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嘘彼と、私  作者: ひめきち
嘘彼と、夏祭り
15/19

中3・8月(後)

「赤城ちゃん、千奈っちゃん、こっちこっち!」


 人垣の上に伸び上がった福山くんが、私達に向かって大きく手を振った。



 待ちに待った夏祭りの日。午後六時、天気は快晴。

 録音された祭拍子が流れる縁日通りの入口には、始まったばかりなのにもう結構な人混みが出来ている。

 慣れない下駄のため普段よりゆっくりめに歩きながら、私の隣の美和ちゃんが小さく舌打ちをした。


「馴れ馴れしいわね、福山。千奈津がいつあんたに下の名呼びを許したってのよ?」


 待ち合わせ相手とも思えない辛辣な態度で、美和ちゃんは早速福山くんに食ってかかってる。

 福山くんは明るくて人懐こい感じの男の子だ。今日は濃紺に縦縞の甚平を着て、まさにお祭り! って格好。これで塾だと成績優秀者のクラスなんだから分からない。


「え〜、赤城ちゃんには鬼のように怒られたから言わないけど、千奈っちゃんにはオレ、一回も拒否られてないよねえ?」

「え? ……ええと、うん。そうだね」


 言われてちょっと考えたけど、そういえば初対面で自己紹介した時からそう呼ばれていたかも。福山くんて気さくというか、男女問わず誰にでもこんな風にフレンドリーな人なんだろうなって思って、私は特に気にしたこともなかったな。


「もともとオレ、女の子は基本名前で呼ぶ派だよ。その方がより可愛く感じられるデショ? なんなら赤城ちゃん、俺のことも名前で呼んでみて?」

「軽いわ! 誰が呼ぶか!」


 間髪を入れずに美和ちゃんがツッコむ。

 何だろう、美和ちゃんって普段はもう少しクールな雰囲気なのに、福山くん相手だとキャラが違う気がする。打てば返す、みたいなテンポでポンポンと二人の会話が進んでいくから、いつも私は自然と聞き役に回ってしまうんだけど。


「それにしても二人とも、浴衣イイね、綺麗だね。眼福、最高! こんな達をエスコート出来るなんてオレ光栄だな。千奈っちゃんはいつにも増してお人形さんみたいに可愛いし、赤城ちゃんは任侠映画に出てきそうだし!」

「それあたしの方、褒めてないよね?」

「いえ全力で讃えておりますあねさん」

「殴る」


 青筋を立てた美和ちゃんが浴衣の袖の下で本気の握り拳を固めたので、私は慌てて止めに入った。


「美和ちゃん、待って! 浴衣が、着付けが崩れるから!」

「……そうだった。千奈津のお母さんに悪いよね」


 実は今日は、私の家の方が会場に近かったので、二人分の着付けをうちのお母さんにお願いしたんだ。美和ちゃんは紺地に白抜きの芍薬柄、私は白地にピンク系の牡丹柄。帯は揃いの黄色だけど、美和ちゃんは渋めの、私は明るめの色味にしてある。合わせてマニキュアとペディキュアも塗った。髪形は美和ちゃんと私でお互いにやりあって。足元は、最近だとサンダルを合わせている人も多いけどやっぱり下駄(こっそりゴム底)だよね、ってなって、でもそれだと長距離は歩けないだろうからって、すぐ近くまで車で送ってもらったところ。

 いや、そんな経緯は別に気にしなくていいんだけど、折角綺麗にしたのに崩してしまったら勿体無いじゃない? 美和ちゃん、本当に素敵なんだもの。背が高くてシュッとしてて、目元には色気があって。私と同い年だとは思えない。和風美人ってこういう女性のことを言うんだろうなあ。


「そうそう。千奈っちゃんの言う通り、美人が台無しになる前に抑えて抑えて。オレだって折角、両手に花を満喫しているところなんだから〜。まあ本音を言えば、着崩れてセクシーダイナマイツ☆な赤城ちゃんも是非見てみたいんだけど」

「福山。あんたはいつか絶対に吊るす」


 あれ?

