巻いているが、けがをしてるって感じじゃなさそうだね」
「とある事情から正体を隠しています。好きでやってるわけではありません」
「あ、そう。どっちでもいいけど」
試合が開始される。
先に攻撃に出たのはプリン。
跳躍からの振り下ろしに舞台に亀裂が走る。
団長は難なく躱し首を鳴らした。
「いいパワーだ。一発でももらうとヤバそうだね」
「負けを認めてもいいですよ」
「冗談。あたしゃあアキト達に約束してんだよ、必ず三位に入賞するって」
「アキト!?」
「あん?」
「ここに蜜月組がいるっすか!?」
「ほら、あそこに」
プリンが僕らを見る。
目を細めじっと見てから、ぱぁぁと雰囲気が明るくなった。
「隙あり!」
「――っつ!?」
団長の武器は大鎌だ。
真下から振られた刃が、プリンの衣服を切り裂いた。
ぷるんっ。
下から出てきたのは二つの大きなもの。
観衆の目を釘付けにしたそれは、弾力の良さから上下に跳ねた。
おおおおおおおおおおっ!
僕も思わず身を乗り出す。
なんて試合だ。
興奮が収まらない。
会場は歓声の嵐だ。
「アキト?」
「すいませんでした」
「ぬほぉ、虎おっぱいなの!」
「エミリも見てはいけません」
「でもおぱ、いやぁ、ぷるぷるしてるの見たいなの!」
「ダメです」
プリンは腕で胸を隠しつつ、片手でハンマーを構える。
観客(主に男性)は、もっともっとと団長へ声援を投げた。
「なんだい、さらしでも巻いてたのかい。もう一つ凶器を隠していたとはねぇ」
「よくも……」
「下の布も切り落としてしまおうか」
「させないっす!」
プリンはハンマーを振るが、片手では速度が出ず容易に躱される。
団長は相手の紐パンを見てニヤリと笑みを浮かべた。
次の瞬間、団長の手には紐パンが握られていた。
「え、え? パンツ?」
「さっさと負けを認めな。じゃないと返さないよ」
「きゃぁぁああああああっ!!」
会場の男達のテンションは最高潮となる。
プリンは涙目で負けを認めた。
◇
控え室前の廊下にて。
「ラッキーだったね。初戦でちょろい奴と当たるなんて」
「おめでとうございます団長。わっしょーい!」
「喜ぶのは早いよ。まだとんでもないのが何人も残ってる」
表情を引き締める団長は、離れた位置で立っている男を顎で知らせる。
フードを深くかぶった体格の良い人物。
顔はよく見えないが発する気配は僕らを緊張させた。
彼は僕らを一瞥すると、向こうに行ってしまう。
あの背中にある大剣、どこかで……。
「久しぶりっす!」
「どわっ!?」
「んんっ」
後ろからどん、と押されてアマネの胸に顔を埋めてしまった。
甘い香りと柔らかさに脳みそが蕩ける。
「アキト、こんな場所で……恥ずかしいです」
「ご、ごめん」
後ろにいたのは先ほど団長と戦った人物。
服を替えたのか、今はぴっちりしたシャツと短パンを着ていた。
「アキト達がいるなんて想定外っすよ! 奇遇奇遇!」
「誰ですか?」
「ひどいっすよ!? この虎耳に覚えがあるはずっすよ!」
フードをとれば、下から虎耳が出てきた。
お尻の辺りには長い尻尾が揺れている。
エミリがいきなり飛びついて胸に顔を埋めた。
「虎おっぱいなの! ナナミなの!」
「グリンピアぶりっすね、エミリちゃん」
「ナナミ~!」
「ちょ、だめっすよエミリちゃん。そこは――んひっ♡」
僕はエミリの襟を掴んで引き剥がす。
こら、おいたがすぎるよ。
ナナミが困ってるじゃないか。
「仕切り直して、お久しぶりっす」
「どうしてこんな場所にナナミが?」
「いやぁ、相方がどうしてもと……ウチは向いてないって言ったんすけどねぇ」
「…………」
ナナミが振り返れば、曲がり角からちらちら包帯顔の何者かが覗いていた。
あ、もしかしてナナミはあの人とコンビを組んでるのか。
でも鍛冶師はどうしたのだろう。せっかく工房も繁盛していたのに。
「カスタード、アキトっすよ。会いたいって言ってたじゃないっすか」
「…………」
「ちゃんと謝った方がいいすっよ」
「……は……から……」
すっ、カスタードは姿を消す。
「ごめんなさいっす。とある事件から、カスタードはウチ以外と話をしなくなったんすよ。根は良い子なんすけどね」
「僕の知ってる人?」
「ウチからは何も言えないっす。彼女が自分で伝えるべきだと思うっすからね」
誰だろう。
あんな大人しい人、僕の記憶にはないんだけどな。
「パパ、今日はもう試合終わり?」
「うん? うん、そうだね。二戦目は明日だし、今日はもう暇かな」
「じゃあナナミと街を観光するなの!」
「エミリちゃんとお買い物っすか。いいっすね」
そう言って彼女達は、僕を連れて下着店へと突入した。






