28話 僕は師匠に会いに行く3
もうすぐ第一章が終わります。
「どうですか。似合いますか」
「うん。ぴったりだよ」
試着室から出てきたアマネは、ワンピース姿だった。
ひらりと揺れるスカートは最高に可愛い。
じゃ、隣の試着室のカーテンが開く。
「パパ、見てなの!」
「なにそのかっこう」
「がお~、虎さんなの」
着ぐるみというのだろうか、エミリは虎の姿を模した服を着ていた。
色や柄からナナミを彷彿とさせせる。
ようやくできた友達(?)に会えなくて寂しいのだろうか。
「またナナミちゃんに会いに行こうね」
「どうしてそんな、悲しそうな顔をするなの??」
じゃっ。さらに隣の試着室のカーテンが開く。
そこには短すぎるスカートを押さえて、顔を赤くするノルン先生がいた。
ふるふる震えていて、大胆に露出した太ももが素晴らしい。
「こ、こんな、破廉恥な格好をさせられるとは」
「ノルンせんせー、よくにあってる」
「そう、ですか? エミリちゃんの頼みですし、このくらいは……」
エミリが屈託のない笑顔を見せる。
きっと悪気はないのだろう……たぶん。
先生は子供好きだし、根がすごく真面目だから、エミリみたいな可愛い子供にお願いされると断れない質だ。
だが、こう言う先生は新鮮なのであえて止めない。
不意に服を誰かに引っ張られた。
「アキト、あの、もっと私を見てください」
アマネが眼帯をとって、恥ずかしそうにモジモジしていた。
「ふぐっ、心臓が」
「大丈夫ですか!?」
「お嫁さんが可愛すぎて、心臓が止まりそう」
「心臓は止めてはいけません! 動かして、アキト!」
慌て出すアマネにますます動悸が激しくなる。
僕のお嫁さんは殺人級に可愛すぎる。
アマネ達は気に入った服を買うと店を出る。
「いかがですかブハダは。キュベスタで最も発展している都市と言っても、決して過言はないでしょう」
「先生自ら観光案内を買って出てくださるなんて、ありがとうございます」
「いえいえ、お気になさらず。ただ、久方ぶりに会えた生徒と言葉を交わしたいだけなので。むしろ楽しい時間を過ごすことができて、こちらが感謝をしているくらいです」
店を出てすぐ、アマネとノルン先生はお礼を言い合う。
気質が似ているのか、二人とも丁寧だが打ち解けている様子があった。
ちなみにだがノルン先生は30代である。しかしながら外見は20代前半でも通用しそうな美貌を保っていて、アマネと並んでも遜色ない輝きを放っていた。
次元の違う美女が二人並んだせいで、行き交う人々が足を止めて振り返っている。
先生が有名人ってことも理由の一つではあるだろうが。
「ノルンせんせー、次はあそこに行こなの!」
「いくらでもお付き合いしますよ、可愛い虎さん」
虎の着ぐるみを着たままのエミリが、先生の手を引いて屋台へと向かう。
僕とアマネはベンチで待つことにした。
「ふふ、エミリもすっかり先生に甘えていますね」
「あの人は子供に好かれるからね」
「旦那様もあんな風に?」
「うん、よく先生の後ろをついて回ったよ」
僕にとって先生は年の離れたお姉ちゃんって感じだったんだ。
剣士に憧れたのも先生がいたから。
屋台から戻ってきた二人は、見慣れないものを持っていた。
木の棒の上に透明な玉がくっついている。
飴のようにも見えるが、少し形が崩れていることから柔らかい食べ物のようにも見える。
「パパ~、ママ~、みてみて! スライム飴なの!」
「ブハダの名物なんです。美味しいですよ」
「一口もらおうかな」
エミリから受け取り囓る。
思ったよりも固めではあるが、ねっとりとしていて美味しい。
アマネもその不思議な触感と味にうさ耳をピコピコさせていた。
「私も買ってきます! エミリ、行きますよ」
「待ってなの、ママ」
エミリの手を引いてアマネは屋台へと走って行った。