 美和ちゃんって福山くんのこといつから呼び捨てにしていたんだっけ?

 それに今日って確か、名目上はダブルデート……だったはずだよね。伊織くんと私に気を遣ってくれたとはいえ、福山くんに美和ちゃんが誘われてオッケーしたんだよね。にも関わらずさっきから美和ちゃんが殺伐とした空気を醸し出しているのは気のせいなの?


「大体、調子に乗らないでよね。両手に花なんてあり得ないっつーの。生憎あいにくだけど、千奈津にはちゃんと樫木君っていう彼氏が……」

「赤城ちゃんが酷いよう、慰めて千奈っちゃん」

「えっ」


 ふざけて泣き真似をした福山くんに抱きつかれそうになった時、私と彼との間に横から一本の腕が差し込まれた。


「ちー」


 伊織くんだった。


「悪い。待たせた? 少し探してた」

「そうなの? そんなに待ってないから大丈夫だよ。でもごめんね。待ち合わせ分かりにくかったかな」


 私、背低いから、人混みだと埋没しちゃうんだよね。


「なんだ。あたしを目印にしてくれればいいのに」


 伊織くんにブロックされて仰け反った福山くんを小突いてから、美和ちゃんが寄ってきた。伊織くんが目で挨拶する。


「そうは思ったんだけど普段と違う姿だと遠目で判別が難しくて」

「あ、浴衣? 千奈津もあたしも似合うでしょ? 褒めて褒めて」


 くるりと一回転して見せた美和ちゃんに促されて、伊織くんは心持ち後ろに下がって目を眇めた。


「……うん。良く似合ってる、二人とも」

「ありがとう」


 わあ。伊織くんに褒められて、顔が熱い。

(褒められたんだよね? ヘンじゃないってことだよね?)

 それから歩を戻して、並んだ美和ちゃんと私を見ながら伊織くんが微笑む。


「牡丹と芍薬なんだな。相変わらず仲良いな」


 浴衣の柄ね、そうなんだ。"立てば芍薬座れば牡丹……"って店員さんに言われた時は、誰が見たって美人な美和ちゃんはともかく、私の方はちょっと厚かましいかなあって気恥ずかしかったんだけどね。

 "芍薬にも牡丹にも幸福祈願の意味があるんですよ。幸せになれますよ!"って勧められて、一も二もなく決めてしまった私。我ながら単純。ヤバイいつか壺とか買わされちゃうかも。


「そこに気付くとは。目の付け所がいいね! さすが樫木君!」

「ええ〜赤城ちゃん、それでいいの? ベタ褒めしたのに駄目出しされたオレの立場は⁉︎」

「あんたみたいなチャラ男に言われるのと彼氏の一言とでは重みが違うの」


 差別だ、と福山くんが声を上げたけど、美和ちゃんはその発言を軽くスルーして、伊織くんに話し掛けた。


「そう言えば意外。樫木君は浴衣じゃないんだね」

「……持ってないから」


 そうなんだ。剣道着のイメージが強くて、私も勝手に伊織くんは和装慣れしていると思ってた。

 ああ、でも普段着の伊織くんは逆に新鮮な感じがする。白のプリントTシャツにブラックジーンズ、スニーカー。モノトーンなのが伊織くんらしいというか。

 っていうかね、正直、会う事自体が久し振りなのでもはや伊織くんが何着てても関係ない。ジャージでもにやけちゃう自信ある。嬉し過ぎて挙動不審になりそう……!


 そんな風に私が内心でわたわたしている間に、美和ちゃんは伊織くんと福山くんを紹介し合っていた。伊織くんは友達と知り合いをはっきり分ける人だからか素っ気ない対応だったけど、福山くんはあまりそういうことを気にしていなさそうだった。

 私達は取り敢えず四人で出店を見て回ることにして、お祭りの中心部に向かって歩き始めた。

 射的やら、ヨーヨー釣りやら、くじ引きやら。その合間合間に屋台で食べ物も買う。男子二人の食欲は凄まじくて、焼そばにたこ焼きにフライドポテト、焼とうもろこしにかき氷にイカ焼きにラムネと……。美和ちゃんと私は味見と称して一口ずつ貰っただけで満足してしまった。


