26話 僕は師匠に会いに行く1
グリンピアを出た僕らは、ブハダという街に向かう。
いよいよ国境を越え隣国キュベスタへと入るのだ。
ブハダはクルナグル流剣術の本部があり、キュベスタで一番有名な街といえる。
キュベスタ自体小さな国なので、これといって見所がないのもあるけど。
で、なぜブハダに向かうかというと、そこに僕とジュリエッタの師匠がいるからだ。
「――ブハダは僕の育った村から近くてね、せっかくだし師匠に会ってから村に向かおうかと思ってさ」
「アキトの先生ですか。緊張します」
「明るくて優しい人だよ。まぁ、剣に関しては厳しいけど」
「きゃははは! 逃げるななの!」
「あんまり遠くに行っちゃダメですよ」
「はーい、なの」
道の脇に生えている草むらをエミリが駆け抜けていた。
今は蝶々を追いかけているらしく無我夢中だ。
彼女については未だに謎だらけ。
分かっていることは強力なスキルを有していることと、聞いたこともないターヌ部族、それから獣に変身できることだけだ。
「そう言えばエミリが猫に変身しているところを見ましたよ」
「え、あれ以外にもなれるの?」
「私も気になって質問したのですが、どうもあの子の想像力次第でなんにでもなれるみたいです」
ちょっと待って。
そんなの初耳だよ。
なんにでも変身できるなんてむちゃくちゃじゃないか。
「試しにドラゴンになってもらったのですが、イメージが固まっていなかったみたいで、ぐにゃぐにゃした不思議な生き物になってしまって」
「そ、そうなんだ……」
「それとあまりに大きい生き物は、長く維持できないみたいでした」
僕はがっくりと肩を落とす。
エミリがドラゴンに変身できれば、戦力強化に空の移動も可能になったのだ。
現実というのは、そう上手くはいかないよね。
でも、逆に言えば同程度のサイズなら、長時間の変身も可能ってことだ。
「エミリ」
「なーにー?」
草を身体にくっつけたエミリが、嬉しそうに戻ってくる。
顔や背中の辺りを撫でてあげると、ごろんと横になってお腹を見せた。
お腹のふわふわの毛をわしゃわしゃしてあげれば、尻尾を振ってご機嫌。
人の姿も可愛いけど、獣の姿も僕は好きだ。
モフモフしてて気持ちいいし。
「エミリは鳥にもなれるのかな」
「試したことないけど、たぶんできるなの」
ぼふっ、一瞬で姿を変えて大きな黒い鳥に変化する。
エミリはまるで最初から、飛び方を知っていたかのように大空へと舞った。
「きもちいーなの!」
「ふふ、このままだと私達が置いて行かれそうですね」
「ほんとだ。急いで追いかけないと」
アマネと手を繋いで僕は足を速める。
◇
ブハダに到着。
僕らは着いて早々に『剣人の館』へと向かう。
「ずいぶんと立派な門構えなのですね」
「そりゃあね。クルナグルの本部だし。たぶん挑戦者を威圧する意味もあるのだと思う」
「挑戦者?」
「道場破りだよ。クルナグルを倒せば一躍有名人だからね」
「パパはどうじょー破りしないなの?」
「一応、僕もクルナグルなんだけど」
門を開けて中に入る。
石畳が敷かれた広い敷地で、百を越す門下生が木剣を振っていた。
初見だとこれだけで圧倒される。
「おい、見ろよ。弱そうな挑戦者が来たぜ」
「剣を二本も付けてやがる。いるんだよなぁ、格好だけで強くなったと勘違いしてる奴」
「待てって。もしかしたら客人かもしれないだろ」
「違うとみたね。あいつらは師範に挑戦しに来た奴らだ。客人なら師範か師範代が出迎えるだろ、ここを出入りする門下生なら俺が知らないはずがない」
こそこそ話し声が聞こえ、門下生達が稽古を止めて壁となった。
前に出るのは僕よりも若い、引き締まった身体をした精悍な青年。
「クルナグルの本部に何の用だ」
