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続きそうで続かない短編倉庫  作者: あかね


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息の仕方

こりゃ、長いわ、ということで一時置きです。

あと三倍くらい書いて終わるかもしれない。

かわいいさめの呪いをどうぞ。

あと、サンマ。

 いままで溺れたことはない。

 水はいつでも優しく包んでくれた。


 他の人は水の中で、息ができないということを知ったのはいつだっただろうか。プールか何かで潜っていたら、周りが騒いでいた時だったような気がする。


 水面はキラキラでいつでも見ていられた。それなのに揺れる水面が乱されて、いくつもの手が現れる。


「大丈夫っ!?」


 安心できる水から外に連れ出された。

 みんなが心配そうに言うところで、なんでと思った。

 きれいだったのに。

 水底は、私のいるところなのに。


「息をして!」


 そう言われて初めて、思った。空気の吸い方って、どんなだったかなって。

 大きく口を開いて。


 



「人魚の魚部分ってさ」


「うん?」


「サンマじゃダメなのかな」


「なんでサンマ」


「おいしそうじゃない?」


 私は光る銀の腹を思う。青い肌も素晴らしく、その柔肌の下にはおいしい白身。内臓が苦いと言うがそれも大人の味だ。大根おろしを猫にして茶色に染めて。

 ぜんぶ、ぱくり、だ。

 友人の百合は首を横に振る。ペンをもついでに揺れる。


「おいしいのはわかるけど、なんで、合唱祭のポスターにサンマをいれんのよっ!」


「えー、斬新じゃん」


「斬新過ぎんわっ! 私はタイを押す。愛でたい」


「それもどーかなー」


 結局、ピンクの鱗のナニカになった。

 可愛らしくデフォルメされた人魚ちゃん。名前はセイレーン。そいつ、船を沈めるやつで縁起良くないといえば、知ってるよと笑われた。


 美術部の渾身のアニメっぽい人魚は学校の合唱祭のポスターに無事採用された。ほかに描くもの好きもなく、業者に出せるほどの余裕もないからだろう。

 それでいいのかなと思うが、まあ、学校の決めたことだし。


 そう思いながら防波堤の上を一人歩く。

 防波堤の先からもそこそこの砂浜が続く。消波ブロックが遠くに見えて、波が白く泡立っていた。


 海に近づくと両親は嫌な顔をする。プールで溺れたことがあるから、水に連れていかれると思っている、らしい。

 水のないところなどどこにもないのに。


 いつものように、防波堤の果ての神社にたどりつく。そこは海難事故などの慰霊碑もあるような場所だ。数段だけ階段を上がり、小さな神社にお参りする。お賽銭は月に一度だけ。学生の懐事情を考えればそれでも多いほうだろう。


「合唱祭、つつがなく終了しますように」


 公民館を借りてやるような年間行事はこれしかない。一般の部もあるくらいなので、地域の行事でもある

 私は歌うのは好きではない。


 はじめは幼少期。保育園でみんなで歌いましょう、とやったときだ。

 気がつけば一人で歌っていた。伴奏をしていた保育士も同じ園の子もぼんやりとした顔でこちらをみていた。

 それが続き、保育士が他の保育士と変わり、それでも同じことが起こった。そこから、私はそれとなく歌うことをやめるように言われた。うたの時間だけ別室に連れ出され、ほかのことをしていた。

 あるいは、こっそりと歌われることをお願いされた。


 小学校にあがるころには、私の歌はどうもまずいらしいと気がつく。それからは本気で歌うこともなく、口パクで一部音を出す程度でごまかした。

 ところが、音楽の時間というのは一人で歌わされることがある。

 そこでやってしまったのだ。


 伴奏もなく、一人で、歌いきった後にいたのはぼんやりとした顔の群れ。

 さすがに怖かったが、一人、のんびりとした顔でぐっと親指を立てていたの我が友、百合である。付き合いの長い彼女は耳栓をつけていた。

 今日もいい演奏というが聞こえていなかったのではないかというと、体が感じるとか言ってた。骨伝導的なんかなんだろうか。


 それからは音楽の時間は演奏のみとなり、音感を見込まれピアノを習わされることに。絶対、うまくなると学校の先生の熱弁に負けた形だった。

 それは今も習っているが、受験を機にやめる予定はある。


「歌っていくね」


 本当は歌が好きだ。

 歌いたい。


 でも、それは良くないことだと思った。だれもが、ぼんやりとした顔でこちらを見ていたときに、心を落としたようだった。

 意識のないではなく、意思のない、群れ。


 思い出すそれを頭を振って追い出した。


 三曲ほど続けて流行りの歌を歌い、息をついたときにぱちぱちと手を打つ音が聞こえた。そこに視線を向ければ女性が立っていた。赤茶けた金髪は根元が黒い。日焼けした肌だけど化粧が濃いわけでもない。あまりこの神社に用があるようには見えない。


