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42話 僕は武道大会に出場する1


「ほ、ほほ、ほんとうに仲間になってくれるんですか!?」

「仮だけどね」

「ありがとうございます! わっしょーい!」

「仮のメンバーだから」


 道化師の格好をした女性は、席から立ち上がったと思えば、いきなり椅子の上で逆立ちし始める。

 がばっと長い脚を広げて、片手でバランスをとった。


 嬉しさを表した行動だろうか。


 それにしても……通常の道化師が着るようなだぼっとした格好ではなく、水着のような布面積の少ない格好なので、足を広げられるとあそこに目がいってしまう。


「アキトは、ああいうのがお好みなのですか?」

「ちがっ」


 アマネが笑顔でこちらを見ている。

 でも、うっすらと眼は笑っていないことが分かった。


 ひぇ、アマネさんの放つオーラが恐ろしいんですけど。


「その、アキトが望むなら、私も頑張りますよ?」

「ぜひ!」


 前々からお願いしようか悩んでいたバニーガールをこの機会に!

 だとしたら一刻も早く仕立屋に依頼しないと!


「おお、珍しくパパの鼻息が荒いなの」

「アキトの何かを刺激してしまったみたいですね……」


 道化師の女性は恥ずかしそうに椅子に座り直した。


「ごめんなさい。昔からの癖で、つい嬉しくなると逆立ちしちゃうんです。あ、その、わっしょーいってのも口癖で。変じゃないですよね?」

「僕らはなんとも思ってないよ。世の中には『ゲス』とか『ビッチ』って語尾を付ける人もいるし。むしろ個性があっていいんじゃないかな」

「ですよね! ですよね! 実はコンプレックスで!」


 へー、気にしなくてもいいと思うけど。

 でもまぁ、気持ちは当人しか分からないから仕方ないか。


 話がまとまったところで改めて自己紹介。


「私は『滅殺道化団』のリッティと申します。これでも副団長を務めているんです」

「僕らは蜜月組。僕はアキト、こっちは妻のアマネ、で、こっちが娘のエミリ」


 リッティは丁寧にそれぞれに挨拶をする。

 奇抜な格好だけど中身は素直で良い子のようだ。


「失礼かもしれませんが、どのくらいのお力をお持ちなのか聞いておいても?」


 僕は返答に困る。

 クラスは教えられないし、冒険者のランクも低いままだからなぁ。

 具体的に実力を伝えられるものなんて。あ、あれはどうかな。


「クルナグル流の七段、って言えば理解できる?」

「おおおおおっ! 師範代クラスですよね! とんでもない逸材がウチに! わっしょーい!」

「あのもう一度言うけど、仮だからね?」


 逆立ちしてガバッと足を広げられたので、僕はまたもや目がいってしまった。



 ◇



 リッティに案内されて郊外へと行く。

 そこには一台の大型馬車が停まっていた。


 大型馬車とは、言うなれば移動型の小さな家のようなものだ。


 荷台をひくのも亜竜の中で大型のケラトプス。


 滅殺道化団は、どうやら各地を転々とする移動型のパーティーらしい。


 馬車のすぐ近くでは、男性の道化師がナイフを砥石で磨いている。

 こちらもメイクをしていて容姿は分からない。


「ニッキー、ただいま。団長いる?」

「酒でも飲んでんじゃねぇか。で、後ろのはどちらさんで」

「一時的に加入してくれる助っ人だよ。蜜月組ってパーティーなんだって」

「へぇ、そりゃあ物好きなことで。使えんのか」

「なんと、クルナグル流七段! わっしょーい!」


 ニッキーと呼ばれた痩せ型の男は「試してみてぇな」とゆらりと立ち上がる。


 しゅっ。


 ナイフが投げられ、僕は指で挟んで止めて見せた。


「……これは攻撃、とみなしていいのかな?」

「ひゅー、さっすが。一応、言っておくがそのナイフは本物じゃないぜ」

「え?」


 ナイフを確認してみる。

 本物そっくりの見た目だが、刀身の部分は柔らかくぐにゃりと曲がる。

 魔物の素材で作った偽物だ。


 ニッキーは無手から、するりとどこからともなくナイフを出した。


「びっくりしただろ。オレは手品が得意なんだ。戦いは敵とのだまし合い、小手先の技でも時には大きな好機を生む。試して悪かったな」

「うひょぉおお! すごいなの! 今のどうやったなの!?」

「お、嬢ちゃん手品に興味あるか」


