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嘘彼と、私  作者: ひめきち
「嘘彼」小話
19/19

5年後

☆伊織視点

☆本編終了後、五年ほど未来の話

(二人とも大学生になってます)

「あれ、樫木?」


 大学の構内を歩いていたら、喫煙スペースから声を掛けられた。


「先輩」

「ディスカッション今週末だぞ忘れんなよ? ……って、なんだお前女連れか! 生意気な!」


「……伊織くん?」


 ちーが遠慮がちに俺の袖を引く。貴重な逢瀬なのに先輩に邪魔されるとはツイてない。

 まあでも仕方ないか。ササッと挨拶だけして、ちーに煙草の臭いをつけられないうちに退散しよう。

 内心嫌々ながら俺は二人を対面させた。


「ちー、この人、いつもお世話になってる同じ研究室の田崎先輩。先輩、それでこっちは……俺の彼女です」

「甘糟千奈津です。こんにちは」


 ふわり。花が咲いたように笑って、ちーが先輩に会釈する。

 元々可憐な容姿のちーだが、女子大生になって薄化粧をするようになってから更に輝きを増しているように思う。まあ中高時代から見慣れたすっぴんの少し力の抜けた顔も俺は好きなんだけど、それを今更他の男に晒す気は毛頭無い。


 先輩は咥えていた煙草をポロリと落とし、慌てて靴底で揉み消した。ポイ捨て反対。俺は無言で吸い殻を拾って灰皿まで歩いた。

 直後に先輩に腕を引き寄せられ、焦った調子の小声で問いただされる。


「オイ大丈夫なのか樫木。可愛いけど……無茶苦茶可愛い娘だけど、お前と並ぶと犯罪臭がプンプンするぞ!」

「いや、元同級生なんですが」


 実は、他人からこういう風に言われるのは初めてじゃない。

 180越えの俺と150センチそこそこのちーが並ぶと、どうも同い年には見られないらしいのだ。俺は年齢の割に落ち着いて見えるとよく言われるし、ちーは童顔という訳じゃないけどとても小柄で華奢だから。


 男の価値は身長じゃない。

 そんな事は重々承知している。

 でも中一の冬、あの時、俺は切実に身長が欲しかった。ちーに迫って泣かせていた三年の先輩に立ちはだかった瞬間、体格で自分がどうしようもなく負けていることに気づかされたからだ。当時の俺は生身のケンカはからきしだったし、頼みの竹刀も生憎あいにく携えていなかった(勿論私闘厳禁だったけど、気持ちの拠り所の問題だ)。俺の背がもっと高ければ、ガタイが良ければ、と思わずにはいられなかった。幸い相手の鈴木先輩は物分りの良い人で、腕力に訴えることもなく引いてくれたけど。


 ……好きな子を背中に庇えるくらいには大きくなりたいじゃないか。


 俺が、嫌いだった牛乳を飲んだり食事の量を増やしたりし始めたのはあの辺りからだ。そのおかげでなのか単に成長期だったからなのか、俺の身長は順調に伸び続けて今に至る。


 その結果自体には感謝しかないんだが。

 ……だからってロリコン疑惑をかけるのはやめてほしい。


「伊織くん?」


 挙動不審な男二人に戸惑って瞬きをする、ちー。

 ああ、そんな姿もくっそ可愛いな! 先輩なんかに披露しているのが勿体無い。


「何でもないよ。行こう、ちー。じゃあ先輩また」


 俺はちーの肩を押すようにして喫煙スペースから歩き去った。煙草の臭いは髪に付く。相応しくないものから、ちーを一刻も早く遠ざけてしまいたかった。


「樫木! お前、覚悟しとけよ。今度のディスカッション容赦しないからな!」


 背後からやっかみ混じりの先輩の罵声。


 ……大丈夫なの? と、ちーが少しだけ不安そうに俺を見上げる。わざとじゃないのは分かっているんだけど、身長差のせいで常に上目づかいなのがもう。


「平気だよ。あの人、口は悪いけど、いい先輩だから」

「そうなの? それなら私、尚更もっとちゃんとお話してみたかったなあ」

「俺はそれより一秒でも早く二人きりになりたい」


 そう囁くと途端に、ちーの顔が真っ赤になった。

 ……知ってるかな。知らないだろうな。こういう風に照れる時、ちーのつむじまでがほんのり赤くなってること。それを確認したくて俺がよくちーの頭を撫でてしまうこと。

 そんな事知ってるのは俺だけでいい。本人にも、他の誰(例えばあのしつこい国重とか)にでも、教える気はさらさらないし。



 ──だってこれは、中一のあの時から二年越しでやっと手に入れた、そしてこの先もずっと手放すつもりのない、彼氏彼女の特権なんだから。

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