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彼氏と一緒にお勉強~彼氏の回想 1 ~


白樹君視点の回想です。


“彼女”にまつわるあれこれ。


基本的に他の人についてはあまり触れていません。

長くなるし(ぼそっ)




「コーヒー入った……って、またかよ」

 おいおい、これで寝落ち何度目だ?

 日曜日、試験前になると人が変わる彼女の為に(せいで?)、俺達は俺の自宅で一緒にノートを広げてた。

 小休憩がてらコーヒーを入れて戻って来ただけのほんの少しの間に、愛しのカノジョは抱えた愛犬と仲良くお昼寝中で。

 なあ、一応ここ、カレシの家なんですけど?

 ドキドキとかしないの?

 キンチョーとかしない?


 なあ、あんたって俺の事、ホントに好き?


 コーヒーを一旦置いて、あどけない寝顔をそっと覗きこむ。

 こうしていれば、歳相応なんだけどな。


 ちょっぴり切ない気分になって、俺は溜息をついた。




 2年前、俺が中学2年の頃、初めて彼女が出来た。

 向こうから告白して来て、こっちも可愛いなってずっと思ってたから付き合う事にしたんだ。

 最初は女の子らしい我儘とか、怒ったり拗ねたりする表情が可愛いなって思ってた。

 でも、それも上辺だけだったみたいで。


「え~、やだあ、本気で好きなわけないじゃ~ん!白樹君はぁ、カッコイイし~、ほらぁ、大病院の経営者の息子でしょ~?今の内にツバ付けとけば将来安泰~みたいな~?ちょっと拗ねたり怒ったフリすればすぐワガママ聞いてくれるしい、皆に自慢できるから付き合ってるだけだって~」

 迎えに行った教室で偶然そんな事聞かされて、ああそういう事なんだなって熱が冷めた。

 本人は俺が気付いた事に気がついていなかったらしく、今までどおり『可愛い女の子』のフリをして来たけど、こっちはもう相手してやるつもりも無かった。

 別れ話は当然したけど、絶対相手が頷かなくて、挙句の果てに進学先まで聞いて来たから、これは付いてくるつもりだと思って土壇場で志望校を変えた。

 その時の両親の―――当時はもう再婚してたから、親父と“あの人”の出した条件が、今の学園1本で受験して必ず合格する事、それと、進学先にいる空条の御曹司の指示に従う―――後輩になれと。

 無事に受験に合格、卒業して、最後までモトカノ贔屓だった、事情も知らない、知ろうともしない友人知人の一切(連中)を切り捨て、春休みの間に空条明日葉―――空条先輩と顔合わせして、ようやく独りになれたと思ったら、……なんだか返って心細くなった。

 空条先輩は小さい頃に何度か一緒に遊んだりした事があったけど、学校に行くようになってからは年1のクリスマスパーティー位しか会う機会が無かった。

 久しぶりに会って…お会いして、随分貫禄が付いたな、というのが俺の第1印象。

 それに比べて俺は自分の事で手いっぱいで……、情けなくなった。


 たまたま散歩がてら入りこんだ公園の隅、猫の鳴き声に誘われて低木の合間にしゃがみ込む。

「俺は……いつかあの人みたいに立派な人に……なれるかな」

 ぽつりと弱音が零れたその時、がさりと背後の茂みが揺れた。

「ねえ、大丈夫?」

 それが多分、一番最初。


「具合悪いのかと思ったから声かけたんだけど……、そうじゃないなら良いんだ。もしホントに具合悪くなったらあっちの遊歩道に出ればまだ人がいるから、誰か大人の人に声かけてね。あ、念の為交番は向こうの出口にあるから。不審者にだけは気を付けた方が良いと思うよ」

 見られた恥ずかしさと、当時の女性不審のせいで結構きつい事言った気もするけど、彼女の表情はあまり変わらなかった気がする。

 ……思えば昔から説教臭いとこあったよな。

「~~~」

 誰かを呼ぶ声がして、隣にいた少女は顔をあげた。

「じゃあ行くから」

 実にあっさりと茂みを抜ける。

「どうかしたの?」

「んにゃ、ミーくんとクロちゃんが仲良くしてただけ」

「え?ネコちゃんいたの?私も見たーい」

「ダメダメ、邪魔するとゴウ君に怒られるよ」

 既視感を覚える様な甘ったるい女の子の声に淡々と返すその声が、今人に会いたくないと言った俺を庇ってくれたのだと帰ってから気付く。

 ちなみにその時言った内容が、とある小学校低学年向け漫画からだったと気付くのはさらに後の事だ。

 ……普通分かんないと思うぞ?