残された僕と先生はベンチに座る。
「素敵な奥さんですね。それに可愛らしい子供、ただ意外だと思いました。貴方はジュリエッタと結ばれるものだと考えていましたから」
「色々あったんだ。それに今の彼女は、昔の彼女じゃない」
「……どういうことでしょうか?」
僕は今までのことを伝えようとして、すぐに口を閉じた。
ジュリエッタに対して思うところはもうない。
一番恐れるのは、先生が今のジュリエッタをどう思いどう感じるかだ。
きっと先生はショックを受けるだろう。
だから僕は伝えないことにした。
何をしたのかは、ジュリエッタ自身が先生に伝えるべき。
僕から言うことではない。
そして、願わくば一生知らないままでいて欲しい。
「試験を受ける決意はできましたか」
「それなんだけど、まだ迷ってる。僕は正式な門下生じゃないのに。第一、どうして僕を師範代なんかに」
「本来なら貴方が座っていた席だからです」
先生は僕の手を取りグローブを渡した。
グローブは妙に埃っぽく、クルナグルの紋章が刺繍されていた。
さらに僕の名前が刺繍されている。
これはクルナグル流門下生の証!
でもどうして僕の名が!?
「アキトは大きな勘違いをしています。貴方は紛れもなく門下生の一人。本当はもっと早く渡すつもりだったのですが、行き違いが原因で今の今まで手元にありました」
「僕の、証」
才能の欠片もなかった僕が、これを手に入れる日が来るなんて。
先生に見放されていたと思っていた。
先生はそっと、僕の肩に手を乗せて微笑む。
「一週間後に試験です。それまでに全ての技術と知識をたたき込んであげます。今なら、全て吸収できますよね」
一週間??
先生、どうしてそんなにも笑顔なの?
「わたくしは歓喜しているのです。貴方にはひと目会った時から、何かあると思っていました。ですがお世辞にも才能があるとは言えず、当時は落胆していました。貴方には勝手に期待されて勝手に失望されたように映るでしょうね」
「いえ、そんな」
「感覚は正しかった。ずっと待っていたのですよ、貴方にわたくしの持てる全てを伝える日を」
先生は目を潤ませ僕を抱きしめた。
思い出すのは先生と初めて出会った日。
村に突然訪れた女性剣士は、僕を見るなりなぜか喜んでいた。
僕に剣を教えてくれて、すぐにジュリエッタが加わり、次第に村の子供達が指導を受けることとなった。
そう、僕が最初だった。
先生は僕に剣を教える為に、村に何年も留まってくれていたのだ。
でも才能があったのはジュリエッタだった。
僕はあの時、初めてこの世界の残酷さを知った。
本当は、先生に手を引かれて村を出て行くのは僕だったはずなのに。
「力を引き出してあげられなかった、わたくしの責任です。貴方はずっと懸命に頑張っていたのですから」
「先生は悪くないよ。期待に応えられなかったのは事実なんだし」
「アキトは、昔から変わりませんね」
「あ、そういえば先生が村に来た理由を聞いたことがなかったけど、今なら教えてもらえるのかな」
ノルン先生は一歩ほど下がり、困った顔をする。
「大層な理由はないのです。当時のわたくしは、剣聖クラスもしくはそれを超える殿方を探しておりました。その、つまり、結婚相手を探していたというか」
「へぇ、剣聖を超えるクラスの人と結婚かぁ――ん? あれ?」
「村に訪れたのは偶然です。ええ、決して理想の相手を育てて結婚しようなんて、考えもしませんでした。どうしましたか?」
僕はなんでもないと全力で首を横に振る。
せ、先生にはクラスを明かさない方が良さそうだ。
なんとなくそう思う。
「アキト、向こうにチーズタルトなるお菓子を売っていましたよ」
「早く買いに行くなの! ノルンせんせーも!」
僕はアマネとエミリに手を引かれる。






