第6話 やっと気付いた
王太子が複雑な面持ちで扉を開けると、いつもの席でローズは休憩をしていた。国王の看病をした後のひとときのお茶。その時間に大抵王太子は話をしに来ていたのだ。
王太子の目の前の席にちょこんと座って彼が来たことに優しく微笑む、鷲鼻魔女顔のローズ。前には嫌っていた顔に王太子も顔の筋肉が緩んで笑みが浮かぶ。
「英邁なるフレデリック王太子殿下。本日もおいで下さったのですね。感激です。ソフィアがお菓子を焼きましたの。よろしければ一緒に召し上がりません?」
王太子は自分の予想が大方当たっていたので、笑ってしまうと、ローズは自分の顔を押さえて赤くなった。
「私の顔に何か付いておりますでしょうか……」
そんな可愛らしい答えに近づいて前髪を上げる。
「付いていると言えばこれだな。うっとうしく目を隠すなんて」
しかしその髪はクセなのかすぐに元通りに下がる。だがわずかなその時間。王太子はローズの目を初めてまともに見ることになった。
「……キミは……美しい目をしているね」
「そんな……! もったいのうございます」
「まるで月の女神のような……」
「まぁ、殿下は月の女神を見たことがありまして?」
「え。あ。うん。それは……内緒の話だな」
「まぁ」
褒められてローズは赤くなって顔を伏せる。王太子もそんなことを言ってしまい戸惑った。
そして考える。彼女は自分にとってなんだろうと。お茶飲み友達。話し相手。しかしよくよく考えれば5年前に結婚した自分の妻ではないか。その妻に初めて送った「美しい」という言葉に照れてこちらも顔を伏せ小さいテーブルに前のめりになり暫時静寂が包む。
柱時計の振り子の音が二人の空間を支配していたが王太子が口を開く。
「……ああ。ああ。ローズ。好きだ」
「え?」
「ああ、なんてことだろう。5年間キミを無視し続けた自分を殴り殺してやりたい。こんなに愛しい気持ちが今更湧いてきてしまうなんて私はバカだ。そして側室に子供まで作ってしまうなんて」
「え? え? え?」
あまりの王太子の言葉にローズは目をグルグルと回してしまい、そのまま卒倒しそう。
王太子はそんなローズの手を取ってテーブルの上で組み合わせた。
「なぁローズ。キミの気持ちを聞かせて欲しい。キミは私を愛しているかい?」
ローズは声を出せずに二度ほど頷いたあとで答えた。
「私は……私は5年前からずっと殿下を愛しております」
「……は、はは。じゃ、じゃぁ良かった……」
しばらく沸騰しそうなくらい顔を赤くしている二人。その雰囲気を割れんばかりの拍手で打ち破ったのはソフィアとレダ。こちらの二人も涙を流している。
「おめでとうございます姫様」
「良かった。実に良かった。コングラチュレーション姫様」
二人に祝福されてますます赤くなる夫妻。
しかしソフィアが尋ねる。
「しかしなぜ姫様を追い出そうとしたのです?」
「そ、それは……」
少し言葉に詰まってしまう王太子。罪悪感からそのことを告白する。
「実はローズがタックアの国家転覆を狙い、自ら女王に即位するために父を毒殺しようとしてると聞いて……」
「はぁ? 姫様が? 陛下を毎日看病してるのは姫様ですよ?」
「うん……」
「誰から聞いたのです?」
「それはそのう……」
「第二夫人のシンディ嬢?」
「あと、町の噂になっていると……」
「よく町に行きますが聞いたことございませんよ?」
「そうなのか……?」
大きくため息をつく侍女二人。レダは室内にある温室より、シンディへ贈ったものと同じ花を持ってきた。だが色が違う。
「まぁ。スピイ花だわ」
ローズもその花を知っているようだった。それが二人のテーブルの中央に置かれるとローズはその花の説明をした。
「これはレダの魔法によってジカルマにいる母とお話しすることができる花なのです」
「へぇ」
しかし、レダは追加で説明をする。
「この花は同じ花のある場所の言葉を聞かせてくれるのです。先ほど王太子殿下はシンディ嬢の部屋にこれを置いてきたのでしょ? そこに誰かいれば会話していることでしょう。その話を聞くことが出来ます。今魔法をかけますがよろしいですか?」
「そ、そう言えば彼女の兄のエリックが同室にいるな。盗み聞きは良くないがどんな魔法か見てみたい気がする……」
「では良いということで。魔法をかけます」
レダはモゴモゴと口を動かして花の上に手をかざし、数度手のひらを回転させると、少しずつ花から声が聞こえてきた。それはエリックとシンディの声。
その会話は余りにも残酷なものであった。