 エミリが眼をキラキラさせてニッキーに駆け寄る。


 彼が僕に『返してくれ』と手を向けたので、投げて返せば、受け取ると同時にジャグリングアクションに移行、後ろ手からナイフを真上に投げて見せる。


「うほぉお、ナイフが増えたなの!」

「そら、もう一本」

「すごいすごい!」


 つい、僕もアマネも見入ってしまう。


「二人とも付いてきて」

「うん」


 リッティの案内で荷台の中へ。

 中は物で埋め尽くされ、よく分からない布なんかが箱の上に放置されていた。


「ぐぅう、ぐぅううううう」


 ソファでいびきをかく人物が一人。

 テーブルには数本の空瓶が放置されている。


 う、酒臭い。


「ごめんね。団長も団員捜しはしてくれてるんだけど、不器用な人だからあまり上手くいってないみたいで」

「あ、うん」


 その人物は顔に本をのせたまま寝ていて、体つきから女性のようだった。


「だんちょー、だんちょー、起きて」

「あと五分だけ、ママ、許して……ぐぅ」

「寝ぼけてないで起きて、だんちょー」


 がばっ、団長は勢いよく身体を起こす。


 それから大きなあくびをして背伸びをした。

 ぶるん、と大きな胸が揺れる。


 あれ、この人だけメイクしてない。


 団長は寝ぼけ眼だが、その美貌は目を見張るほどのものだ。


「君らが新人? なんか、普通だね」

「アキトさんはごくごく平凡な顔ですけど、なんとクルナグル流の七段持ちです」

「へぇ、そりゃあすごい。じゃ、採用」

「それなんですけど団長、この方達は今回だけの加入という話になってまして……」

「大会期間だけ、ってことかい」


 団長は立ち上がってリッティの両肩をがしっと掴む。

 それから勢いよくぐるんと彼女を回転させて、僕らの方へと向けた。


「この子をあげるから正式加入で」

「だんちょー!?」

「あはは、冗談冗談。でも正式加入は本気だから」

「もー!」


 団長と話をする為に、リッティが部屋の中を急いで片付け始めた。




 テーブルに淹れ立てのお茶が出される。


 対面のソファに座る団長は、酒瓶から直接がぶがぶ飲み、ぶはぁと強烈な酒の匂いを放った。


「おたくらの条件ってのは、今回限りの仮メンバーで、顔も名前も所属も伏せるってことだね」

「うん」

「じゃあこっちからも条件がある。あんたらは優勝を目指しな」


 えっと、それだと僕らが困るんだけど。

 目的は三位の枕であって、一位と二位には興味ない。


 大会出場も単なる思い出作りだしなぁ。優勝だなんて。


「三位は必ずコッチの誰かがとる。だからおたくらは優勝だ」

「理由を聞いても?」

「どうしてもエリクサーが欲しいのさ。あれはあらゆる病を治す、どんな難病だってね。まさに奇跡の薬さ」

「……難病」

「目に入れても痛くないガキがいてね、コッチはそいつが自分の足で外を走り回る姿を見たいのさ。もうあまり長くない、だからなりふり構ってられないんだよ」


 そうか、団長さんには難病を抱えた子供がいるのか。

 こんな話を聞いてしまっては、もう断ることはできない。


 優勝することで救える命があるなら、僕は救いたい。


「アマネ」

「私はアキトの判断に任せます」

「エミリもパパにお任せなの」


 団長は僕の返事を固唾をのんで待つ。


「優勝を目指すよ。その代わりエリクサーは必ずその子に使って欲しい」

「そりゃあ言われるまでもないが、肝心の優勝はできそうなのかい」

「やれるだけやってみるよ。できるなんてまだ言えないからね」

「だね。さぁ暗い話はおしまいだ! これから覚えてもらう事が山のようにあるんだからね!」


 団長はアマネの腕を掴み「おたくは清純お色気担当だ」と奥の部屋へと引っ張って行く。


 僕もリッティに一枚の服を渡される。


 うわっ、すごく派手なんだけど。


「アキトさんにもメイクを施しますね♪」

「いいなぁいいなぁ、エミリもメイクしたいなの」

「エミリちゃんはあとでね」

「やったなの!」


 僕はド派手なメイクを施された。


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― 新着の感想 ―
[一言] 減殺道化団、凄い名前だ。
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