表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
嘘彼と、私  作者: ひめきち
嘘彼と、夏祭り
14/19

中3・8月(中)

「あり得ない! 千奈津ったら、それで断っちゃったの⁉︎」



 伊織くんと電話で話した次の日。

 私の通う塾の構内には、飲み物の自動販売機と椅子の無いテーブルだけを数個設置した簡易喫茶スペースがある。私と美和ちゃんは休み時間にそこで一息入れていた。雑談から流れて昨日の顛末を告げた途端、美和ちゃんは自販機から取り出したペットボトルをぶんぶんと振り回した。


「美和ちゃん、それ、炭酸」

「ぅわ」


 言われて気付いた美和ちゃんは爆弾を手にした人の顔をして、信管に刺激を与えないようそっとテーブルへドリンクを立て置いた。

 ふ、蓋を開ける前で良かった。

 私は胸を撫で下ろしたけど、危険物を手離した美和ちゃんの口の勢いは止まらなかった。


「なんなの? 千奈津は阿呆なの、間抜けなの? この夏最初で最後の樫木君からの誘いを何故受けなかった⁉︎」

「え、だって……」


 美和ちゃんとの約束の方が先だったから。

 こういうのって普通、先約を優先するものじゃない?


「いつだって物事には例外があるんだよ、バカね」

 美和ちゃんは呆れ顔でため息をついた。


「あたしと千奈津はいつでも遊べるんだからさ〜。滅多に逢えない樫木君カレシの方を優先してくれて良かったのに」

「でも、美和ちゃん、浴衣。折角だし」


 八月最後のお祭りがちょうど夏期講習が終わった頃にあるらしいと聞いてから、夏中勉強頑張った記念に一緒に着て遊びに行こうねって、二人してお店で選んだ浴衣。チープだけどなかなか可愛いんだ。クールビューティーな美和ちゃんと私はタイプが違いすぎるからお揃いの柄でこそないけれど、微妙に帯の色を合わせてみたりして。受験勉強してる間、それこそずっと楽しみにしていたんだもん。

 大好きな美和ちゃんと大好きな伊織くん。選べないなら、先着順で決めるしかない。


「ああもう! あんたは!」


 美和ちゃんは、ガシガシと乱暴に私の頭髪を掻き回した。

 私の髪は猫っ毛気味なので、そんなことをされるとくしゃくしゃに縺れてしまう。


「やだ、ちょっと、何」

「待ってな千奈津!」


 え?


 私が戸惑っているうちに、美和ちゃんはポケットからスマホを取り出して何やら画面を操作した。次にスマホを耳に当てて……ああ電話を掛けてるのね。なんだろう?

 私は手櫛で髪形を直しながら美和ちゃんの行動を見守った。


「あ、福山君? あたし赤城。この間の話だけど。そう、無理だって言ったあれ。撤回する。あと一人、うん千奈津の彼氏がね、同行して良いならいいよ。それでいい?」


 小気味良いほどサクサクと話をまとめて、美和ちゃんは通話を終了した。軽く息を吐く。それから静置しておいたペットボトルの蓋を開け(ブシッと勢い良く音が鳴ったけど爆発はしなかった。ホッ)、美和ちゃんは一気に半分ほど飲んで唇を拭った。


「千奈津」


 気のせいかな。さっきから美和ちゃんの背後にヤケ酒をあおる中年サラリーマンの悲哀を感じるのは。いつもは美和ちゃんをキツめの美人に見せている目が、何故だか今はわっているように感じるのは。


「なな、何? 美和ちゃん」


 わあ私、美和ちゃんの迫力に思わず口がどもってしまった。親友相手に我ながらヘタレ過ぎる。

 そんな私に構わず美和ちゃんは、たん! とテーブルにペットボトルを置いた。


「ダブルデート! するよ!」


 ええ⁈



*****



 トゥルルル。トゥルルル。


 子機の奥で鳴り響く呼び出し音に動悸が高まる。


 うう、ヤバい。めっちゃ緊張してきた。最初に出るのが伊織くんのご家族だったらどうしよう。私、伊織くんのおうちの人にお会いしたことも、電話でお話ししたことも、まだ一度としてないんだよね。この誰? って思われないかな。電話越しでのご挨拶、ちゃんと私に出来るかしら。流暢に喋り過ぎたら電話セールスみたいだし、反対に口ごもったりしたらイタズラ電話みたいだ。手汗が滲む。

 伊織くん……いつもこんな気持ちで我が家に電話を掛けてくれてたのかな。初回の伊織くんのどこか緊張していた声音に、今初めて思い当たった。申し訳ないったら。

 本当、家電話でんってハードル高いよね。ああもう、私が自分専用の携帯を持ってさえいたらここまで緊張しなくても済むのに!

