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彼氏の回想 2



ポエマー白樹。





 央川が分からない。

 普段の央川は男女とか関係無く、それこそ分け隔てなく接して来てると思う。

 でもあの冷たい目をする時、彼女が何を考えてるのか分らなくなる。

 一緒にしゃべっていても、ほんの僅かな時間の差で答える声が固くなる。

 まるで俺を拒絶するみたいに。

 口元が笑っている様に見えて、でも、その目は多分笑っていない気がした。

 見透かした様に説教臭い事言うし、突き放されるし。

 そうやって人の事ばっか手ぇ出して何が面白いの?

 無理すんなって言ったのはあんたの方じゃん。

 あんたこそそうやって、毎回人の事気にしてるよな?


 ――――――なあ、なんで?


 ――――――なんで俺は、そんなに接点持ちたがるんだろう?


 好かれているのか嫌われているのか、距離が上手く測れない。

 別に良いじゃんと思わない事もなかったんだけど、何故か悔しかったんだ。

 『嫌いになるのなら俺の方からだろ?何で俺がそうやって距離取られなきゃなんねーの?』

 その内ホントに興味無くしたみたいに篠原と話し出すし、ムカツク。

 埒あかなくて仕方なく戻ろうとして、不意に吸い寄せられる様に見つめたのは、央川の首筋。

 うなじ……っていうのかな、髪の毛の生え際に何故か目が行ったんだ。

 無意識の内に手が出てて焦る。

 その内心までは気付かれてはいなかったみたいだけど。

 振り返った彼女は、さすがにすごく驚いた顔してた。

 そりゃそうだろう、男子が突然触れたんだから。しかも結構きわどいところを。

 彼女の吃驚した顔はもしかしたら何度か見てるのかもしれなかったけど、その声のトーンはいつもと変わらない癖に、首元からこう、かーっと真っ赤に染まっていって。


 初めて思ったんだ、


 (なんだ、普通の女の子みたいに可愛いとこもあるんじゃん)


 外見の事だけじゃなくて央川の事を可愛いって思ったのは、きっとそれが初めてだったと思う。

 

 そんな浮かれた気分に水を差されたのは、文化祭も近いとある放課後。

 例によって遅くまで居残っていた俺は、昇降口で偶然央川に出会った。

 ごく普通に挨拶した筈だ。少なくとも表面上は。

 でも彼女の目は何か隠している様な、落ち込んでいる様な……。

 あの冷たい眼差しより、もっと深い何かの様で。

 俺に返事した時も浮かない顔で、それでも無理して笑顔浮かべてるのが分かったから思わず心配になった時、椿先輩が体育館の方から駆けて来た。

 あのいつも動じない筈の椿先輩が息が切れるほど全力疾走して来たのもびっくりしたけど、その椿先輩を見た彼女の表情が、さっきまでのあの暗い顔が嘘みたいに輝いたのが分かって……何でだか無性に嫌な、こう、もやもやした様な気分になった。

 だから椿先輩が央川に送るって言った時もとっさに、「俺が送る」なんて、つい。

 らしくないのは自分でも分かっていたし、急だったからか椿先輩も驚いていたけど、だからって絶対引くつもりは無かった。


 ………今なら分かる。あれは絶対、無自覚のヤキモチだ。



 何となく自分でも気づいていたのかもしれない。……このままじゃいけないって事を。

 自分のペースに持って行きたかったんだと思う。

 自分が安心していられる距離でいたかったんだと。

 心を揺らされたくなかったんだ。もう、これ以上は。

 だから文化祭で、央川が俺の事で何か言われてるのが分かっても、見ているだけで手出ししなかった。

 むしろ相手の様子を窺う、試す様な事さえした。

 結果は……見事にかわされたけど。

 しかもその後、引っ越す前に友達やってたヤツに会うし。もう散々。

 ……1つだけ救いがあるとすれば、それは彼女がいたこと。

 彼女がいたから無様な姿を見せずに済んだ。

 もし彼女がいなかったら……逃げだしたか、八つ当たりしたか、どの道ただでは済まなかっただろうと思う。

 だってあいつ、何も無かった様に全然普通に話しかけて来るんだぜ。

 頼むから“モトカノ(あの)の話”だけはしてくれるなよ、って祈ってた。

 思い出したくもなかったから。

 あいつが後ろの央川に気付くと、俺が紹介するより先に央川は礼儀正しく挨拶した。

 それから篠原のとこに行くって言うと、キリが良いと思ったのかあいつも行くって言って、その場はそれでお開きになった。

 ただそれだけで大した事は無かった筈なのに、何となくまた央川に助けられた気がしたんだ。

 央川だから、って思ったって事は、俺結構その時点で信用してたって事なのか?


