39話 僕は故郷へと帰還する5
僕は謎の金属の箱に触れる。
……ここに僕がいたのか。
実感は湧かないけど、懐かしい気はする。
付着した苔を削り落とせば、その下から『アキト』の現代文字が現れた。
これは僕の名前なのだろうか。
それとも別の意味で刻まれたもの?
少なくとも響きだけなら人の名前だ。
ふと、デジャブを感じる。
これと似たものを最近どこかで目にした。
そうだ、エミリの筒。
大きさも形状も違うが、似た雰囲気がある。
事実、僕もエミリと同様に遺物から出てきた。
そう、これは遺物だ。
間違いない。
「アキト、ここに文字が」
「どれどれ」
アマネが箱の隅を指さす。
そこには古代文字で『超長期……睡眠装置』と刻まれていた。
途中の部分はかすれていて読めない。
うーん、気になるな。
これが謎を解く鍵だと思うけど。
それから僕らは周囲をくまなく探索する。
僕に関わるなにかがあるかもしれないと思ったからだ。
しかし、それらしき物は見つからなかった。
判明したのは今の両親とは血の繋がらない子供、そして、古代人の可能性が高いこと。
エミリに今まで以上の親近感が湧いた。
あの子は僕と同じなんだ。
「アキト、そろそろ戻らないとここに来たのがバレてしまう」
「そうだね。戻ろうかアマネ」
「はい」
僕らは地上へと帰還する。
◇
「ノルン先生に会ってきたのか」
「うん。元気にしてたよ。まだ結婚はしてなかったみたいだけど」
「一流剣士ともなれば、簡単には相手が見つからないんだろう。か細いのに信じられないくらい強かったからなぁ。熊なんか一撃でばっさりよ」
「良いお相手に巡り会えるといいのですが」
僕らは家へと向かいながら雑談をする。
ふと、道の先から見慣れない男性が歩いてきているのに気が付いた。
美しい濡羽色の長髪に恐ろしく整った容姿。
黒いコートを羽織っていて、見事な長剣を腰に帯びていた。
彼は目元の丸眼鏡を指で軽くあげ、僕を見るなり微笑む。
なんだろうこの感覚。
懐かしいような、でも恐ろしいような、僅かな安心感もあって、表現しがたい感情が渦巻く。
男性は何事もなくすれ違う。
だが、僕は足を止めて二人に声をかけた。
「先に戻っててくれるかな」
「どうした?」
「用事を思い出したんだ」
「それなら私も」
「僕だけでいいよ」
二人を先に帰し、僕は来た道を戻る。
確信はないが、彼は僕を待っている気がする。
森の小道で空を見上げている彼がいた。
「……久しぶりだな。アキト」
「君とは一度も会ったことはないと思うけど」
「今のお前とは初めましてだったか」
「??」
男性はコートを翻し、胸の手を当てて軽く会釈する。
「私の名はレイン。人は私を邪神と呼ぶ」
「なっ!?」
瞬時に剣を抜く。
だが、彼はおどけたように両手を挙げた。
「戦うつもりで来たわけじゃない。ちょっとした挨拶だ」
「……その説明では納得できないな」
「だろうね。でもいいんだ、これはただの自己満足であって、今のアキトをどうこうしようってつもりはない。そう、自己満足」
要領を得ない話しぶりに頭の中で疑問符が増える。
まるで自分に言い聞かせているような、そんな調子だ。
辛うじて会話が成り立っている感があった。
「アキト、今は幸せかい」
「そうだね。恵まれてると思うよ」
「くっくっくっ、ようやく手に入れたわけだ。人並みの小さな幸せというやつを。私をこんな風にしておいて、よくもまぁ」
「僕が?」
「こちらの話だ。気にしなくていい」
薄ら笑みを浮かべるレインは、黒手袋をはめた手で眼鏡を押し上げる。
「先に述べておく。今回は邪魔をするな。私はお前とことを構えたくない。せいぜい獣人間と戯れていろ」
「言われなくてもそうするつもりだ」
「ならいい。私も、お前の幸せとやらを邪魔するつもりはない」
――!?
瞬きをした瞬間、奴の声が後ろから聞こえた。
回り込まれた!?
あの一秒にも満たない時間で!?
思い当たるのは瞬歩。
やつも使えるのか。
「だがもし、立ち塞がるというのなら容赦はしない」
「一応聞くけど……何をするつもりなんだ」
「世界征服、と言うのは大げさか。ただの大量虐殺だよ」
なっ!?
「かつての志は変わらない。それだけは覚えておいてくれ」
レインはコートを再び翻し、村へと歩き去って行く。
ほんの短い接触だったが、レインからは底知れないなにかを感じた。
貼り付けた笑顔の裏に、どろりとした粘度の高い憎悪がこちらを覗いているような。
あれが邪神。
印象は想像とは違っていた。
そして、意味深な言葉の数々。
本当に僕と関わりがあるのだろうか。
分からない。
だめだ。頭を冷やそう。
どうせ僕はあいつとは関わらないんだ。
邪神退治は英雄の仕事。
僕の背負える物なんてたかがしれている。
家族だけで精一杯なんだ。
……帰ろ。アマネが心配してるかも。
◇
「エミリちゃん、積み木を持ってきたぞ!」
「ジィジ、エミリはそんなもので遊ぶ年じゃない」
「そ、そうなのか? アキトは熱心に遊んでいたが……」
「エミリは珍しいものがみたいなの」
僕も父さんも眉間に皺を寄せて考える。
この村で珍しいものなんてあったか?
アマネがお茶を淹れてくれたので一口啜る。
はぁ、おちつくー。
「そうだ、パパ! エルダーを見に行きたいなの!」
ぶふっ。思わずお茶を吹き出す。
エルダードラゴンを見に行くだって!?
そんなの自殺行為だよ!
「いいんじゃないか」
父さんは意外にもすんなり受け入れていた。
だが、僕は反対だ。
あれは凶暴なドラゴンなんだ。
アマネはYESともNOとも言えず、苦笑顔で成り行きを見ていた。
「ずっと考えていたことなんだが、アレはお前を守っているんじゃないか」
「え、僕を?」
「エルダーは賢い。ここに留まっているのも意味があってのことだと思うんだ。実はお前が村を出た日、エルダーはずっとお前がいるだろう方角を見つめていた」
そんなの初耳だ。
あのエルダーが僕なんかに。
それを聞くと気になってしまう。
僕が遺物から出てきた件、邪神レインの件、こうなるとエルダーが関係ないとも思えないな。
「よし、行こう」
「やったーなの!」
「危険では?」
「まずは僕が先行して安全かどうかを確認するよ。それからエミリを呼べば、間近では見られるかな。ところでどうしてエルダーを見たいのかな」
「変身のお勉強なの」
返答に納得する。
今のエミリはドラゴンに変身しても獣モードに羽が生えた程度だ。
よりリアルに変身をするには、どうしても生きたドラゴンを見る必要がある、とエミリ自身が以前に言っていた。
ま、僕も間近で見たくなったから、理由はもはや二の次なんだけどね。
「ドラゴン見物に、れっつごーなの!」
やれやれ。






