STAGE9
「眷符「天狗の飼い犬」」
開始早々に椛はスペルカードを発動すると、椛の足元には妖力で象られた犬が二匹顕現する。
「なによそれ!」
「これですか?太郎と花ですが何か?」
現れた太郎と花に驚きを隠せない紫だったが、問われたほうの椛はというとケロッとしていた。
「まぁ、いいわ。あいつの娘だもの、何をやらかしても不思議じゃないわ」
変なところで信用がある真理であるため、椛が何かをやってもそう驚きは長くは続かずに平静をすぐに取り戻したのである。……嫌な信用もあったものである。
「酷い言い草ですね……行きなさい!あのBBAの喉元を食いちぎってきなさい!」
「だれがBBAよ!もう許さないんだから!結界「動と静の均衡」」
椛の発言に怒り心頭の紫はスペルカードを発動すると、そこには空一面を覆いつくさんばかりの量が展開される。
普通のものであるならば、この弾幕の密度を見れば、絶望に彩られても可笑しくもないが、相対する椛はそうでもなかった。むしろ、笑みを浮かべているくらいである。
「流石ですね。しかし!」
椛が手を前にかざすと同時に太郎と花も弾幕に突撃していき、椛に直撃しそうなものを優先に噛み砕いていく。
そして、できた進路に椛は躊躇なくそこに飛び込むと、太郎と花は椛の道を作るために我先にと次々と弾幕を食いちぎっていく。
「なによそれ!?」
椛が眼前まで迫ってきて漸く事の重大性に気がついた紫が驚きの声を上げるが、伊達に歳は取ってはおらず、冷静に椛に対処をした。
「誰が歳食ってるよ!」
「何を言っているんですか、貴女は」
何やら怒っている紫に椛は迷うことなく右足を振るうが、紫の傘によって阻まれる。
「痛っ。その傘、幽香さんと一緒ですか」
「まあね。あの子は私とお揃いって言われるか嫌な顔をするけど、あの傘って私があげたのよねぇ」
しみじみと呟く紫だが、その実、椛から放たれる怒涛の攻撃の嵐を優雅に防いで見せていた。
そんな、紫とは対照的に、椛は苦虫を噛み潰したような表情を作る。
(もともと、格上というのは分かっていたつもりでしたが、ここまでとは)
相対する紫が大妖怪の中でも上位に君臨する存在だとは知っていた。しかしながら、実力で言えばそうでもないと思っていたのも事実である。
ここで厄介になるのが、椛の家庭環境だ。
椛の家庭環境は真理を筆頭に、幻想郷はおろか世界の中でも頂点に君臨出来るような実力者で固まっている。
稀に紫がやってきても、真理にいいように弄られ、暴走したとしては一発で沈んだりしていたために実力のほどが分っていたなかった。
(しかし、予想以上とまではいかないですがね)
内心でそう呟く。
そう、予想よりかは強かったが、その程度である。その程度であれば修正すれば問題はない、そう結論付ける椛。
一方で紫と言えば……
(思った以上に強いわね……さっきから余裕で捌いているように見せているけど、手が痛いったらないわ)
年上として無様な姿は見せられない、そう判断して余裕あるように見せているが、先ほどからの椛の攻撃が想像以上に強い。
だて、幻想郷の中においても最強の存在に育てられた訳でもない。
(それに……勢いで戦っちゃっているけど、やりすぎたら私は……)
思わずその結果を想像して身震いする紫。親バカである真理を筆頭に、あの理不尽たちは私に報復してくるかもしれないと。
実際には双方が納得した戦いならば、真理達は基本的には動かないのだが、紫は知る由もない。
「いい加減に離れなさい!罔両「八雲紫の神隠し」」
「むっ」
更に攻撃しようとした椛の攻撃が失敗に終わる。目の前から紫が消えたのである。
「離れろと言いながら、自分から離れるとは……」
油断せずに警戒を続ける椛に、突如として魔法陣に似たようなものが現れ、椛はそこに突撃していく、攻撃を繰り出すも、紫は現れず、代わりに弾幕が生まれた。
「太郎!花!」
椛の呼びかけに、太郎と花がすぐさま反応し、椛に直撃しそうな攻撃を全て食いちぎり、難を逃れる。
「そこ!」
再び現れた魔方陣だったが、やはり紫の姿はなく、先ほどと同様の攻撃を仕掛けてくるだけのものであった。
それを数度ほど繰り返したのちに、今度こそ紫が現れると、椛は先ほどまでのうっ憤を晴らすかの如く思いっきり紫を殴り飛ばそうとしたが、ギリギリで避けられてしまった。
「ちぃっ」
「ちょっと、なんでそこまで好戦的なのよ!」
「玲央様から、とりあえず深く考えずに殴って全てを壊せと教わりました」
「物騒すぎるわよ!」
紫の言うとおり、物騒だが、残念ながらそれが出来る存在なので、それ以上のツッコミが出来なかった。
「ふぅ」
