第15話 高い場所から
クローディア王女は、タックア王国へと来ることは本当は不安で不安で仕方がなかった。いくら魔道大臣が二人お供で付いてきたといっても肉親ではない大人。
国のためにローズという人形を抱いて異国へやって来たのだ。
しかし、将来自分の夫となる王子は文句の付け所がないよい少年であった。
毎日毎日一緒にいるが楽しくて仕方がない。不安であった異国の生活を楽しいものとかえてくれた王子。
クローディア王女はフレデリック王子のことが誰よりも大好きになっていた。
お供であるジカルマの魔道大臣の二人は、異国でも楽しそうなしっかり者の王女に安心した。お供ではあるが、大臣である。お供の方が兼務で自分たちには仕事があるのだ。
なぜそんな多忙である彼女たちが異国へとお供へと派遣されたのか。
「では姫様、行って参ります」
「大丈夫ですよ。日が落ちるまでには帰ります」
「うん。大丈夫よ。今日も授業があるし殿下とも遊びますから暇な時間などないもの」
「安心致しました。では」
「うん」
そう言うと彼女たちの姿はフッと消える。
魔法使いである二人には国と国へを移動する魔法を使えばあっという間なのだ。
クローディア王女は二人が行ってしまった後、一人残された広い部屋でまずは寝室のベッドの上に人形のローズを寝かしつけ、自分は窓からバルコニーの先にあるフレデリック王子の部屋を見ていた。
しばらく眺めていると閉じられたカーテンが開き、小さな王子の顔がこちらの方を向いている。
王女は嬉しくなって小さな手のひらを振ると、王子はそれに気付き、あわせて大きく手を振っていた。
嬉しいという気持ちが王女の中で膨らむ。しかし同時に寂しい気持ちも湧いてきてしまった。
肉親のいない異国。お供の魔道大臣も国へ帰ってしまった。頼るべきは王子だけだ。大好きな王子。甘える相手は王子しかいないのだ。
窓に背中を向けて肩をふるわせる。
気を張っていたのが急に緩んでしまった。
それはそうだろう。わずか三歳の子供だ。今までこらえていたのだって王女だからという気持ちがあってこそだ。
本当は誰かに甘えたい。甘えたいのだ。
「どうした……?」
背中から聞こえたのは王子の声だ。王女の姿が見えたので、彼は朝の挨拶をしようとバルコニーの庭園を駆け抜けてやって来たのだ。しかしそこには今まで見たことがない王女の肩をふるわせる姿。
王女はすぐさま涙を拭いて気丈な笑顔を作って振り向いたが、王子の顔は真剣なままだった。
「何でもないのです。殿下」
「……そうか」
「今日も殿下と遊べるの、とても楽しみですわ」
「なぁクローディア。朝食前に少し付き合ってくれるか?」
「え、ええ」
そう言って王子は王女をバルコニーへ連れ出す。
部屋の入り口には警備の兵士が立っている。それを避けて庭に出るのはきっと誰にも秘密な行動なのであろうと察した。
王子は庭の庭園にある茂みに入り、どこをどう歩いたのか二人はいつの間にか1階へと降りていた。
王子は更に進んでいくと、そこは見張り塔であるようだ。
古い造りの木の扉を開けて、階段を登ってゆく。
王女は少し怖かったが前に王子がいるので安心していた。しかし長い長い螺旋状の階段だ。王女は少し目が回りそう。
やがて階段が途切れて小さな扉がある。それを王子が開けると、そこは小さな部屋だった。
「ここは……」
「ここは前に使われていた見張り塔だ。今は新しい見張り塔がある。たまに巡回の兵士が来るくらいだ」
「どうしてここへ?」
王子が少しだけ笑って答えた。
「ボクも母上が恋しくなるとここへ来て一人寂しさを紛らわせていたんだ。今キミにはそれが必要だと思ってな」
そう言って微笑む。王女は自分の気持ちを分かってくれた王子に微笑み返した。
「あ、ありがとうございます」
「いや。礼を言うにはまだ早い」
そう言いながら王子は目配せをする。そして壁に向かって両手を添えて上に上げると光が漏れる。そこは小窓であった。小さな小さな窓。身を乗り出せないが遥か遠くまでよく見えた。
「まぁ! エシエント山だわ!」
「そう。キミの故郷の山だ」
そこには大きく天を刺すような高い山。ジカルマ領で一番の高山エシエント。神秘的な白いとがった山を二人はしばらく眺めていた。
「エシエントには白い白い聖なる龍が住んでるんです」
「ほう」
「それは邪気を祓うジカルマの守り神なんですよ!」
「そうか」
「すごーい! ここからならジカルマが見えるんだわ!」
「そうだな」
王女は時を忘れて故郷の山を見つめる。思い出すのはジカルマの肉親たち。王女は小さな声で父や母、兄弟たちの名前をつぶやいていた。そして満面の笑みで王子の方に振り向く。
「殿下。ありがとうございます!」
「いいさ。いつも笑っている方がキミらしいよ。クローディア」
二人は微笑み合う。更に二人の距離が近づいたように感じた。この小さな空間に二人きり。二人はいつものように秘密のキスをし合った。