「あ、どうも」


 でも返事をしないのも感じがわるいかと会釈したのがまずかった。

 彼女はにこりというより口の裂けるように笑むのにびびった。


「可愛いサメちゃんを飼えるわ!」


「な、なんですか」


 それどころか急に距離を詰めてきて、両手をぎゅっと握られた。

 変質者の三文字が頭をよぎる。地元が出している注意メールにあったかな、ないなっ! 無事帰れたら連絡しておかないとと脳内を駆け巡る。


「サメ、かわいいわよ。買いましょう。ええ、主様に言って捕獲します!」


「あ、あの、うたなので……」


 脳内を浸食するサビがまずかった。

 きょとんとした顔をされて、あ、と呟いて、やだわ、わたしったらと手を放して離れていった。ほっとした。ふわりと漂う海の匂い。ざわりと鳥肌が立った。


「ごめんなさい。

 あなたの歌が素晴らしすぎて本当に欲しいのかなっておもっちゃって」


「水槽ないのでいりません」


「そうよね。水族館いるわね。

 本当にごめんなさい」


「いいえ。お姉さんは、サーファーですか?」


 先ほどは気がつかなかったがサーフボードが置いてあった。それに髪も濡れて半端に乾いたようにも見える。それなら海の匂いがしてもおかしくはない。

 少し甘い匂いもきっと香水かなにかだろう。


「そうよ。最近、来るようになったの。だから、こちらにもご挨拶に」


 見ればお供えと思われるお菓子が山盛りだった。社務所は閉められがちなのでそうなったのかもしれないが、猫が荒らしにくる。カラスも海鳥も。


「持ち帰られたほうがいいと思いますよ。

 野良猫も多いので。現金がいいかと」


「そ、そうかな……。地元のなんだけど。

 じゃあ、札で」


 賽銭箱に三枚ほど吸い込まれていった。お金持ちだ。

 彼女はお菓子をいそいそと袋に詰め直している。見ていれば、一ついる?と差し出してきた。確かに関東限定と書いてある。

 ありがたくいただくことにした。変な何かを入れるには手が込み過ぎている。


「近くに住んでるの?」


「ええ、まあ」


 学生服というのは、身分証でもあり、身元特定が容易いということでもある。近隣の高校の制服はこれだ。調べればすぐにわかる程度の話。セキュリティもあったものではない。


「じゃあ、ホテルの場所わかる? ちょっとね、スマホの充電が切れてね。駅にも充電させてくれそうな喫茶店なかったし。どこかあると思ったのに……」


「駅は、あまり使いませんからね。車ばかりで」


「レンタカーは怖かったから断ったけど、これは借りたほうがいいのか」


 思い悩み始めた女性を放置して、もらったホテルのパンフレットを見る。駅前というより、幹線道路沿いだ。


「歩いていくのはきついですよ。ソレ、持ってくんですよね」


「うん。がんばった」


「海近くの民宿にすればよかったのに」


「家を借りる予定で、荷物より先に人が来たらこうなったんだ。

 ちょっと、助けてくれやしないかな」


 じーっと見てくる。不審者でやっぱりよかったかもしれない。


「タクシー、捕まえられなかったの。車通るの? ここ」


「…………通りません」


 無料労働力に駆り出されることもなく少しばかり肩透かしだった。どうしたの?と言いたげな彼女の視線をちょっと避ける。


 確かに海水浴シーズン以外は悲しいくらいに人がいない。そのため、暮らしている人しか車に乗らないし徒歩で歩いている人など皆無だ。

 幸いというべきか、私はスマホの所有が認められていたので地元のタクシーを呼んだ。


「ありがとうーっ!」


 ぶんぶんと手を振ってくれたので一応そっと手を振り返した。


 かなり、変な人だった。でも、嫌でもなかったような?


 翌日、百合に昨日のことを話した。両親は過保護というくらいに心配し、警察に届け出そうなので言えなかった。


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