 と、マイノリティーな自分の境遇を恨みかけて、ふと気が付く。

 ……あ、違うか、伊織くんが携帯持ってなかったら私だけ持ってても意味無いのか。結局は携帯から伊織くんの家電話おうちに掛ける羽目になっただろうから。


 どうか伊織くんが最初っから電話に出てくれますように。たまたま電話の近くにいて、コール音に一番に反応して受話器を取ってくれますように。そしてそして、私が一度は断ってしまった(本当にゴメン!)夏祭りに、まだ他の男友達とかを誘っていませんように。

 ……ってなんだか、叶う気がしなくなってきた。高望みし過ぎじゃないかな、私?



『はい、樫木ですが』


 呼び出し音が不意に途切れて、ご年輩の男の人の声がした。


「あの! 甘糟千奈津と申しますが、伊織くんをお願いできますでしょうか!」


 油断していた私は反射的に名乗ってしまった。

 やだ、挨拶すっ飛ばした。声もかなり上擦ってる。失敗した──!


『ああ、はいはい。少々お待ち下さい』


 声の主が顔を背けたのだろう、伊織くんを呼んでくれているのが不明瞭に聞こえる。その後ボソボソと会話してる気配もあるけど、そこまでは聞き取れない。

 ……これは保留ボタン押し忘れかな。あんまり聞き耳立てても失礼だよね。

 そう思って私が受話器を遠ざけた瞬間、何かを蹴飛ばしたような音と、『いった!』という伊織くんの悲鳴が耳に飛び込んで、ギョッとする。


『うわ最悪、繋がったままだ……あー、もしもし? ちー?』


 遠くから聞こえていた伊織くんの声が急に近くなったかと思うと、その口調は少しだけ柔らかいものに変化した。私には耳慣れた、いつもの話し方。

 そうか。伊織くんは、家族と話す時と私と話す時で口調が微妙に違うんだな。それがちょっとだけ特別みたいで、どこかくすぐったい。


『ちーだろ? どうした?』

「うん、伊織くん、私。いきなりごめんね。えっと……痛くない? 今話してて大丈夫かな」

『平気。ちーから電話貰えるなんて思ってなかったから慌てただけ。……やっぱ丸聞こえだったか』


 くっそ爺ちゃんめ、と言う伊織くんの呟きが小さく聞こえて、私は思わず笑ってしまった。

 さっき電話に出てくださったの、伊織くんのお祖父さんだったんだ。声だけだともっと若く感じたなあ。伊織くんが自分と似てるって言ってたお祖父さん。きっと仲良いのね。

 笑った所為か気持ちがだいぶ楽になって、私はわりと自然に用件を切り出すことが出来た。


「昨日誘ってくれた夏祭りなんだけどね、もし良かったらやっぱり一緒に行かないかなって思って。美和ちゃんと福山くんもいるんだけど」

『──福山って誰?』

「そっか、ごめん、私説明してなかったね。今回の夏期講習で知り合ったんだけど、同じ中三で、隣の中学に通ってる人。私達と一緒にお祭りへ行きたいんだって。塾でも気さくに話し掛けてくる人だから、初対面でもそんなに気まずくはないと思う。美和ちゃんは最初断ったそうなんだけど、伊織くん入れて4人ならいいよ、って話になって……あ、でも伊織くんが無理なら」

『絶対行く』


 なんだか凄い早さで伊織くんの返事が返ってきて、続けようとしていた私の言葉は宙に浮いた。


『ちー? 聞こえてる?』

「あっうん、聞いてる。ありがとう。なんかゴメンね、私ったら今更……」

『全然大丈夫。むしろ赤城さんにお礼言っといて』

「? うん」


 誘ってくれたことに対するお礼かな。

 そうだよね。優しい美和ちゃんが気を遣ってくれたんだよね。おかげで伊織くんとも夏祭りに行けることになったんだもん。ダブルデートなんて聞いた時には緊張しちゃったけど、大好きな二人(と、福山くん)と一緒に夏祭りだなんて、幸せ過ぎるよね。私からも明日もう一度美和ちゃんにお礼を言おう。


「あのね、美和ちゃんと私、浴衣着ていく予定なの。伊織くんと一緒に行けることになって嬉しい。夏祭り、楽しみにしてるね!」

『……』

「伊織くん?」

『……いや、俺も。楽しみにしてる』


 それから夏休みの宿題や会っていない友達なんかの話をして、私達は電話を切った。私の顔はその後も長いことニヤニヤしっぱなしだったみたいで、お母さんにからかわれた。

 でもいいんだ。だって本当に嬉しいんだから。電話の間中、無意識に子機を強く押し当てていたらしく、しばらくは右耳が真っ赤になって痺れてしまったけど、それも気にしない!



 ──さあ、長かった塾も今週で終わりだ。週末には夢のようなご褒美が待っている。夏祭りに向けて、勉強もうひと頑張りしなきゃね!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