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王太子さまの愛する人は  作者: 家紋 武範
小さな恋の物語
34/34

第34話 嫉妬と災厄の魔女

タイライノ公爵とブロウは、厚着をして食糧を担ぎ、都から遥か離れた高山を登っていた。山頂は万年雪に包まれ、人跡未踏の地と言われるような場所だ。好んでこんな山に来るものなどいない。


日が暮れる頃テントを張り、酒を飲んで寒さを凌ぎながら山頂を目指した。タイライノの贅沢な暮らしからではとてもたえきれるものではなかったが、歯を食いしばって山を登った。

復讐のため。

追放した王を許さない。

全てを奪った王子を許さない。

その思いがタイライノの足を進めたのだ。


正直ブロウは、タイライノが狂ってしまったと思ったが、拾って貰った恩を感じてついてきていた。


やがて、針葉樹の森の中に入る。まるで樹木の壁。

そこをまっすぐに進むと、目の前に小さな城が見える。


「こ、これは……?」

「あれぞ、全てを嫉妬する、嫉妬と災厄の魔女の城だ」


「まさか、本当に?」

「ああ本当だ。実際に見るまでは私も疑っていたが。ふふふ、やったぞ」


凍り付いた白い城。ほとんど雪と同化しているが、間近に見ると荘厳な造りだ。

だが、恐ろしさが迫ってくるようだ。

この中に嫉妬と災厄の魔女が封じられている。


お〜〜〜〜〜ん……


地の底から響くような呪いに似た声。

タイライノたちを呼んでいるのだろうか?

二人はすがって震え上がった。


「や、やめましょうよ。すぐに立ち去りましょう」

「バカ。ここまで来て帰れるか。武器が売りたくないのか? 栄華が欲しくないのか?」


「……欲しいです」

「だろう。だったら私もいるんだ。辛抱しろ」


重い重い石の扉を二人で押し開ける。

雪で凍り付き、力を入れてようやく開いたそこには、大きな広間がある。

その端には、鎖につながれ黒衣をまとった小さな女が、苦しみの声を上げてうずくまっていた。


「ヒィ! あれが魔女!」

「そうだ。何百年もあそこに繋がれて死ぬことも出来ない。つのり積もった怨みは魔力となって国々に戦争をしかけるだろう」


タイライノは恐ろしくないのだろうかとブロウはその顔を覗き込む。

魔女の姿は、震える痩せた少女。

二人は驚き、息を飲む。


「もうし……。私は魔女と言われて封じられましたが元々、この山の神だったものです。折檻を受けて充分に反省しております。どうぞこの鎖を解き放ち、私を元の山を守る神に戻して欲しいのです」


哀れだ。あまりにも哀れな声。

ブロウは近づいて鎖の元に近づいたが、固くとても戒めを解くことはできなかった。

そこにタイライノが近づく。だが魔女の方へだ。


「やい。哀れを誘ってもムダだ。お前の魂胆は分かっている。鎖を解いたらオレたちを殺して、魔女の恐怖を世界に振りまくのだろう」


魔女はギロリとタイライノを睨む。鋭い視線にブロウは睨まれてもいないのに凍り付きそうだった。

やはりこれは魔女。恐ろしく自らを偽って、鎖を解こうとしているのだと恐怖に震えた。

だがタイライノはその魔女に顔を近づける。


「お前を鎖から解き放てるのは私だけだ。タックアの王族。そしてお前の解放の仕方を知るもの」

「……タックアの王族。あの恨めしい一族か。何が望みだ? 富か? 権力の座? それとも名声?」


「その通りだ。それを私に約束しろ」

「いいだろう。鎖を解き放てば貴公に富と権力と名声を約束しよう」


タイライノがニヤリと笑う。しかしブロウは悪い予感しかしない。

慌てて駆け寄り、タイライノの腕を掴んだ。


「公爵。やめましょう。こんなところはもうまっぴらです」

「まぁ待て。待つのだ」


タイライノが荷物の中から棒状のものを取り出し、布をほどく。

そこから現れたのはカースの短剣。

ブロウは眉をひそめる。自分でもやってみたが、そんなチンケな短剣ではとても鎖を切り落とすことなどできまい。


「その短剣で鎖を切り落とせるのですか?」


タイライノは魔女の方を見る。

魔女は小さくうなずいた。


「……ブロウ。タックアは元々武術の国。それが山の神といえども強大な力を持つ魔女を封じることなどできると思うか? それには剣も必要だったが、魔の力も必要だったのだ。当時はタックアから見れば小さな部族であったジカルマの大魔道士が仲間となってこの魔女を封じたのだ。だから鎖には通常の人間では絶対に解けない戒め魔法がかけられている」

「へぇ! では、その短剣で魔法を解くのですな?」


そうブロウの言葉が終ると、タイライノはブロウの胸を短剣で突き刺す。

ブロウは何が起ったか分からずにその場に倒れ込んだ。


「な、なぜ……?」

「その魔法とはとてもお人好しばかりのタックアの王族にはとても出来ない。私の父とて。それはタックアの王族の血統のものが友人を殺しその血を鎖に振りかけることなのだ。ブロウ。キミはいい友人だった。だが私の野望のために死ねるのだ。本望だろう? ……もう聞こえないか?」


タイライノはタックア王族の血統。それが友人を殺し、鎖に血を振りかける。

ブロウの血を吸った鎖が切れる。泡立ち弾け、穴だらけになって酸を浴びたように。

それは少しずつ鎖を溶かし、魔女の手枷、足枷、首枷までに及ぶと、魔女は今まで締め付けられていた場所を触って、何も無くなったことを確認し、ニヤリと微笑む。


「さぁ魔女よ! タックアとジカルマに災厄を振りまけ! 戦争に戦争を重ねさせるんだ」


魔女はぼろぼろになった黒衣の裾を引くと、たちまち新品となる。

そして体が少女から大きく伸びる。たちまちタイライノの身長を追い越してしまった。

見上げるとそこには先ほどの少女の顔はない。

生臭い魚の突き出た顔。醜い醜い細い魔獣。それが尖った口で笑う。


「ぶふふ。お前には富と権力と名声を与えなくてはね。だがお前は何年後とも何年の栄誉とも言わなかった」


タイライノはハッとした。この重大な局面に自分のミスに気付いたのだ。


「凍れ!」


と魔女が叫ぶと、そこにはタイライノの氷像。

それを見て魔女は汚く笑う。


「ぶひゃひゃひゃひゃひゃ。何もかもが恨めしい。この男も恨みを持っていた。面白い。その恨みを私が引き継ごう」


魔女がタイライノの額に触れると、魔女はまた笑い出す。


「ひゃっひゃっひゃ。そりゃ恨めしい。小さい王子は聡明で、その婚約者の王女は美貌の女神に祝福を受けている。小さいながらに相思相愛。国民からの支持も厚い。それはそれは恨めしい。どん底に突き落としたい。苦しめて苦しめて仲違いさせたい!」


魔女は氷の城から消えた。一つの氷像と凍り付いた死体を残して。

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― 新着の感想 ―
[良い点] こんにちは。 昨晩、34話目まで読ませていただきました。 途中、「また泣かされた」と少し感情的な感想を書いてしまいましたが、あのあとさらに泣かされました。 というか泣きながら読み、途中…
[一言] なんでこう悪役ってのは自分の力では御する事の出来る筈のモノを復活させるのかね?(笑)
[一言] 己の恨みを邪なるものに託し、晴らさんとすると、最初にこうなると。
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