「ちーは後、何食べたい?」

「あ、ええと、林檎飴かな」


 さり気なく伊織くんが訊いてくれるけど、ごめん、見てるだけでもうお腹一杯だ。

 お店の人が通常サイズの飴を選ぼうとするので、焦って私は姫林檎の方を指差した。


「すみません、こっちで」


 袋に入れてもらったそれを、伊織くんが興味深げに覗き込む。


「ちっこい。へえ、こんなのあるんだ」

「うん。最近はパインとかさくらんぼとかもあったりするよ」

「持ち帰りにするの? 物足りなくない?」


 ……伊織くんの食欲を基準に考えないで欲しい。あれだけ食べた後で、歩きながら林檎一個丸かじりって普通に無理だから! 胃袋的にも、浴衣乙女の見掛け的にも無理だから!



「もうすぐ花火の時間か」

「少し疲れたね〜」


 私達は隅の方で休憩することにした。

 普段着と違う格好なので、やっぱり疲労が溜まってるみたい。でもお洒落は気合いだもの!


「ちー、足痛くないか?」

「大丈夫だよ。ありがとう」


 下駄を履き慣れない私を、伊織くんが屈んで気遣ってくれる。

 歩けなくなったりしたら迷惑掛けちゃうよね。まだ鼻緒に擦れて剥けたり赤くなったりはしていないけど、念の為に持参した絆創膏、早めに貼っておこうかな。


「……あいつさ」

「ん?」


 伊織くんの視線は、少し離れたところに立つ二人を窺っていた。

 福山くんのこと?


「ちー狙いかと思って警戒してたけど、そうでもないみたいだな。正面は避けて赤城さんの後ろ姿ばっか見てる」


 ……って……!

 意外過ぎる伊織くんの思い込みに、私は何を言えばいいのか思い付かなくて口を数秒パクパクさせてしまった。


「……わ、私狙いなんてあり得ないよ。福山くんと仲良いのは当然美和ちゃんだよ? 福山くんは塾でも私より美和ちゃんと親しく話してるし、今回の話だって私はおまけで、美和ちゃんを誘ったんだよ?」

「うん。俺も今日見てたら分かった。けど表面的には照れ隠しなのかなんなのか、曖昧な態度取ってるだろ。赤城さん、あれはきっと分かってないぞ」


 うわ、それでなんだか美和ちゃんの様子が変だったのか……!

 伊織くんと私が顔を見合わせていると、当の美和ちゃんが私を手招きした。私達は男の子達から少し離れて、内緒話をする。


「ねえ。千奈津、やっぱり久々のデートなんだから樫木君と二人になりたいでしょ。花火の間だけ、別行動にしようか? 福山の方はあたしがちゃんと抑えとくからさ」


 やっぱり。美和ちゃん、何か勘違いしてる。


「美和ちゃん」


 私は美和ちゃんの手を両手で握った。

 だって、知ってるもの。今日の準備をしている時、どれだけ美和ちゃんの顔がキラキラしていたか、態度がソワソワしていたか。私達二人とも、凄く緊張して、でもとても楽しみにしていたよね。


「あのね。福山くん、最初から美和ちゃんしか見てないよ。ストレートに褒めてくれなかったのはきっと、照れているんだと思う」

「……っ!」


 美和ちゃんの顔が真っ赤になった。

 くぅ。普段クール系からのこの落差。美和ちゃんホントに可愛いなあ!


