第9話 婚約と同盟
王妃が少しばかり咳き込むと心配そうに宮廷医と侍女が身体を支える。それを王妃は手を振って大丈夫であると示した。
「ではフレデリック。式場で会いましょう」
「はい。母上」
クローディア王妃はお供を連れてフレデリック王子の部屋を出ると、みな安堵して細くため息をついた。
王子は勢いよく振り向いてモロスに尋ねる。
「ねぇモロス」
「なんです殿下」
「式場ってなんの式なの?」
「まぁ呆れた。今日は長年敵対していたジカルマと和解し、友好を約束する同盟式典ですわよ。もう何日も前から言っておりましょう。聡明が聞いて呆れますわよ」
「そうか。同盟かぁ。向こうの方が大国なのに、我が国からなにか宝物の進物でも出したのかなぁ」
「御意にございます」
「どんな宝?」
「そうですわねぇ。未来の王の子はジカルマと血縁者になる……と言うようなことですわ。言わば子宝と申しましょうか?」
「なんだそりゃぁ。ボクにはチンプンカンプンだよ」
「そうでしょうねぇ」
6歳のフレデリック王子には分かるはずもない。この話はジカルマ側から出たことだ。フレデリックはクローディア王妃の一粒種。将来は必ず王太子となるであろう。
であるからジカルマ王国の王女を妻合わせる。将来はジカルマの血を引いた王子が生まれる。
ジカルマにしてみれば戦略であったに違いないが、長い敵対関係が解消される。タックア王国はその婚約から出る同盟に大きな期待を寄せていた。
つまりフレデリック王子とジカルマの王女とが婚約。
両国の和解は本日のめでたい式で結ばれることとなったのだ。
そんな難しいことは王子は知るはずもない。
取りあえずフレデリック王子を先頭に警護騎士、侍従長モロスと侍女二人が続いた。
王座の前にある大広間の扉を王子に成り代わり警護騎士の二人が開くとそこには隣国ジカルマの大使と副官。さらに数人が進物や旗を持って並んでいる。
タックア王国側はフレデリックの父である国王とその叔父である宰相。その他文官が立ち並んでいた。
王子フレデリックの姿を見ると、王のそばに立つよう促され、その場へ進むとすでに段取りが進んでいたのか互いに書面にサインを交わし調印した。
ジカルマの大使は国王の調印を受け、安堵の表情で細くため息をつく。
「ああ。これで大任が果たされました。肩の荷が下りホッとしております」
「ではこれにて我が国とジカルマは友好国となり、軍事同盟を結んだのですな。更には先代の頃にとられた4城を割譲されるとはなんとも積年の思いが果たされたようです」
大人たちがそんな談笑を始めると、フレデリック王子はたくさんの人々に興奮気味となり、ジカルマ側の人間を観察する。
それはタックア王国の服装とはところどころ違う。
そもそもタックア王国は武道の国である。それに比べてジカルマ王国は魔道の国。魔法によって政治を行い、軍事を行う。
タックアからみれば邪道なのだ。魔法とは正しき道ではない。魔の力を借りている。蛮族の鬼道なりと昔から蔑んできたが、その蛮族はいつの間にかまわりの小国を統べてしまい、自国より大きくなってしまった。しかも文化レベルも高くなり、もはや蛮族とも言っていられない勢力となったのだ。
それに魔道の国とは昔の話で、今では魔法使いは少なくなっている。だがやはり国の中枢には魔法使いは存在し、魔道大臣というものが数人いた。
そしてここにも魔道大臣が大使と共に居る。
それは二人の女性で、揃いの魔道大臣の服装をし、胸には輝く勲章。利き手には魔導師の杖を握っていた。
その足下には幼女。腕にもっと小さい女の子をかたどった人形を抱いている。
それを見てフレデリック王子は嬉しくなった。
こんな大人だらけの中に自分より小さな子どもがいるとは。
王子はクフクフと笑うとそこに、母親であるクローディア王妃が侍女に支えられながら近づいてきた。
「ふふ。フレデリック。気に入ったようね」
「あ。母上。なにがです?」
「あそこに控えるのは将来のあなたのお嫁さんよ。小さいながらも魔道大臣を二人連れて半年、我が国に語学留学するというのですから大したものよ」
「へぇ……。え? お嫁さん?」
「そうよ。半年も一緒にいることになるのですからお互いに勉強の傍ら遊んで今から縁を深めるといいわ」
「ほぅ……。あれが私の将来の嫁ですか」
フレデリック王子は、その小さな彼女に近づいて話し掛けた。
式場が少しばかりざわつく。
「君。大人ばかりの上にこんな堅苦しい場所は子どもでも肩が凝るだろう? 少し城の中を案内しよう」
「え? は、はい」
わずか6歳の児童とは思えない口ぶりに、ジカルマ王国の大使はこれは聡明な王子だと目を大きく見開いた。
他の副官や家来たちも同じだ。
タックア王や王妃も。




