27話 僕は師匠に会いに行く2
しんっと静まりかえる門下生達。
異様な静けさにこっちが驚かされる。
ぽつりと一人が声を発する。
「すげぇ、あの人から教えを請いたい」
それを皮切りに声が増える。
「あいつ実は、俺達の知らない師範クラスかも」
「外から新しい指導者を呼び寄せたんだわ。さっきのは遊んでいたんじゃなくて、わたし達の実力を観察していたのよ」
「憶測だろ。挑戦者じゃないって疑いは晴れていない」
「でもこの状況を作る為に、わざと門下生の証を出さなかったって可能性も捨てきれないぞ」
なぜかただの挑戦者から師範にされている。
僕は半門下生的な、ごくごく普通の訪問者なんだけど。
リーダーである青年が門下生達を一喝する。
「取り乱すな! どのような相手だろうと、挑戦者をたたき伏せるのが俺達の役目。師範の元に行かせてはいけない」
見事な統率力、それだけで一同は沈静化し意思を統一した。
「中堅マウウです。よろしくお願いします」
「うん」
しかし、影響は確かにあったようだ。
門下生の言葉遣いが明らかに変わっていた。
見ている者達も戦いに何かを見ようと集中している。
先ほどまで談笑をしながら観戦していたはずなのだが。
「行きます!」
「うん」
マウウがその場から忽然と姿を消す。
恐らく特殊スキルだろう、一般的に姿を消せるスキルは二つ。
偽装か幻惑か。前者の場合、知覚は正常なのでよく観察すれば分かるが、後者の場合は知覚そのものが対象なので発見難易度は高い。
ざりっ、すぐ後ろで砂を踏む音がする。
そこか。
しかし、木剣は空振りする。
その瞬間に僕は騙されたことに気が付いた。
なぜタイミング良く後ろで足音がしたのか、透明化を得意としている者がヘマをするはずがない。
つまりこれは偽装を偽装した、幻惑だ。
僕は地面に向かって勢いよく息を吹いた。
砂埃が一気に舞い上がり、透明な人型がくっきり浮かび上がる。
幻惑のスキルには欠点がある。
それは騙すのはあくまで知覚であることと、複雑な命令はできないってことだ。
彼の木剣を切り飛ばす。
「ま、参りました……」
なぜか拍手が起こる。
アマネとエミリも笑顔で手を叩いていた。
「マウウが倒されるとは。次、副将エファリ」
「よろしくお願いします」
「うん」
女の子と戦うのは苦手なので、一瞬で終わらせることにする。
「行きま――うにゃん!?」
「お疲れ様」
始まると同時に相手の木剣を半ばから断つ。
その上で背後から、彼女の肩を軽く叩いた。
「もう終わった……辛い」
エファリは涙目だ。
ちゃんと相手してもらえると考えていたのなら申し訳ない。
彼女はがっくり肩を落とし、下がっていった。
そして、大将である青年が前に出た。
「オレの名はカクマ。どんなに強かろうが挑戦者である以上、師範の元へは行かせん。今までの奴らと同じようにできると思うな」
「うん」
「どうせ卑怯なスキルを使っていたのだろう。オレは純粋な技術のみで貴様に勝ってみせる」
「スキルは使ってないけど……言っても聞いてないよね」
「さぁやるぞ。クルナグル剣術に戦いを挑んだことを後悔しろ」
カクマは大きな木剣を構えた。
僕と同じパワータイプだろうか。
もしかすると斧やハンマーのクラスを有しているのかもしれない。
剣のクラスを持つ者が必ず剣を握る必要はない。
逆も然り。
むしろ相手を騙す上ではかなり有効だ。
さらに他系統でしか得られない能力は重宝する。
組み合わせ次第では上位クラスを超える。
「オレは英雄になる男だ!」
戦いが始まる。
先にカクマが動いた。
鋭い切り下ろしを躱す。
「おらおらおらおらおらおらおらっ!!」
連続攻撃を避けながら、しばし様子を見ることにした。