「大丈夫。美和ちゃんは可愛い。ここにいる誰よりも一番綺麗。私の自慢の親友なんだもん。勿体無いけど一時間だけ福山くんに譲ってあげる。だからちょっとだけ素直になってみて?」

「千奈津……」


 私は美和ちゃんを引っ張って、伊織くんと福山くんの元に戻った。

 それから、花火見物の間は二組に分かれて行動することを提案する。スターマインが終了したら再度待ち合わせ場所に集合する約束で。組み合わせは勿論、伊織くんと私、そして美和ちゃんと福山くんだ。

 別れ際に、私は福山くんに念を押した。


「福山くん、覚えててよ? 美和ちゃんにちゃんと優しくしてくれないと、親友権限で、一緒に出掛けるのは今日限りにしてもらうからね!」

「千奈っちゃん、なんかキャラ違う……」

「いーい?」

「……ハイ」


 自分史上最凶に怖い顔をして福山くんを脅した私だったけど、そこから十歩も歩かないうちに、激しくやらかした感に襲われる。


 ……ガラにもなく仕切っちゃったなあ。

 勢いで言い切ってみせたけど、最後辺り、語尾震えてた気がする。やだやだ、私って本当に肝心なところで締まらない。

 伊織くん、呆れてるかなあ。


 悶々としていると、私の頭上に伊織くんの手が軽く置かれた。結い上げた髪形を壊さないように気を遣ってくれているのが分かる。俯いたままの私に、伊織くんは優しい声でこう言った。


「頑張ったな」


 ふわり、と気持ちが浮き上がった。


 伊織くんはやっぱり凄い。たった一言で私の落ち込みを無かった事にしてしまう。

 喉の奥が詰まったみたいに熱くなったけど、その時花火の上がるドンという音が響いた。反射的に上を見上げようとして、足元が疎かになってしまった。


「ちー、そこ段差っ」


 咄嗟に伊織くんが腕を掴んでくれなかったら、私は多分転んでいた。


「び、びっくりしたぁ……。ありがとう、伊織くん」

「危ないから手、繋いでいよう」

「……うん」


 伊織くんの大きな手と私の手が重なった。

 こんな風に繋ぐのはクリスマスの握手以来で、胸がドキドキする。伊織くんの掌は竹刀ダコがあって少し固い。でもとても温かかった。


 伊織くんと私はそのままそこに立って、順々にあがる花火を眺めていた。

 お腹に響く打ち上げ音、上空で花火の開くポンという音、夜空に広がる万華鏡のような色とりどりの花火。大好きな人と綺麗なものを一緒に見られる喜び。真夏の気温で汗ばむ掌を少し恥ずかしいと思う気持ち。それらの何もかも……時々風に乗って飛んでくる黒い煤までもを、すごく貴重なかけがえのないもののように感じた。


 繋いでいる伊織くんの手が、そっと動いた。そろそろ離すのかな? って思って顔を見ても、伊織くんは上空を見上げたままだ。

 伊織くん、大会が終わってから髪切ったんだな。小ざっぱりしてる。また少し背も伸びてるかも。

 そんな風に見つめていると、伊織くんの指が私の指と一本一本交差して、またキュッと握り締められた。

 それからフッと目が合う。恋人繋ぎに照れてしまって、私達はつい笑い合ってしまった。


「ちー、浴衣……ほんと似合うよ。可愛い」


 伊織くんが囁いた。


い、伊織くんに"可愛い"と言ってもらえる日が来るなんて……!

 さっきの美和ちゃんに負けないくらい、私の顔も多分真っ赤になっているんだろうな。


 あのね、伊織くん。内緒だけど、本当はね。

 お店で選んでいる時、菖蒲アヤメ柄の浴衣にも心惹かれたんだ。一目見て伊織くんを思い出したんだけど、私にはまだ似合わないからって諦めたの。

 菖蒲。勝負。勝ち虫。トンボ。

 ……無意識にそんな連想をしてしまうくらい。

 逢えない時でも私はいつも伊織くんの事を考えている。私の心の真ん中には、伊織くんの真っ直ぐな背中がある。いつだって伊織くんに相応しい人間になりたいって思ってる。

 だからいつか──あの柄が似合う大人の女性になって、伊織くんの隣に立ちたい。そうなれるといいな。なりたいな。


「……手、このままでいい?」

「うん」


 最後の連発花火が燃え尽きた後も、私達の手はずっと繋がれたままで。



 幸せな気持ちで約束の場所に向かうと、福山くんと美和ちゃんが今日一番の笑顔で待ってくれているのが見えた。

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