いがいがした心を落ち着けるためか、椛は近くに寄ってきていた太郎と花の頭を撫でて落ち着く。
「次はこっちから行くわよ!」
「さっきから、そうじゃないですか」
呆れながらツッコミを入れる椛を無視すると、頭上に隙間が開き、中から何かが落ちてきた。
それを咄嗟に避ける椛だったが、突如背後から嫌な予感を感じ、慌ててガードをすると、そこには紫が現れ、傘をフルスイングしていたのであった。
ガードした腕がビリビリと痛むのを無視し、改めて紫を睨むと、先ほどと同様に再び隙間が開き何かが落ちてくる。
再び避けようとしたが、落ちてきたものを確認した椛はそれを避けずに掴みあげ、横から急襲してきた紫に対して、それを楯のように掲げた。
「くっ」
「隙あり」
「きゃあっ」
楯にされたのは、彼女の使い魔である藍であった。流石に、それを無視して攻撃をすることをためらった紫だったのだが、それに生じて産まれた隙をつかれ、今度こそ椛にクリーンヒットを受けたのであった。
「鬼か!?」
「自称母親ですね」
ポイッと藍を捨てると、紫からツッコミが入る。しかし、それをさらっと受け流してしまう椛。彼女の神経の図太さや、こういった性格は本当に真理そっくりである。
下では、ボロ雑巾のようになった藍を回収した橙が大泣きし、それをあやすルーミアと藍を安静にするように言われた咲夜が渋々動いているという場面があるが、それは、空にいる二人には分からない。
「その、太郎と花だったかしら?かなり厄介な相手ね」
「ふふ、ありがとうございます」
「だから、それから潰すことにするわ!」
そういうと、紫は再びスペルカードを発動する。今度の弾幕は先ほどの椛狙いとは変わり、二匹の犬へと向かっていく。
しかもだ、太郎と花は何かの結界のようなもので行動範囲を絞られてしまったために、全てを捌くには余裕がなかった。
「やってくれますね」
「これで、優位はまた私ね。どうする?」
勝ち誇る紫だったが、突如なにかがひび割れるような音が聞こえ、まさかと思い、先ほど封じ込めた太郎と花のほうを見て、目を見開いた。
そこには、結界自体が狭いと言わんばかりに巨大化した太郎と花が結界を破る瞬間であった。
結界から解放された、巨大化した太郎と花は主である椛の横に付き、お座りの姿勢になる。
その二匹をよしよしと撫でると、太郎と花はそのまま元の大きさへともどったのだった。
「どういうこと、その子たちは私の弾幕を全て受け止めるだけの力はなかったはず」
「そうですね」
「それに……あなた、いつのまに妖力を回復したの」
紫の目の前には、戦う前と同様まで回復した椛が映る。否、戦う前よりもより強大な力を持ったと言ったほうが正しい。
「まさかっ!?」
色々と考えている紫が一つの可能性が思い浮かぶ。いや、そんなはずはと頭を振るったが、最悪の答えは椛の口から紡がれた。
「ええ。ないなら余所から持ってくればいい。ただ、それだけですよ」
「しかし、妖力、霊力は、人それぞれ違うもの。魔法ですら、大気に存在しているというものを除けば、人が十人いれば十通りの力があるはずなのに」
「苦労しましたよ。太郎と花の構築は割と簡単でしたけど、相手の弾幕を喰らい、己の力に変換する術式を得るのは。
さらにいえば、太郎と花が喰らった妖力を私に還元するのも色々と調節が大変でしたね。最初は間違って二匹を送還してしまうぐらいに吸い取ってしまったんですから」
やれやれと肩を竦める椛だったが、紫はそれどころではなかった。
自分が放った弾幕が、あろうことか相手を回復させるための餌になるなんて、考えられなかった。
やろうと思えば出来なくもないが、失敗した時のリスクが大きすぎる。
近場で、ルーミアが出来るのは知っているが、力が封印されてからは流石に出来ないと言っていたので、忘れていた。
「もともと、種族的なものなのか、それとも若いせいなのかはしりませんが、私の力はそこまで大きいものではありません。故にどこかしらで代用するしかないのですよ」
苦笑い気味に告げてくる椛。それを見た紫はふと、笑いながら肩の力を抜く。
「ええ、そうね……私も、心のどこかでそう思っていたわ。だけど、それはやめよ……これからは本当の本気で相手をしてあげる」
そう宣言した紫から放たれるプレッシャーは先ほどまでのものとはうって変わり、大妖怪としての威厳を持ったものに変わった。
「ええ、それでこそです……越えさせてもらいます」
それを正面から受け止めた椛の顔にはうっすらと笑みが浮かんだのであった。
すいません。時間がなくてここで終了です。
また、来週は年度末の仕事をやる関係で休みがなく恐らくは投稿できません。




