33話 僕は故郷へと帰還する1
故郷の村へと僕らはのんびり進む。
僕の生まれ育った村はキュベスタ国と隣接していて、地図上ではビルナスの領土ではあるものの、一度キュベスタを通った方が早い場所にある。
山に囲まれた、行き来のし難い村だから仕方がないのだけれど。
「とても見晴らしが良いですね」
「疲れたなの。ママ、お水ちょうだいなの」
「はい、どうぞ」
「ぷひゃぁ、至福の一杯なの!」
水筒から水を飲んだエミリは、仕事上がりにエールを呷った冒険者のような台詞を吐く。
はねっ毛がぴょこぴょこしていて、ご機嫌なのがひと目で分かった。
アマネは体力があるので山道も平気なようだ。
僕は岩に腰掛け、例の地図を開く。
未確認の地下空間は残り八つ。
このどれかが居住に適していれば、ひとまず僕の仕事は終わりだ。
そろそろナジュ村に戻っておきたいところ。
マオスも経過報告を聞きたいだろうし。
隣でアマネが腰を下ろす。
水筒を渡すと彼女は「ありがとうございます」と微笑んだ。
「あの魔族、もう諦めたのでしょうか」
「ゴラリオスとアスファルツ、だっけ?」
「はい。あれ以来姿を見せませんし」
「どうなんだろう、そもそもどうやって僕らを見つけたのかも判然としないし。もしかすると来られない事情があるのかもね」
このままずっと来ないといいな。
世界を救うとか、魔族を倒すとか、そんなのは僕の仕事じゃない。
剣聖であるジュリエッタ達のやるべきことだ。
僕は英雄でもなんでもなく、ただの一般人だから。
「少し緊張してきました。もうじきアキトのご両親にお会いするのですね」
「普段通りにしていればいいよ。父さんも母さんも人見知りする方じゃないし、きっとアマネなら大歓迎してくれるからさ」
「そうだと嬉しいのですが。あ、そうそう、ご両親にお渡しするお土産はこれで構わないでしょうか」
アマネがリュックから出したのは、金貨がみっしり詰まった木箱だった。
直球すぎるよ!
そりゃあ絶対喜ぶだろうけど!
「あの、お渡しするものを考えてたら、だんだんと何が喜んでもらえるのか分からなくなって……最終的にお金で落ち着いてしまいました」
「普通でいいよ。お肉とか野菜とか、そうだ、街でお菓子を買ってたよね。あれをあげるのはどうかな」
「それは名案です! そうしましょう!」
ふぅ、危なかった。
両親に変な子だと認識されるところだった。
それにお金については息子である僕から贈る予定だ。
せめてもの親孝行だからね。
「パパ~、兎を捕まえたなの!」
「可哀想だから逃がしておいで」
「え~」
エミリの腕の中には、一角兎が大人しく収まっていた。
一角兎は温厚な魔物ではあるが、警戒心が強く人に懐くのは珍しい。
エミリの無邪気な空気感にひかれてうっかり出てきてしまったのだろうか。
ぺっ、とエミリが兎を投げると、素早く茂みへと逃げていった。
「それじゃあ出発しようか」
「パパ、おんぶなの!」
「ちゃんと自分の足で歩きなさい」
「え~」
「手を繋いであげるから」
「うん」
エミリは笑顔で駆け寄り、小さな手で僕の手を掴んだ。
◇
簡素な小屋が並ぶ小さな村。
四方を見渡せば山に囲まれていることがひと目で分かる。
僕は慣れた道を歩き、一軒の家の玄関を開けた。
「どなたかしら――」
少し皺が増えただろう女性は持っていた木器を落とす。
みるみる目に涙を溜めて、飛びつくように僕を抱きしめた。
「いつまで経っても帰ってこないから心配したのよ!」
「ごめん。母さん」
僕は苦笑する。
ずいぶんと心配を掛けていたようだ。
そりゃあそうか、村を出てから一度も帰ってきてなかったんだ。
「どうした」
「貴方、アキトが戻ってきたのよ!」
「おおおっ! 無事だったか!」
奥から父さんも顔を出して、二人して大騒ぎだ。
落ち着いたところで母さんはようやく、僕の後ろに人がいることに気が付く。
「アキト、そのお嬢さんは?」
「紹介するよ。僕のお嫁さんだ」