 本人曰く、「キョウ君が仲間と話してた」でも良かったかも、だそうだ。

 だから分かんねえって。……とりあえず「キョウ君」とやらが俺の事じゃないのは把握したけど。

 ……キョウ君、ねえ……。


 入学式の日、その彼女と再会した。

 同じクラスになり、初めて名前を知り、あの時彼女を呼んだ甘ったるい声の主が彼女の親友だという事も同時に知る。

 にしても自己紹介の時に、自分のアピールより友人についての注意文が多いってのはどうなんだ?

「全男子生徒に次ぐ。私の許可なく友美に手を出そうとするのならば、物理的にも心理的にも“ぶちころ(・・・・)がします”ので心する様に」

 って、クラス中引いてたぞ。

 返ってその後の篠原の、「櫻ちゃんは私の為を思ってああ言ってくれたけど、それでも私は皆と仲良くなりたいです。だから、皆さんぜひ話しかけて下さい!」ってフォローで男子連中の篠原に対する評価が高騰した位だ。

 その時の俺は、フーンとか言って他人事だったけど。


 成り行きで“同好会”も一緒に参加する事になった。

 俺は春休みの打ち合わせですでに打診されていたから本当に偶然なんだろうけど、それでも必要以上に彼女達と関わり合うつもりは無かった。

 少しだけ気になって「この辺に住んでいるのか?」って聞いてみたけど、普通の反応しか返ってこなかった。

 ……覚えてるんだけど言わないんだって分かったのは、それからしばらく後、体育祭前日の放課後。

 クラスメイト達にあちこち連れまわされた後、やっと帰れると鞄を取りにきた教室でその光景を目にした。

 それは1面オレンジの中、逆光で黒く染まる人影。

 すぐにでも光の中に溶けて行って無くなってしまいそうな、そんな……儚いっつーの?

 酷く現実味の無い光景。


「楽しかった日々を夢見ながら眠る、それはきっととてもしあわせな事」


 そう呟いた彼女の表情は当然だけどこっちからは見えなくて、でも、彼女にも“何か抱えた過去”があったのかなって思ったんだ。

 

 それが多分、彼女『央川櫻』という人物に注目する様になった切っ掛けだったと思う。

 

 その日の日直を結果的にさぼってしまったお詫びに、家の近くまで送る事にした。

 何考えてるのか知りたかったのもあったかもしれない。

 最初は渋ってたのを交渉の末に「うん」と言わせ、並んで帰る。

 笑顔が武器になるって知ったのは、元カノとの一件があってからだったな。

 でも何故か逆に心配された。

 知り合ってまだ碌に話した事の無い奴に、何で「自分の事大事にしないと駄目」なんて言われなきゃなんないんだよ。

 ――――――あんたに何が分かるの?俺の事なんて知りもしない癖に。

 ――――――あんたもそうやって結局は、心配するフリをしてるだけなんじゃないの?

 ――――――そうやって、俺にアピールしてるつもり?

 無性にムカついたから、その後の笑顔が上手く出来たか分らない。

 ただ彼女はきょとんとした顔をして、「なんとなく?」と言っただけ。


 その後差し掛かった公園で、俺は以前央川に出会った事を思い出す。

 話を聞くと、やっぱりここの常連らしい。

「もしかしたら会ったことあったかもな」

 なんて、軽い気持ちで言っただけだ。

 その後の言葉は彼女の返答次第のつもりで。

 ただ、2ヶ月近く同じクラスで過ごせばそれなりにどんな人物か見えて来るから、央川なら恩を笠に着て振舞うような事はしないだろうなと何処かで思う。

 それでも信じ切れない部分があるのは、まだ上手く“あの件”が自分の中で消化出来ていないからかもしれなかった。


 でも彼女は否定も肯定もせず、短く「さあ?」と言っただけ。

 それまで滑らかだった会話が急にぎこちなく感じたって事は、やっぱりはぐらかされたのかもしれない。

 何故彼女が、そうまで頑なに(・・・・・・・)この話を(・・・・)避けたがるのか(・・・・・・・)は分からなかったけど、深く追求されて困るのはこっちも一緒だったので、彼女が口にした明日の話題に乗っかった。

 爽やかな声と表情を作ればほら、普段あまり表情が変わらない彼女もあっさり微笑んだ。


 女子なんて、こんなもんだよな。



 最後のフォローが効いたのか、体育祭ではぎこちなくなる事も無く普通に話す事が出来た。

 騎馬戦をやってた頃に先輩達がうちのクラスに顔を出したらしく、俺が1戦終えて外の水道で頭から水を被っていた所、巻き込まれて逃げて来た央川と偶然遭遇した。

 ……まさか、あっさり使ってたタオル渡されるとは思わなかったけど。

 他の女子ならともかく、こいつの事だから何も考えてないんだろうな、と思ったら、当の本人は慌て始めるし。

 ……本気で何も考えていなかったのか。

 男子相手だって全然意識しなかったのかな。

 ……この調子なら、同じ状況なら他の男子にも同じ事、するのか?