 文化祭が終わってからしばらくは、お互いにあまり話す事も無かった様に思う。

 だから久しぶりにまともにしゃべったのは、ぴーすけを見つけた時。

 篠原と央川には、この時すっげー世話になった。

 病院から必要な物の買い出しまで、こっちが何も言わなくても色々手伝ってくれたから。

 央川の不思議な部分が表面化して来たのは、恐らくこの辺りからだったと思う。

 飼った事も無いという犬の飼い方にやたら詳しかったり、……そもそもぴーすけの名前だって彼女が言い出したんだ。「ぴーすけだよ」って、きっぱり言い切る様に。



 よく目が合うって事は、よく見られてるって事だ。

 央川を意識的に観察する(みる)様になって分かった事は、愛想笑いは多いけど本当に笑うのは友人と認めたヤツの前でだけ、が多い事。

 他はほとんど表情が変わらない。

 それと、たまに何処か遠くを見てる。そんな感じ。

 あの観察する様な眼差しは、何故か俺と目が合った時だけ和らいだ。

 でもその分、困った様な顔が増えた気がする。

 でも、その時は何でか分からなかった。

 分かるはず無いだろ?この頃から既に、意識的に避けられていたなんて。


 毎年恒例のクリスマスパーティーは、大寺林先生以外の“ティーパーティーメンバー”が揃う事になった。

 やたらフワフワした印象の篠原と、すっきりしたシルエットのドレスだけど華やかな印象の央川という対照的なコンビは、会場中の若い男達の視線を集めてた。

 ……本人達は全然気付いて無かったみたいだけど。

 そんな中、近頃タチの悪い女に散々追いかけ回されていた空条先輩が、ヤケになって篠原を婚約者だと言い出すハプニングがあった。

 そう、そこでも少しおかしかったんだ。

 先輩の本当に突発的な行動だったにもかかわらず、“まるであらかじめ知っていた”みたいに、央川は手際良く先輩達を外へと逃がした。

 その後の女同士のヤバそうなやりとりも、普段なら怒って止めに入るだろうに、ただニコニコ嬉しそうに見てるだけ。

 急に落ち込んだり浮上したりと、この日の央川の様子はいつもと全然違っていて、俺にはその理由がさっぱり見当がつかなかった。

 本人は本人で、勝手に自己完結してたみたいだったしな。



 クソ親父と空条に新年の挨拶に行った時、空条先輩と2人で央川の話をする機会があった。

 というか、先輩が俺に聞いて来たんだ。「央川の身の回りで、変なヤツを見なかったか」って。

 あのクリスマスの日、央川は先輩に“提案”をしていたらしく、それがどうも出所が分からない情報だったらしい。

 情報自体は間違って無くて、でも相手も首を傾げていたそうだ。「何でこんなに彼女は“俺達の事”について詳しいんだろうね?」と。

 その話については俺も初耳だったけど、心当たりがない訳じゃ無かったので、あいつの行動で気になった部分について先輩に話す事にした。

 その話で先輩が出した結論は、「央川櫻は“ティーパーティ()ーメンバー()”について、知らない筈の情報まで持っている可能性が高い」というもの。

 そしてそれは恐らく、「未来」までもが範囲である事。

 未来って、なんて笑えるくらいあり得ないとは思うけど、でもそうでもしないとぴーすけの件やクリスマスパーティーの時の説明が付かない。……もしかしたら別の可能性もあるのかもしれないけど、それ言い出したらキリがないって事になって、この話はそこまでになった。

 何故知ってるのかについてもこの時点ではさっぱり見当がつかなかったが、その情報を表に出す理由だけならすぐに分かる。

 彼女は“ソレ”を友人“篠原友美”の為に行使するつもりだ。それしか考えられない。

 それならあの“観察する様な視線”にも、説明が付く。


 これは、あくまで推測でしかない。

 もしかしたら、他にも何か彼女は隠していて、俺達を見張っている(・・・・・・)のかもしれない。

 先輩からは、央川をそれとなく見張る様に言われた。

 いつまでとは言われなかったが、新学期になってからは見るだけじゃなくて、意識的に近づく事も視野に入れなければならないだろう。

 そんな事を考えながら公園まで気分転換に来てみれば、当の本人に出くわすとか。

 偶然って怖ぇのな。つーかさ、1つ言って良い?

 ぴーすけ優先って何でだよ。


 思えばぴーすけと出会った日からそうだったよな、普通逆じゃねえの?

 俺ってもしかしてぴーすけより信頼されてない…?