「えーっと、ノルン師範に会いに来たんだけど……いるかな」
「約束は?」
「ないけど、名前を伝えてくれれば分かると思うんだ」
「怪しいな。以前もそう言って師範を呼び出し、斬りかかった輩がいる。貴様らがそうじゃない証拠はないのか」
証拠と言われても。
僕の場合、正式な門下生じゃないから証になるような物もないし。
十年以上前、僕とジュリエッタはノルン先生から教えを受けた。
最終的に、才能があったジュリエッタだけが正式な門下生となり、本部で指導を受けることができたんだ。
けど、ノルン先生は僕も門下生の一人だと言ってくれた。
ただの慰めだったのは理解している。
先生に指導を受け、ジュリエッタにも指導を受け、それでも何も開花しなかったのだ。
僕がクルナグルを名乗るなんて分不相応。
だから門下生とはおおっぴらには言わない。
「証拠はない。でも僕はノルン先生の生徒だ」
「話にならんな。今すぐ帰らないというのなら、たたき伏せて放り出す」
門下生達が一斉に構えた。
「まぁ待て。たった三人に多数で攻めるなどクルナグルの名が廃る。ここは一人ずつ相手させてもらおうじゃないか」
「だから挑戦者じゃないんだって」
「五人だ。五人倒せば、師範への面会を許可してやる」
話を聞いてないなこの子。
こうなったらやるしかないか。
「木剣、借りていいかな」
「殊勝じゃないか。よし、これを使え」
投げられた木剣を掴む。
「アキト、やり過ぎてはいけませんよ」
「手加減するから」
「パパ、いつでも言ってなの。あいつら魔法で木っ端微塵に吹き飛ばしてやるなの」
「気持ちは嬉しいよ。でも止めてね」
はねっ毛がぴょこぴょこするエミリは、やる気に満ちた顔だ。
隣にいたアマネがさりげなく彼女から杖を取り上げた。
一人目が前に出てきたので、僕は剣を構える。
「先鋒ニッチ。尋常に勝負」
「うん」
合図もなく戦いが始まる。
木剣で剣皇の力を振るったことはないけど、スキルで強化すれば五試合くらいは保つかな。
相手が踏み出そうとした刹那を狙い、相手の木剣を輪切りのようにばらばらに切る。
「…………は?」
「はい、次」
相手はしばし固まっていた。
身体に当てると殺してしまうかもしれないので、木剣だけを狙ったのだ。
武器がなければ戦えない。こっちとしても気が楽だ。
門下生達がざわつく。
「見えなかった、なんだあの剣速!?」
「何者だ!? ただ者じゃないぞ!」
「もしかしたら、ほんとうに同門かもしれないわよ」
「静まれ。次鋒、出ろ」
先鋒が下がり、次鋒の少年が出る。
「次鋒モイ。いざ勝負」
「うん」
先手必勝、なのだろうか。
モイは一足飛びに距離を詰め、斜め上方から切り下ろす。
僕はバックステップで下がりつつ、剣で剣を軽く弾く。
「てぇ! だぁ! くそっ、守りが堅い!」
「やっぱりジュリエッタと動きが似てるな……あまりにも遅いけど」
動きも荒く隙だらけ。
逆に誘っているのかと勘ぐってしまうほどだ。
「いいぞ、そのまま攻め続けろ。向こうは反撃もできないくらい追い込まれている」
「うぉおおおおおおおっ!」
青年の声に従い、モイはさらに速度を上げた。
対する僕はひたすらに攻撃を捌く。
余りにも早く終わると、僕の訓練にならないと気が付いたのだ。
せっかくクルナグルの本部に来ているんだ、この機会に勉強させてもらうくらい構わないだろう。
「なぁ、おかしくないか」
「モイって結構強かったよな」
「あいつあの速さの打ち込みをずっと捌いてるぞ」
「まさか遊ばれてる? モイが?」
再び門下生がざわつき始める。
そろそろ終わらせた方がいいかな。
僕はモイの木剣を縦に切断する。
ぱかんっ。
二つになった木剣が地面に落ちた。
門下生はしんっ、と静まりかえった。
「次は誰かな?」
僕は微笑む。






