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王太子さまの愛する人は  作者: 家紋 武範
小さな恋の物語
30/34

第30話 モロス、いつもの朝

侍従長モロスの朝は早い。

夜遅くまで雑務を処理し、誰よりも早く起きる。

そして執務室を掃除した後、王太子の健康をタックアの神へと祈りを捧げるのだ。

その後、日が昇る前に出来たばかりの粥をすする。

食後になると、あくびをしながら侍女たちが集まってくるので、それらに仕事を始める指示をする。

太陽が少しばかり顔を出す。朝露を浴びた草花が光りだすのがモロスの好きな時間だ。

王太子を起こしに行く少しだけの休憩時間はこの頃。

窓側に小さなテーブルを用意させ、熱いお茶をすすりながら小鳥たちの歌を聞き少しばかり微笑む。

他の政務をはじめる者たちが城下から少しずつ集まってくる頃、すでに身支度を整えたモロスは、当番の侍女二人を従えて王室のある二階へを上がって行く。


静かな微笑みをたたえながら──。


今では誰もが尊敬する王太子を育て上げた自負がある。

王太子は私が育てた。

胸にはコサージュ代わりの白鷲勲章。特別に大きなリボンが施されている。

白鷲は王家の守護神。自分は王家の守り神である。

その気持ちがより一層、彼女に仕事の意欲を燃えさせるのだ。


「侍従長様おはようございます」

「おやラディ、エセル。昨日はよく眠れたかしら」


「ええ。本日も頑張りますよ」

「ほほほほ。では参りましょう」


警護騎士も従えて、未来の至宝である王太子の部屋のドアを叩く。


「おはようございます。殿下。モロスでございます。ドアをお開け致しますよ」


だが、「入れ」とも「良きに計らえ」とも言葉がない。まだ眠っているのであろうか。

少しばかり眉間にシワが寄る。

国民の模範とならなければならない王太子殿下が未だにベッドの上で高いびきなど許されない。


しかし、最近の王子は良い子過ぎる。

そんなことで咎めてばかりいたら、気持ちも小さくなってしまうのではないかと思い直した。


「いかがなされました? 侍従長さま」

「いやなに。コホン。王太子殿下は未来の至宝。少しばかりの寝坊を咎めようなど、そなたたちも控えるように」


「……いや。我々はなにも──」


その言葉を背に受けながら、モロスは王子の部屋のドアのカギを開ける。

上品に。いたって上品に体勢を整えて、胸を張り行列の先頭になって部屋に入って行く。

案の定、まだ起きていない。カーテンも開けていない。着替えた様子もない。

こめかみに血管が浮いたのを周りのものは気付いたであろうか?


「ま、まだ寝室なのかしらねぇ。王太子さまぁ」

「……う、うん。モロスか。入れ」


王子の寝惚け声。行儀がなっていない。だが王太子は未来の至宝。

その言葉を胸に抱いて、わざわざ寝室まで迎えに行った。

そして寝室の入り口で深々と礼をする。


「おはようございます殿下。本日も変わらぬご尊顔。まさに未来の至宝でござ……」


しかし、モロスは最後まで言葉を言えずに完全に固まった。

ベッドの上で座ったまま大きく伸びをしている王子のそばにはまだ眠っているクローディア王女。


「で ん か……」

「おう。モロス。本日も出仕ご苦労である」


だがモロスはあまりのことに後ろに倒れそうになるのを、警護騎士のラディとエセルが抱え込んだ。

まさか婚約者とはいえ、ベッドに誘い込むとは。

年端も行かぬと油断をした。これでは自分自身が咎められる。

なんとしたことであろう。なんとしたことであろう。


「殿下……。なんたる破廉恥。なんたる軽薄」

「ん? どうした。ボクもクローディアも腹が減った。そうそうに食事の用意をいたせ」


まったく悪びれる様子のない王子に対し、モロスは拳を強く握る。目まいもするが持ち直した。

王子はまだまだ子ども。一緒にベッドに寝ているのはいつもの遊びの延長。そんな男女の睦み合いなど知るわけもない。第一、自分はまだ性教育をしていないのだ。


安心だ。安心。


自分の中にいるそんな思いと懸命に戦って、王子は何もしていない。出来るはずが無いという回答にたどり着き、もう一度背筋を伸ばし笑顔を作る。

すると、クローディア王女も目を覚まし起き上がった。


「おお。クローディア。起きたか」

「あ、殿下おはようございます。皆のものもごきげんよう」


普通だ。何ともない普通の挨拶。二人の寝室にいても咎められることはない。完全に落ち着いたモロスは侍女に命じて王女を部屋に帰らせ、王子の着替えをさせようと思った時だった。

王子と王女がベッドの上で何気ない会話を始める。


「いやぁクローディア。昨日は激しかったな」

「はい殿下。入り口をあんなに濡らしてしまい申し訳ございません」


「ははは。気にするな。もう乾いているだろう──。どうしたモロス! しっかりしろ!」


王子と王女は昨晩の風雨と雷の話をしていたのだが、それを聞いたモロスは完全に意識を失って、白目を剥いてその場に倒れてしまった。

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