第13話 花飾りとキス
それからクローディア王女の語学勉強が始まった。
フレデリック王子の部屋からその部屋は見える。
王女に与えられた部屋は、王子の部屋を出てバルコニーにある庭園を挟んで迎え合わせ。
彼はバルコニーを出て、よく彼女の部屋を覗きにいった。
モロスの指導は優しいものだった。
自分に対する教え方と違っているので王子は少しばかり苦笑いする。
王子が覗いているのが分かると、モロスはそこへやってきてカーテンをしめてしまう。
その様子を見て王女は口を押さえて上品に笑うのだった。
勉強が休憩となると、王子はバルコニーの庭園へ彼女を誘った。
王妃が庭師に作らせた見事な庭園。中央には噴水もある。
「クローディア。花は好きか?」
「ええ。とっても」
勉強して少しずつ言葉を覚えていく王女。
聞き取りづらさも少なくなってきた。
王子はそれほど花には興味はなかったが、王女が喜ぶので、種類が違うものを一つ一つ指差しては奇麗だと言う。王女もそれに頷く。
そこで王子は大振りな花を一つ手折ると、彼女の髪へ挿した。
見事な花飾り……に思えたが、王女には少し大きかったようで頭が前のめりになってしまった。
「ぷぷぷ」
「まぁ、笑うなんてひどいわ」
「少し大きかったな。じゃぁこっちは?」
先ほどの大輪とは別にこぶりなものを髪にさすとまさに女神が下凡。地上に現れた小さい女神が目の前にいるので、フレデリック王子は暫時動きを止めて赤くなっていた。
「殿下、どうかいたしまして? またおかしいのかしら?」
「い、いやそうではない」
王子は小さな胸をドキドキさせながら、もっと小粒な花を手折り近づき、クローディア王女の抱えるお人形の髪へとそれを挿した。
「ローズにも花をやろう。クローディアもこんな風に似合ってるぞ」
「まぁ。ローズ良かったわねぇ。殿下からの賜り物、大事にしなくっちゃ」
そういうと互いに微笑む。王子はどうしても王女のことが可愛くなってそっと近づいてその頬にキスをした。
王女は突然のことに赤くなり言葉を失って下を向いてしまう。
「ま、まぁ……殿下ったらいけない人」
「そういうな。大人はこうして好きな人にキスするらしいぞ。モロスに習った」
「まぁ、モロスったらそんなことも教えになるの? いやだわ……恥ずかしい」
「なぁクローディア。ボクたちはまだ小さい。でも大人になったら結婚するんだ。今からこんな気持ちになってちゃおかしいかな?」
「そ、そんな。クローディアは……。あの、そのぅ」
「ふふ。また来たばかりのときみたいに言葉がおかしくなっているぞ」
「もう……殿下のいじわる」
そこは二人だけの空間。少し離れた場所に警護騎士のエセルとラディ。
二人はその二人のやりとりをよくは聞いていなかったが、たまたまクローディア王女の部屋で休憩していたモロスはそれを見てしまい、驚いてバルコニーのこの庭園へとやってきたのだ。
「殿下、殿下」
「おう、どうしたモロス。今日はいつになく面白い顔だな」
「顔などどうでもよろしい。今何をしてらっしゃいました」
「ああ、そうだモロス。少ししゃがんで頭を突き出せ」
「は、はぁ?」
モロスはしゃがんで頭を突き出すと、王子はそこへ先ほどクローディアの頭には大きかった大輪の花を挿し込んだ。モロスの自慢の黒髪が白と桃色の花びらにひと際映えたのだ。
「おお、良く似合ってるぞモロス」
「ま、まぁ。花飾りですか。老臣をからかってはなりません」
といいつつもまんざらではない様子。近く似合った噴水の水面に自身の顔を映して花を位置を少しばかり直してハッとした。
「い、いえ。花などどうでもよいのです。殿下は王女殿下に、その……キッスをしてらっしゃいませんでした?」
「ああしたぞ。私の婚約者なのだから別段よいだろう」
悪びれた様子もないのでモロスは口を開けて呆れてしまった。
「殿下にはまだ早うございます」
「どうしてだ」
若くから異性に興味を持ち、早くに男女の快楽を覚えてしまうと、そればかりに没頭してしまう。政治や民への関心も薄らぐ。
また王女への肉体的なダメージもあるかも知れない。まだ小さい二人を余り大人のような振る舞いをさせるのは得策ではないとモロスは考えたのだ。
「コホン……。両殿下にはまだ覚えなくてはいけない勉強がございます。その息抜きに子供らしい遊びなら結構でございますが、大人のような振る舞いはお控えなさい」
「ふうん……。今のは大人のような振る舞いなのか」
「御意にございます」
「分かった。控えよう」
「さすが将来の賢王様ですわ」
なかなか聞き分けのよいフレデリック王子に今後は性教育を少しばかり遅らせようと思うモロスであった。
フレデリック王子の方もなぜかそれがいけないことだと感じたのか、素直に従い遊びと言えば子供らしくかくれんぼや玉遊びをするようにし、たまにクローディア王女にあわせて、ローズを子供としたおままごとなどもしたが、それは王子にとってはそれほど楽しいものではなかった。だが王女が喜ぶので合わせて遊んでやっていた。




