中3・4月(後)
始業式の朝。
校門脇の桜はもう見頃を過ぎて葉が出ていた。
校舎の登校口に貼られたクラス分け表に、生徒が集まっている。私も見たいけど、もう少し人が捌けてくれないと見えないなあ。身長やっぱりあとちょっとは欲しい。
その黒山の人集りの中から背の高い女子が一人抜け出てきて、私に気付いて手を振った。
「千奈津、おはようー!」
「おはよう、美和ちゃん」
我が心の友、美和ちゃんだった。
クラス表、見た? と私が目で訊くと、美和ちゃんは沈痛な表情でガッシと手を握ってきた。
「クラス、別だった! 残念‼︎」
「ええ〜!」
うっ、そうなんだ、ショック……。
「でもあたし達の仲は変わらないよね!」
「……うん!」
美和ちゃんの言葉にジーンときて、私も力いっぱい手を握り返す。
美和ちゃん大好き。クラスが違ったって、絶対にそれは変わらない。
私達のそんな熱い女の友情に、どこから現れたのか波瀬くんが横槍を入れた。
「赤城と甘糟、面白え。伊織とよりよっぽど仲良いじゃん。ほら伊織、ウカウカしてっと彼女取られるぞ。いいのかよ?」
「うるさいよお前」
呼ばれて伊織くんがやってきたかと思うと、早速波瀬くんを小突く。波瀬くんも笑って伊織くんの首に腕をまわし返した。波瀬くん、そっちだって充分仲良しだよ?
伊織くんもクラス表を確認していたみたい。今日は朝練早く終わったのかな。そうだよね、始業式の日までギリギリだとヤバイよね。自分のクラスが分からないと教室に行けないもの。
伊織くんは私と目が合うと、いつものように一重の目を細めて笑ってくれた。
「クラスは別れちゃったけど。ちー、これからもよろしくな?」
隣で波瀬くんが冷やかし気味に口笛を吹いたけど、伊織くんは我関せずだ。
こういう事を普通に言えちゃうのが伊織くんの凄いところ。うう、見習いたい。私の顔はどうしても赤くなってしまうから、恥ずかしい。
そうか。伊織くんともクラス離れたのか。
残念は残念だけど……うん。そもそも二年間も同じクラスだったことの方が僥倖なんだし。
それに私達はもう、嘘の彼氏彼女じゃないんだから、大丈夫だよね。
「もちろん……!」
私は笑って肯いた。
伊織くんが好きだと言ってくれた笑顔に近いといいと、願いながら。
「わあ、なんかあたし達お邪魔って感じ?」
「同感だ赤城。リア充、爆ぜろ」
「言ってろ」
美和ちゃんと波瀬くんのからかいを、伊織くんは軽く流す。さすがだ。私は内心少し照れてしまったけど、努めて平静を装った。
私は伊織くんの彼女なんだもん。私だって、伊織くんのように揺るがない人になりたい。
クリーニングから返ってきたばかりの私の制服の胸ポケットには、お手製の栞が入っている。伊織くんと見た桜の花びらで昨夜作ったんだ。
だから、きっと大丈夫。
その薄紅色の思い出は、私の恋をそっと見守っていってくれるような気がした。




