37話 僕は故郷へと帰還する3
守護岩とは、この村に古くからある聖なる岩だ。
村人は代々その岩を守り神として崇めてきた。
この岩がある限り、村に邪悪な意思を持った存在は立ち入ることができない。
エルダーが村を守るのも守護岩があるから、そう村の人達は認識している。
実際のところは何も分かっていないが、事実エルダーは村を襲わないし、まるで守っているような行動をとることが多い。
「ずいぶんと森の奥まった場所にあるんですね」
「神様は人の都合で動かせないからな。どこにいようとこっちから出向くしかないだろ」
「ふふっ、それもそうですね」
「おいアキト、村を出て少しは強くなれたのか」
父さんは僕の腰にある双剣に目をやる。
そう言えば父さんも母さんも、僕が村を出るのには反対してたんだっけ。
お前みたいな才能のない奴が外に出ても犬死にするだけだって。
今思うと父さんの読みは的中してたね。
奈落の底にアマネが、ナジュ村がなければ、僕はそうなっていた。
「クルナグルの七段に昇格したよ」
「おおおっ! さすが俺の息子だ! お前はいつか何かを成し遂げると思っていたんだ!」
父さんに褒められることなんてあまりなかったから、つい照れくさくて苦笑する。
「ところでアキト、外に出ておかしなことはなかったか」
「え?」
「いやな、父親として気になってだな」
「……ないかな」
「そっか。だったらいい」
父さんの言葉がやけに引っかかった。
おかしなこと――僕のスキルのことだろうか? それとも奈落のこと? ナジュ村のこと? エミリ? 魔族? ジュリエッタ?
漠然としすぎていて答えようがない。
どうして聞いたのだろう。
「アマネちゃんも聞いてくれ。実はこの村は非常に歴史が古くてな、まだ周辺国がなかった頃からこの村はあったとされている」
「それは聞いたことがあるかな」
「ここからはお前も知らないことだ。村の住人は――古代人の生き残り、直系だとの言い伝えがあるんだ」
僕は足が止まる。
初耳だった。
ただ、だからなんだって言うのか。
今いる人間のほとんどは古代人の末裔だろ。交配に交配を重ね、種族の隔たり関係なく血は混ざっている。
そうなるだけの時間があった。
「すまん。伝え方が悪かったな。俺達はかつて世界を支配した古代王族の末裔なんだ。直系とはそう言う意味だ」
「王族……」
「ま、だから世界を支配する権利があるなんてことはないし、特別な力があるわけでもない。しがみつく価値もないかつての栄光ってやつだ」
それってとんでもない情報じゃ……。
純粋な古代人の存在は現代で確認されていない。
これが公表されれば世界を揺るがす大ニュースとなる。
はたと伏せる理由に思い当たった。
古代人の王族なんて、現在の権力構造を覆す御旗になり得る存在だ。
今の情勢をよく思っていない者達は多い、もしそれらの思惑に巻き込まれてしまえば、この村を中心に大戦争が勃発する可能性がある。
「気が付いたか。秘密を秘密とする最たる理由を」
「うん」
「アキト、お前は自分を馬鹿で愚かな人間だと思っているようだが。俺はちゃんと知っている。賢い選択のできる人間だとな」
「父さん……」
「俺と母さんの息子だしな。はははは」
じんっ、と涙腺が緩んだ。
打ち明けてもらえたことで、ようやく一人前として使ってもらえた気がしたんだ。
二人の子供に生まれて良かったよ。
三人で森の小道を抜け、切り立った崖の真下へと到着する。
守護岩までは石畳が敷かれ、石柱が導くように両側に並んでいる。
「あの方が守護岩さまですか」
「想像してたより小さな岩だろ。僕も初めて来たとき、こんなものかってがっかりしたんだ」
「こら、神様の前でなんてことを言う」
ぽかっ、父さんに頭を殴られた。
うっかり本音を漏らしてしまった。
三人で守護岩に一礼する。
途中でつんできた花を添えれば、挨拶は終わり。
「さて、帰ろうか」
「待て」
父さんに肩を掴まれこの場に留まるように促される。
もう用事は済んだはずだけど。
まだなにかあるのか。
「この機会に二人には伝えておかなければならないことがある。アキト、お前はもう一人前の大人だ。真実を告げても問題ないだろう」
「真実? さっき言ったことがそうじゃないの?」
「もう一つあるんだ。むしろさっきのはこれに比べれば些細なこと」
「あの本当に私が聞いてもいいのですか? 気を遣われなくても私一人で村まで戻ることができますが」
「妻であるアマネちゃんにも知ってもらいたい。君は外の人間だから特に」
父さんはおもむろに守護岩に近づき、横に押し始める。
ず、ずずずずず。
岩が少しずつ横へとずれていた。
その裏からは穴が顔を出す。
うそだろ。こんなのがあるなんて知らないぞ。
「さ、下へ行くぞ」
「「…………」」
穴には地下へと続く階段があった。
王族の直系だったとか、そんなのが吹き飛ぶほどの衝撃だ。
僕はここで生まれ育った。
何度も守護岩を見てきたんだ。
神様と崇めていた物の裏側に、秘密があったなんて。
これも村の大人だけが知る秘密?
先に一体何があるんだ??
「明るくなってきた?」
「水の音がします」
暗い湿った空気が満ちた階段を降り続けて十分ほど経過、底の方からうっすらと明るさが上ってきていた。
父さんは未だ言葉数は少なく、必要以上のことを言ってくれない。
黙々と案内するように前を進んでいる。
うっ、なんだここ。
広い空間に出たところで、天井から降り注ぐ光に目を塞ぐ。
ちょろちょろ水音が聞こえた。
足の下にある感触も草を踏んだように柔らかい。
「アキト、ここにも私達と同じ場所が!」
「……地下空間?」
目が慣れてすぐに周囲を確認する。
天井からは陽光に似た光が下を照らし、地面には青々とした草花が覆っていた。
ぐるりと取り囲む壁には苔が張り付いていた。
さらに地面には編み目のように水路が張り巡らされ、透き通るような綺麗な水が流れ続けている。
大きな円筒形の空間。
村の地下にこんな場所が。
僕はすぐにソレを見つけた。
金属製の棺桶のような物体。
透明な蓋は上部へと開いたままになっている。
ところどころ苔が張り付き、相当に古い物だと一目で察した。
父さんはその物体に近づいて懐かしそうに撫でた。
「アキト、お前はここにいたんだ」






