エピローグ
書き上がった手紙に封をする。
ギリギリになってしまったけど、後はこれを本番で読み上げれば良いだけ。
「よし!」
ふう、と息を吐いて気合を入れ直すと同時に、部屋の扉が叩かれた。
「入るぞ」
「って先輩、ノックしてすぐに入るのはマナー違反ですよ。それに一番先に新郎が入るってどうなんですか。式の直前に新郎が新婦に会うのは、あんまり縁起良くないって聞いた事が……って聞いて無いですね、空条先輩」
返事も待たずに進入してきたのは明日葉さん。その後ろからは困った顔の親友、櫻ちゃんが入って来た。
短大に入学したのを機に、私は恋人の呼び名を明日葉先輩から明日葉さんに変えた。
違う大学にいて先輩も後輩も無い、いつまで先輩後輩でいるつもりだ、対等に俺を見ろ、と他でも無い明日葉さん本人に言われたからだ。
最初こそ恥ずかしくてなかなか呼べなかったけど、色々あった……(思い返して悶絶しかけたけど何とか頑張って気合で立ち直らせたよ!)……あった結果、いまではちゃんとつっかえずに呼べるようになった。
『それはそれで惜しい』とか何とか言われた事もあったけど、それが本心じゃない事くらい、わたしにだってわかる。
明日葉さんには一緒に並んで立って欲しいって言われたし、対等な位置についてからが本当の闘いの始まりだって櫻ちゃんも言ってたもの。
大丈夫、分かってるよ。わたし、がんばるから!
明日葉さんはわたしを見るとつかつかと歩み寄り、手を取ってさらにじっと見つめて来た。
「奇麗だ」
「………恥ずかしいです」
新郎の真っ白なタキシードを着た、いつもよりさらに王子様みたいな明日葉さんに、蕩ける様な極上の笑顔でそう言われて、わたしの顔はものすごく真っ赤になってしまっているに違いない。
「えー、ごほんごほん。いい加減離れて下さい、そこ。式が終わったら思う存分好きにして良いですから、ちょっとの間くらい我慢して下さいねー」
横から呆れた様な声がかかって、わたしは思わず1歩下がった。うう、恥ずかしいよ。
でもね、呆れるのは分からなくもないけど、いくら何でも今のはあからさまに棒読みだったって分かるよ、櫻ちゃん。
「お邪魔します、……友美ちゃん、とっても奇麗。お姫様みたい…」
「お邪魔します、友ちゃん先輩。……わ、着てる所は初めて見ましたけど凄く綺麗ですね。空条先輩と並んでも全然見劣りして無いです。今すぐここでツーショットの写真撮りたいくらいです。そしてできれば真ん中に私も入れて欲しいです。さすが主人公ですね」
櫻ちゃんの妹美々ちゃんと一緒に現れたのは、後輩ちゃんこと、マリアちゃん。
普段は大人しめな彼女だけど、私と明日葉さんの姿を見た途端、いつになく興奮した様子でそう言って来た。
明日葉さんも新郎の衣装でかっこいいから余計かな?
「まーりゃん、じちょー」
でも、すぐに櫻ちゃんに止められてたけど。くすっ。
「おっじゃますーるよー!ブーケ持って来たー!ってわー、友美ちゃんキレーだねー!」
「様子を見に来てみたけど入っても良いかな花嫁さん。ああ、明日葉もいたんだ。どう?美人の花嫁さんを持つ気分は」
「明日葉、関係者並びに招待客、すべて会場入り完了との報告が……。驚いた、篠原か。……良く似合う」
「おい、お前等俺は良いんだよ席で見るから、………って、篠原、いや、これからは空条か。良く似合うと思うぞ」
「お、おじゃましまー……す。なんかこう、一緒に行って来いって言われて……。……その、すごく綺麗だよ、篠原さん」
マリアちゃんの後ろから、ブーケを持ってきてくれた東雲くん、それに今回の式でのデザート全般とウェディングケーキを担当してくれた観月先輩、私達の護衛から会場の警備主任担当まで引き受けてくれた椿先輩に、みんなに引っ張って連れて来られたらしい大寺林先生と木森くんがそれぞれ顔を出す。
嬉しいな、皆におめでとうって言われているみたい。
「私も邪魔して良いかな?ハイこれ、さっき作っててちょっと欠けちゃったから今の内に進呈。飴だったら口の中も汚れないと思ってさ。花嫁さんが今日は一番大変なんだから、少しでも元気付けておかないとね」
「えっ!?欠けたの!?」
「拙いと思ったからすぐに作り直して交換しておいたよ。後は手筈通り会場内へ運び入れるだけ」
背の高いボーイッシュなお姉さまは、観月先輩の恋人のレンさんだ。
現在は観月先輩の専属マネージャーでもある為、わたしもお会いする機会が多い。
今回の事では、パーティーに出す為の料理以外の事についても色々と相談に乗って貰っていた。
もちろん櫻ちゃんとも色々相談したり報告し合ったりしたんだけど。
「ありがとうございます、大事に頂きますね」
「時間無いから、口にするなら早めにね」
そう言って、クッキングペーパーの切れ端に包まれた小さな飴玉を手渡してくれた。
宝石みたいにケーキの周りに張り付けるんだって。実物を見るのはこれからが初めてだから、とっても楽しみなんだ。もちろん食べる方もね。
「いただきます」
どこが欠けてたのか分らなかったけど、ありがたくいただいた。
式が始まったら食べる暇ないよって、櫻ちゃんにもさんざん脅されていたもの。
キレイだとか似合うだとか、いっぱい褒められてくすぐったくて、それ以上に嬉しくて、照れ隠しじゃないけど、近くにいた櫻ちゃんにこっそり内緒話してみた。
「ねえ、櫻ちゃんは白樹くんとまだ結婚しないの?」
「ちょっと待てその断定は何だ」
こら、って言われちゃった。
そこ、怒るとこかなあ?
