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第1話 お姉さんぶる彼女

「今日は、とっても寒いわねー」


 のほほんとした声色で、紗絵(さえ)さんが言う。控えめに染めた茶髪が風にたなびく。彼女の背丈は約170cmで、俺より10cm程高い。だから、いつも見上げる形になってしまう。


「ちっとも寒そうに聞こえないんだけど」


 少し欠伸をしながら、答える。この人はいつもぽわぽわとした声色だから、本気か冗談かよくわからない。


「そんな事ないわよー。あ、でも、むーちゃんと手を繋いでるから暖かいかも」


 紗絵さんにそんな事を言われて、顔がかあっと熱くなるのを感じる。


「……」


「あらあら。赤くなっちゃって。もう、可愛いんだからー」


 なんて言って、抱きしめて頬ずりをされる。


「もう、子ども扱いはやめてくれよ。高校生にもなってさ」


 少しムスっとして言い返す。


「私にとっては、むーちゃんはむーちゃんだもの」


 そして、聞く耳を持たない紗絵さん。


「ところで、寝不足?さっき欠伸してたけど」


「ちょっと、夜ふかししてゲームしてただけ」


「夜ふかしは健康に悪いのよ?」


 メっとするように言われる。


「わかってる」


 ここ最近の日常は、こんな感じだ。


 今日はバレンタインデー。そして、今は最近彼女となった紗絵さんと手をつないで歩いている。実は、バレンタインデー《《だけじゃない》》のだけど、きっと紗絵さんは忘れてるだろうな。


 俺は、岡崎夢有(おかざきむう)。下の名前がちょっと……いや、かなり変わっているが、高校1年生だ。特別運動ができるわけでもなく、勉強ができるわけでもない。容姿は幼いと言われる事がよくあるが、それくらいだろうか。


 そして、今手をつないでいる紗絵さんこと、春日紗絵(かすがさえ)さんは高校3年生。もうじき受験を控えている。女子にしては高い170cm近い身長に、ストレートに流したロングの茶髪、ほんわかとした声色が特徴的な人だ。


 彼女から告白されたのは、去年の暮れのこと。


「むーちゃんのこと、ずっと好きでした。恋人として付き合ってください」


 そんなストレートな言葉に、俺の心は瞬く間に射抜かれてしまった。


 両親が仕事で、昔から鍵っ子だった俺は、彼女に幼い頃から面倒を見てもらって、ずっと彼女に憧れていた。というわけで、俺は一も二もなく了承。そうして、紗絵さんと恋人になったのだけど、2つ、モヤモヤする事がある。


 1つは、彼女がやたらお姉さん風を吹かせること。付き合っても、子どもの頃面倒を見てくれていた頃からの、「むーちゃん」という呼び方を止めようとしない。


「むーちゃんって子どもっぽいから止めてくれよ」


 と言ったことがあるのだが、


「私にとって、昔からむーちゃんはむーちゃんだもの」


 と梨の礫だった。夢有(むう)なんて変わった名前を付けた両親にも恨み言を言いたいが。


 それだけじゃなく、何かにつけて俺の世話を焼こうとする。俺の部屋を当然のように掃除して、エッチな本を見つけられたこともある。そういう時に、妬いてくれればまだしも、


「男の子だもの。仕方ないわね」


 なんて、平然と言われてしまう。理解があると言えばもっともらしいけど、子ども扱いしてるようにしか見えない。


 もう1つは、俺の背が低いこと。というより、彼女の背が高くて、俺の背が低いことだ。恋人同士になった後でも身長が変わるわけもなく、並んで歩く時、いつも、俺は彼女を見上げていた。


 それだけならいいのだが、街中を手をつないでデートしていると、たびたび姉弟に間違われることがある。


「姉弟仲が良くて、羨ましいですね」


 なんて、店の人に悪意なく言われたときは、恥ずかしくていたたまれなかった。


「姉弟じゃなくて、付き合ってるんです」


 って言ったら、店の人はとっても気まずそうだった。




「そういえば、今日はバレンタインデーだよな」


 手をつなぎながら、話を切り出す。


「どこかデートに行く?あ、もちろん、チョコは準備してあるからね」


 付け足したのは、俺がチョコの事を気にしていると思ったんだろうか。それにしても、やっぱり忘れてるらしい。この人らしいけど。


「そんな気を回さなくて大丈夫だから。紗絵さん、受験勉強で大変だろ」


 紗絵さんは、年が明けて受験が近づいてからも相変わらずだったが、本当なら受験勉強で手一杯のはずだ。よく見ると、目の下に少しクマがあるようにも見える。


「むーちゃんはそんな事心配しなくていいの。お姉さんに任せておきなさい」


 「お姉さん」の部分を紗絵さんはやたら強調する。そういうお姉さん風を吹かせようとするところが、少しもどかしい。


「それで、デートなんだけどさ。寒いし、俺の部屋でゆっくりしない?」


 考えていた事を切り出す。


「むーちゃんと家でゆっくり……。エッチな事されちゃうのかしら」


 「きゃ」なんてわざとらしく言いながら、からかってくる。


「そんなんじゃないって。ただ、ゆっくりしようってそれだけ」


 紗絵さんとエッチな事をするのを一瞬想像してしまい、慌てて振り払う。いけないいけない。ちなみに、俺はまだ童貞で、紗絵さんとエッチな事をした経験もない。


「もう、無理しちゃって。お姉さんはいつでもいいからね♪」


 相変わらずお姉さん風を吹かせてくる紗絵さんだけど、今日こそはその立ち位置から脱却するつもりだった。


 そのための策もある。


「放課後、楽しみにしてて」


 決意を秘めて俺はそう言う。


「うん。楽しみにしてるね♪」


 能天気に答える紗絵さん。


 もっと彼女に頼ってほしい。そんな想いを秘めて、俺たちは登校したのだった。

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