「初めましてアマネと申します」
「エミリなの! パパとママの子供なの!」
母さんと父さんは目を点にして固まった。
「もぉ、結婚したならもっと早く報告しにきなさいよ! 心臓が止まるかと思うほど驚いたじゃない!」
「いてっ」
「そうだぞ、アキト!」
「いだっ」
ニコニコ笑顔の両親に叩かれる。
一方のアマネは緊張状態でカチコチだ。
エミリは淹れ立てのお茶をふーふーしていて、大人の様子には興味ないようだった。
「まさか子供まで作ってたなんて」
「いや、それは違うから。エミリはとある事情で同行させてるだけだから」
「そうなの? エミリちゃん、こっちにいらっしゃい」
「なぁになの、バァバ」
寄ってきたエミリを膝の上にのせた母さんはデレデレ顔。
するとキッと、真剣な顔で僕を見た。
「この子は貴方が育てるべきです。そうよねぇ~、エミリちゃん」
「うんなの。エミリはパパとママの子供なの」
「エミリちゃん、ジィジの膝の上にもこないか」
「しかたないなの。うんしょ」
隣にいる父さんの膝の上に移動する。
二人とも完全にエミリの虜だ。
目尻がかつてないほど下がっている。
もはや孫として認識しているようだ。
「アマネさん」
「は、はひっ!」
「そう固くならないでいいわよ。ごめんなさいね、こんな山奥のなにもない村まで来てもらって。大した歓迎もできないけど、ぜひゆっくりしていってね」
「と、とんでもないです! 私は、この村をひと目見て気に入っています!」
「あらそう? 嬉しいわ」
母さんの柔らかい態度にアマネも緊張がほどけて行く。
ハッとしたアマネは土産を差し出した。
あれ、それって金貨が入った木箱じゃ……。
箱を開けた母さんと父さんは絶句した。
「もしかして、お金持ちのお嬢さんだったの?」
「お前、これはいくらあるんだ」
「分からないわ。こんな大金、見るのは初めてだもの」
あちゃー、しまった。
どう言い繕うべきか悩む。
先に反応したのは父さんだった。
「よくわからんが、でかしたアキト」
「へ」
「お土産なんだし受け取っても問題ないのよね」
「そうだけど……いらないとか言わないんだ」
「「まさか」」
うんうん、と二人は納得したように頷く。
たぶん大きな勘違いをしているんじゃないかな。
アマネを豪商の娘とか思っていそう。
ただ、二人のアマネへの態度は変わることはなかった。
良くも悪くも田舎に暮らす夫婦なんだ。
「エミリちゃん、バァバと遊びましょうね」
「おい、エミリちゃんはジィジと遊ぶんだぞ」
「貴方はお隣のデルさんと酒でも飲んでくればいいじゃない」
「今は酒よりエミリちゃんだ」
ばちばち夫婦で火花を散らしている。
肝心のエミリは、きょとんと不思議そうな顔をしていた。
◇
日が暮れ、僕らは就寝に備える。
寝間着に着替えた僕とアマネは、それぞれベッドへと入った。
エミリは今頃、父さんと母さんと一緒に寝ているはずだ。
なので今夜は二人きり。
月明かりが差し込む窓を眺めつつ、故郷に戻ってきたのだとふと実感が湧いた。
二人はなにも言わなかったけど、きっと心の中では思っていたに違いない。
ジュリエッタはどうしたのかと。
村の人達に僕らがいつか結婚するだろうと思われていたのは知っている。
両親だってそう思っていたに違いない。
僕だってそうだ。
でも、後悔はない。
「アキト、まだ起きていますか」
「うん」
「そっちに行っても?」
「どうぞ」
隣のベッドからアマネが移ってくる。
狭いベッドに男女が密着する。
アマネの柔らかい感触が薄い布越しで感じ取れた。
「素敵な村ですね」
「君を連れてこられて良かったよ」
「エミリも喜んでいました」
「はははっ、僕の両親もね」
彼女は僕の胸に顔を埋め、それから軽くキスをした。
「おやすみのちゅーです」
恥じらって顔を赤くする彼女に、僕からもう一度おやすみのちゅーをする。
君と出会えて本当に良かった。
大好きだよ、アマネ。