「まあ、嫁に行くならお互いの親とも擦り合わせ必要だし、それ以前に生活基盤整えないとね。ほら、私ら大学生ですしおすし」
目を細めて遠くを見るような目つきになって言う。
そっかあ、そうだよね、2人とも4年制の大学だもんね。えーっと、後2年?
「就職して結婚資金溜めて、って考えると最低3年は先かな。……別にこだわる必要もないとは思うけど」
3年!!こだわる必要無いって、それって延ばす分には、って事だよね!?
白樹くん何やってんの、ダメだよ!もう!!櫻ちゃん行き遅れちゃうよ!!
「何怒ってんのかな、この子は」
花嫁がそんなむくれた顔しない、とぺしっと頭を叩くフリ。
櫻ちゃんは結構過激な事言うけど、本当に叩いたりとか暴力振るった事は無い。
……本当はすっごく優しいって、誰よりわたしが一番知ってるんだから!
それに、叩くフリしたその左手の薬指に嵌められた指輪が実は高校の頃から持ってる物で、多分もう外される事は無いだろうなっていうのも、何となく分かるから。
彼女も幸せになれば良いな、と微笑んだ。
「櫻姉ちゃん、会場、準備出来たって!」
「おっけー、今行く!……去夜君は?」
「オヤジと一緒に友ねーちゃんの親父さん、必死になって止めてる」
櫻ちゃんの弟“進くん”のそのセリフに、花嫁の控室にいた全員が「ああ」と溜息をつく。
もう、お父さんったら!
「さて、では行くか」
「新郎は先行って待ってて下さい、ほら、野郎共はさっさと出る!!」
偉そうに胸を張った空条先輩の後ろから、櫻ちゃんかきびきびと指示を出す。
「ったく仕方がないな、早く来いよ」「じゃあまたあとでねー」「2人が並んで歩いてくとこ、楽しみにしているよ」「ああ」「じゃあな。あんまり緊張しすぎるなよ」「心配無いとは思うけど慌てなくて大丈夫、落ち着いてね。それと、櫻ちゃんは早めに戻った方が良いと思うよ」「またなー、姉ちゃん達ー」
それぞれ声をかけてくれながら部屋を出て行ってしまうと、急に周りが静かになった気がした。
「さて、じゃあ私も最終チェックに行ってくるね」
そう言ったレンさんの一言をきっかけに、残ってた女の子達も立ち上がる。
「先輩、私達も席に戻ってます」
「じゃあ、また後で」
「私もすぐに行くからって伝えといて。それと、友美のドレスすっごいから期待して待ってろって」
「……それ、小父さんがパワーアップ、しそう。むしろ」
「さーりゃん先輩、でっかいダメダメです、それ」
妙に力の入った櫻ちゃんのメッセージは、2人の後輩たちによってどうやらお父さんまで届くのを止められるみたいだ。
「進くんもしっかりして来たねえ。今いくつだっけ?」
ホテルのウェディング担当の方に付き添われ、会場まで移動する。
櫻ちゃんとは途中でお別れだけど、ちょっとくらい雑談しても良いよね?
「その言い方、年食ったみたいでちょっとなあ。今16?高1だね」
「そっかあ、あの時の私達とおんなじだね」
明日葉さんに出会ったのも、私が高1の時だった。
「もう好きな人、出来たかな?」
「いやあ、どーかなー?友達連中と馬鹿やってる方が楽しいみたいよ?」
「ふふっ、進くんいつも元気だもんね。そうだ、どうせならさ、“ガーデンティーパーティ”復活させちゃえばいいのにね!」
良い事を思い付いたと思ったんだけど、櫻ちゃんはむしろ、えっ!?ってびっくりした顔してた。
ダメかな?
「うーん、まあ、やるやらないは本人達の好き好きだと思うけどね。それにどうせやるなら女の子巻き込まないと」
そっかあ、弟くんたちに気になる女の子いないとダメかな?
わたし達の時は偶然だったけど、当てにすると失敗しちゃうかも?確実に来る当てなんて無いもんね。
でも後輩ちゃんの例もあるし、そう考えると運命ってやっぱりあると思うな。
「さて、私はここまでかな」
「櫻ちゃん」
最後の分かれ道で、櫻ちゃんが立ち止まった。
本当はもうすぐ行かなきゃいけないんだけど、何だかこの場所を動くのが嫌で……。
このままじゃみんなに迷惑かけちゃう。ほら、進行担当の人も困った顔してるよ。
くしゃ、と顔がゆがむ。
どうしよう、なんで、泣きそうになってるんだろう。
だってこれは、わたしと明日葉さんの結婚式で、おめでたい筈で……。
――――――だってまるでこれから先、わたしと櫻ちゃんが一生離れ離れになっちゃうみたいな、そんな言い方、するから――――――
そんなわたしを見て櫻ちゃんは、ふっと笑ってぽん、と手を頭に乗せた。
髪が崩れない様に、そっと、優しく。
「バカ友美。EDまで泣くんじゃ無い」
そう言って、櫻ちゃんはにやりと笑う。
やっぱりそういうとこ“らしい”なと思って、涙の滲みかけた瞳のままだったけど、わたしはゆっくり笑顔になった。
これにてFD終了となります。
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