第29話 雷鳴
侍従長モロスも自分が育て上げて来たフレデリック王子が王太子となって鼻が高かった。
あのイタズラ好きな王子が国民に慕われる王太子。
しかし少しばかり心配なのは、6歳の割にずいぶんと大人びてしまったということ。
それはクローディア王女も一緒で、おおよそ子どもらしくない。
今までは王子と王女に大人しくなさいと言っていたものの、最近では子どもらしく遊ぶことを推奨したが、なぜか二人がくっついている姿に、年頃の男女の恋愛を感じてしまい、最近はハラハラしていた。
その夜。クローディア王女は寝室で眠っていたが、真夜中に目を覚ました。
真っ暗な部屋の中でぽつんと一人だけ身を起こしていたのだ。
外は大風が吹いて窓ガラスを叩く。そして冷たい風の歌声。小さな王女は恐ろしくなって魔道大臣の二人を呼んだ。
「ソフィア。レダ?」
しかし声は帰ってこない。それもそのはず。二人は国元で火急の用が出来てしまい、王女がぐっすり眠っているのをいいことに魔法で国に帰ってしまっていた。
この広い部屋に王女は一人だけ。
部屋は暗い。だが一瞬だけ空が光る。それは雷だった。
「ぐす……ソフィア。……レダ」
子どもには雷は恐かったのであろう。
助けを求めても声が聞こえない。王女は震えて窓の外を見ると、王子の部屋にはまだ灯りがついている。
王女は、人形のローズを抱きしめた。
廊下に出ると警備の兵士に止められて部屋に戻されてしまうだろう。
彼女は、バルコニーへのドアを開けると強い風が吹いていた。
バルコニーを通って王子に助けを求めるために灯りを目指して歩き出した。
風が吹く。空が大音を鳴らして光る。
王女は人形を抱きながら小さく叫んだ。
足がすくむがここで立ち止まるわけにはいかない。
いつもは素晴らしい庭園なのに、木立が魔物のように見える。
怖くて、恐ろしくて、足早に王子の部屋に向かったが、彼女の頬には雨粒が着いた。
そうなると雨が一気に降り出す。
王子の部屋までもうすぐなのに、雨の跳ね返りで王女の足下は土で汚れ、髪も体もずぶぬれになってしまった。
ようやく王子の部屋へ着くも王女は王子の部屋になんと声をかけていいか分からずに、バルコニーの大きな窓の前に立ち尽くしてしまうと、灯りがフッと消えてしまった。
その時、王女の胸が冷たい手で潰されるようになってしまい、頭の中も真っ白になってしまった。
どうしていいか分からず、その場にしゃがみこんで泣き出すと、そのバルコニーに続くドアが開いた。
「あ。クローディア。どうした……?」
それは王子の声。しかし涙は止まらない。
王女はそのままうずくまって泣いてしまったが、王子は近づいて彼女を立たせて部屋の中に入れてやった。
王子の部屋の灯りは燭台の蝋燭に火が一つ。
そんな薄暗い光りの元で、未だに轟く雷鳴に王女はおびえて泣きぐずっていた。
王子も心配して彼女に寄り添う。
「どうした? こんな夜中にバルコニーから来るなんて……」
「あの……あのね。殿下、わたし、かみなりが怖いんです……」
「大臣たちは?」
「それが、それが、どこにもいなくて……」
「そうか……」
「一人じゃこわくて、こわくて……」
「そうだよな……」
王子は王女を自分の浴室に連れて行き、残り湯で足を拭いてやり、髪や濡れた場所を拭いてやると、王女も少しばかり落ち着いて来た。
この部屋には二人きり。しかし雨の中部屋に返すなんて可哀想だと王子は思った。
「うん。クローディア。どうだ。ボクのベッドで寝て行くか?」
小さくうなずく王女。もちろん王子に大人のような下心はない。
純粋な可哀想とか気の毒だという思いだけだ。
王子は大きなベッドに彼女を寝かせて自分もその隣りに横になり、毛布をかけるとようやく王女も笑顔になった。
「どうだ。雷なんてものはこうしてヘソを隠してしまえば怖くない」
「はい。うふふ」
薄暗い中で微笑み合う二人。
外ではまだ雨風や雷鳴の音が鳴り響いている。
「殿下は、こわくないの?」
「怖くない。と言えばウソになるな。本当は怖くなって寝てしまおうと思っていたんだ」
「まぁ。うふふ」
「ふふふ」
見つめ合う二人。まだ男女の睦み合いなど知るはずもない。
それにまだ幼い。だが本能なのであろうか?
二人は今まで頬にしかしていなかったキスを初めて互いの唇にして、そのまま眠りについたのだ。