 彼女の弟に「誰」なんて言われた。人の事指差すんじゃねえよ。

 央川に突っ込まれてたから俺は言わなかったが。

 それと、無愛想な妹サン?まあでも人付き合い自体は苦手じゃないらしい。

 弟の方は見た目通り、元気いっぱいって感じだったな。

 央川の方も、兄妹相手だと普段と少し違う雰囲気の様な気がする。

 少し話しこんでから、年下の子にぴーすけ任せ、俺達はゆっくり後をついて行く事にした。

 しっかりしてる央川には珍しくこけかけたり(助けたけど、その、あー)、何故か急にじっと見つめられたり(あまりに真っ直ぐ過ぎて動揺したけど)、かと思ったら髪の毛についたゴミ取って貰ったり(ちょっと良い匂いした)、色々あったけど悪くない時間だったんじゃないかと思う。

 ただ最後に、ぴーすけの鼻水素で拭いてたあたり、俺と犬の扱い一緒なんじゃないかと思ってガックリ、ってオチがあったりしたんだけどな。いらねえよそんなオチ。

 こっちはちょっと本気(・・)出したっていうのにさ。

 ……本人、良く分かって無かったみたいだったけど。……スルーとかさあ。


 好きか嫌いかで言えば、央川は割と好きな部類に入ると思う。

 でも、ただの友達、と言い切るには少し違う気もした。

 その事を考えると胸の中がもやもやして来て、何だか落ち着かない日々を過ごした。

 先輩の話もあったから、こっちから意識的に声をかける様にした。

 何故か向こうは戸惑う様な態度だったけど。

 それでも、ごく普通の日常の範疇だったと思う。

 周りで心境の変化があったとしても、俺は大して注意して見る事も無かった。

 だからなのかそんな日は長くは続かず、事態は急変する。


 新学期が始まってすぐの放課後、聞こえて来たのは副数人の女子の声。

 教室にいつもの連中と居残っていた俺は、そこで初めて目の前の女どもがロクでもない事をしでかした事を知る。


「だってさー、言う事聞かないんだもーん」

「あいつマジムカツクー」

 ちょっときつく質問してみただけで、彼女等はぺらぺらと良く喋ってくれた。

 央川を閉じ込めた。気にくわないからって、ただそれだけの理由で。

 油断してた。

 央川とよく話すって事は、こいつらの機嫌を損ねるって事で。

 まさか連中が本気で実力行使に出るなんて、そこまでムカついてるなんて思わなかったんだ。

 そんな中、1人俯いて何も言わずに黙ってる女子がいた。

「……あんたがやったの?」

 自分でも思った以上に冷たい声が出て、一瞬で周囲がしんと静まり返った。

「どうなんだよ!?」

 イライラしてつい大きな声で怒鳴った。

 ビクついた彼女はおどおどと、「あ、……あの、…私…」とか泣きそうな顔で言うから、なおさらムカついた。

 今更そんな顔しても遅いんだよ!

 アンタがこいつらと一緒の人種だってのは、もうとっくに分かってんだから!

 結局、女なんて…。いや、でも、あいつらは、違うかな。

 篠原と、……央川だけは…。


「気に入らないからって、あんな狭くて換気もまともに出来ないような場所に、人閉じ込めていいと思ったんだ?今が真夏だったら、今頃熱射病で彼女死んでるよ」

 ひっ、と女子共が息を呑んだ。

 「おい白樹」、と男子の止める声が聞こえた気がしたが、頭に完全に血が上った俺に、その言葉は通らなかった。

「ああでも安心するのはまだ早いかな、もしかしたら閉所恐怖症かもしれないし、何かの発作が起きて呼吸困難にでもなっているかもしれないし?」

 畳み掛けると女どもが揃って真っ青な顔色になった。

 今更遅いっつーの。

「で、でも、アイツカバン持ってたし!」

「そーだよ、ウチらが気にする事無いって!」

「ヤバかったらケータイで連絡するんじゃん?」

「つーか、そんな病気持ってるなんて知らないし!キモイ!」

 ホント、自分勝手。

「だからさあ」

 だんっ、と机を叩く。

 いい加減こっちも、我慢の限界なんだよ。

「それを向こうが黙ってたら俺達には分からないし、発作が起きたら電話掛けるどころじゃないだろ?お前等ってホント、アッタマ悪い。何が起こるか分らないのが病気や事故なんだぜ?なに何も起こらない前提で話進めようとしてんの」

 それと病人だからって差別するような発言は控えて欲しいね。

 あの人達は毎日懸命に戦ってるんだ。

 そんな人達を悪く言うなんて、許さないからな。


 まあ、その件については今は良い。

 問題はあの子の事だ。

「どこ」

「え…」

「どこだっつってんの」

「あ…の」

「ああもう、央川閉じ込めたのどこだって聞いてんの!ほらっ」

 ぐい、とその腕をつかんでずんずん歩きだした。

 相手の足の速さなんて知るか。

 腕を引っ張り付いて来てる筈の奴の顔を一度も見る事無く、俺達は職員室で鍵を調達し、校庭の隅の体育用具室の前までやって来た。

 がちゃりと鍵をあけ、中を覗き込むと―――

「ひっ……!?」


 ぐったりと横になって倒れてる、央川の姿が――――――

「央川っ!!」

 慌てて駆け寄り頬を軽く叩く。

 頭を揺らさない様にそっと抱きかかえ、感じたぬくもりに少し安堵する。

 よく見れば上下する胸、手を口元に当てて呼気を確認し、ほっと息を吐いた。

 彼女が横になって倒れている様に見えた場所、そこは日の当たるマットの上。



 ――――――寝てんじゃねーよ、ちくしょう。

 



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