相手の剣を弾いてみると、やはり今までの相手よりも打ち込みが重い。
普通の木剣なら一撃で砕かれていただろう。
やっぱり僕と同じパワータイプかな。
「怖くて反撃できないか! オレの見た限り、貴様はスピードタイプだからな! 力で劣る以上、隙を突くしかできないだろう!」
「え、ああ、うん」
勘違いされてる。
シーフや槍使いのクラス所持者なんて考えているのかも。
「なんの騒ぎですか!」
建物から髪を束ねた女性が出てくる。
彼女は門下生を分け進み、僕らの元へと来た。
「カクマ、誰と戦っているのか説明しなさい」
「挑戦者です。ノルン師範はお下がりを」
「前にも伝えましたが、あなた達が道場破りを相手する必要は――あら? あの顔、どこかで」
ノルン先生が僕に注目する。
こちらから声をかけようとして、手と足が止まってしまった。
「もらった!」
「え? あ」
無意識にカクマの左肩を木剣で打った。
衝撃は石畳に蜘蛛の巣状の亀裂を生み、カクマは白目を剥いて前のめりで倒れてしまった。
しまったぁぁああああ!
うっかり身体を叩いてしまった!!
「カクマ!?」
彼にノルン先生が駆け寄る。
命に別状はないと思うが、僕も剣を放り出し駆け寄った。
「息はあるようです。誰か担架を」
「すいません。こんなことになるなんて」
「戦いの最中に声をかけたわたくしにも責任はあります。しかしながら、この程度ならハイポーションで治療できますので、気に病む必要はありませんよ」
ノルン先生はあの頃と変わらない微笑みを浮かべた。
カクマは担架に乗せられ、建物の中へと運ばれて行く。
館にある医務室で寝かせるそうだ。
「ひとまずこうなった経緯を聞かせてもらいます」
「はい」
落ち込む僕の肩に先生が手を乗せる。
「久しぶりですね、アキト」
「先生!」
名前を呼ばれてすごく嬉しかった。
◇
「――事情は把握しました。要するに門下生である証がなかったことが原因のようですね」
応接間で先生は、コーヒーを飲みながらそう返事をした。
「僕も手紙か何かで事前に連絡をしておけば良かったですね。まさか面会すらもできない状態だったなんて」
「いえ、通常ならばできたのです。ただ、カクマが言ったように、少し前に面会と称して不意打ちを狙って来た輩がいたもので。今は警戒を強化していまして」
「そうだったんですか」
門下生が殺気立つのも仕方がないのかもしれない。
僕だってノルン先生を守る為なら、彼らと同じ行動に出たかもしれない。
なんせ先生は、美人で優しくて強くて、時に厳しい素敵な人だ。
彼女に褒められたくて頑張る門下生も少なくないはず。
「旦那様、ノルンさんにデレっとしてはいけません」
「すいません」
「それに……私の方がアキトのことをよく知っています」
「アマネさん??」
ウチの奥さんがよく分からない対抗意識を燃やしている。
嫉妬してくれているのなら嬉しい。
ちなみにエミリは、先生からもらったペロペロキャンディをなめるのに夢中だ。
「結婚したんですねアキト。すっかり大人の男性になって」
「ええまぁ、だから先生に報告をしようと思って」
「おめでとう。心より祝福するわ。そうだ、しばらくここに泊まって行って行きなさい。結婚祝いに観光案内やご馳走を振る舞うわ」
「でもそんな」
「教えたはずですよ。生徒は先生の言うことを聞くと」
「はい」
先生には敵わないな。
びしっと言われると逆らえないや。
彼女は「そうそう」と話を続ける。
「アキトがあんなにも強くなっていたとは。これでようやく受けさせることができますね」
「受ける? 何をですか?」
「試験です。できれば貴方には、正式な師範代クラスになっていただきます」
し、師範代……僕が?