 否定できそうにないな、と、少し考えただけで口には出さず、有難くタオルを受け取る。

 少しだけ汗と、多分制汗スプレーか何かの香料の匂いがして、熱が上がった。

 気にしたら駄目だと自分に言い聞かせ、俺はどうでも良い話題を持ち出す事で誤魔化した。



 央川は勉強好き、というのが周囲の一貫した意見だ。

 本人はそこまで好きじゃないと否定しているが、試験の事を考えるとゆっくりお茶も飲めないっていうのは相当重症だと思うぞ。

 話の流れで夏休みの旅行について話をしたら、一緒に行く事になった。

 あの日は暑い日で、それでも俺はいつも通り“白樹去夜(皆の中心的存在)”を演じてた。

 実家が病院なんてものをやってると、神も仏もあったもんじゃないってのが良く分かる。

 だからお(まじな)いなんかも興味無かったから、囲んでくる女達を適当にあしらって1人で木陰に立っていたんだ。

 でも央川は気負う事無く小さな紙を手に取って―――

 あの触れるか触れないかの微妙な緊張感のせいで、不覚にも俺は、縛り付けられたみたいに1歩も動く事が出来なかった。

 夏のうだるような暑さの中、眩しく照りつける日の光と木陰の薄暗さのはっきりしたコントラストが目に焼き付く。

 空いた襟ぐりから覗く、白く浮かんだ彼女の喉元がやけに印象的で―――


 その後、若宮大路で不意に独りきりになった央川を見かけ、思わず後を追った。

 さっきとは逆に静かで涼しい薄暗い空間で何かを探す様な彼女に、俺は声を掛けた。

 自分でも何で気になったのか分らない。

 もしかしたら、さっきのオマジナイのせいかもしれなかったけど。

 ただ、横に立った俺の隣で懺悔したいと言ったきり黙って祈りをささげた彼女の“後悔”が、少しでも癒されれば良いと、柄にもなくそう思った。


 人間16年も生きれば、何かしら抱える物も出て来るんだろう。

 旅行に前後する様に央川との関わり合いが増えた俺は、いつしか彼女にシンパシーみたいな物を感じる様になっていた。

 同族意識というか、仲間っていうか。

 何となく彼女を見る時、気負わず自然体でいられる自分に気付く。

 相変わらず俺や先輩方に対してはあまり表情が動かないけど、東雲や、特に木森なんかと一緒にいる時は、俺には理解出来ない事で盛り上がって楽しそうにしてた。

 しかし、残念な事に黙っていれば清楚とも言えなくもない外見に見合わず、彼女の言葉遣いは正直キレイとは言い難い。

 声だけなら高すぎず低すぎずで悪くないと思うんだけどな。実際歌わせると結構上手いし。

 言葉に関して言うなら、女子相手ならまだしも同学年の男子に対しては完全に容赦が無い様だ。

 結構その場のノリで大きな声を出す事も多く、ツッコミなのは周りの反応からも分かるんだが。

 友達付き合いしてる俺の周りの男子連中も、央川の“アレ”だけはもったいないと零してたっけ。

 でもきっと彼女にとっては、それが心を許してるって事なんだろう。


 料理上手っていうのも本当みたいだ。

 家庭科の調理実習では、カレーの日にこそこそ篠原と何やってるのかと思えば、気が付けばそこに綺麗なゆで卵とポテトサラダが追加されていたし。

 上手っていうよりは手慣れてるっぽい、か?

 一応社長令嬢だよな?何かやってる事がすげえ庶民的っつーか、主婦?

 彼女曰く、「切って煮るだけでしょ?時間余るじゃん。調理実習のカレー如き凝った物入れて手間暇かけて作る訳じゃなし。だったらちょっと材料ケチってでも、もう1品追加した方が皆嬉しいかなって」

 きょとんとした表情で首傾げて言うんだぜ?コレ。

 後それ、1品じゃねえし。


 黙ってればそこそこ美人、口を開けば変なヤツ。

 そんな意識で彼女を見ている内に、ふと気付いた。

 たまに、ほんのたまにだけど、彼女の向ける視線がとてつもなく冷たい――――――まるで虫か何かを観察しているみたいな、そんな視線を向けて来る事に。

 それは俺だけじゃなく同じクラスの木森だったり、あるいは同学年の東雲だったり、時には―――篠原でさえも。

 そして何となく分かった。

 あの眼は、彼女の言う“ティーパーティーメンバー”にのみ向けられている事に。

 



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