16.三人寄れば文殊の知恵(side:公一)
タイトルの意味:凡人でも三人集まって相談すれば、すばらしい知恵が出るものだということ。
午後五時、カフェ「アプテノディテス」閉店間際の店内。
店員の智也が新しいペンギンのぬいぐるみをどこに並べようか真剣に悩んでいた。最後の客も先程帰り、オーナーであり店長でもある正和は休憩に入っている。
君はどこがいい? レジの横はどうかな? と、智也がペンギンのつぶらな瞳に心の中で問いかけていると、
カランカラン
入口に取り付けてあるカウベルの音が軽やかに鳴った。
「いらっしゃいませ! あ、公一さん……うわわ、大丈夫ですか?!」
苦しげな表情の公一がふらふらと店内に入ると、そのままカウンターの椅子に座り、頭を抱えて唸った。
「……千晶さんがかわいすぎて心臓がもたない」
体調でも悪いのかと心配した智也が胸を撫で下ろす。
「なあんだ、ただののろけっスね。ほらほら、ご注文は?」
「ウインナーコーヒー……砂糖入れて……」
「かしこまりました! マスター、オーダー入りました! あっま甘のウインナーコーヒーひとつ!」
智也が張りのある声を上げると、スタッフルームから正和が現れた。いつもと違う甥の様子に、首をかしげる。
「かしこまりました……おや、公一くんはどうしたんだい?」
「例の恋わずらいっスよ」
「ああ、なるほどね」
智也の簡単な説明で正和がすぐに納得した。
ガバッと頭を上げた公一が、カウンターに並んだ智也と正和に向かって勢い込んで話し出す。
「二人とも聞いてくれる? 今日、千晶さんがさ、待ち合わせの駐車場で俺が来る前にソワソワしながら先に待っててさ。俺を見つけてパッと顔を明るくしたんだよ。かわいすぎるよねいじらしいよねもうこれ完全にデートだよね」
「違うっス。運転の練習っス」
「多分、初回だから緊張して早めに待機していただけだろうね」
今日が千晶との教習の日だと知っている智也と正和の呆れた声に取り合わず、紅潮した公一の早口は止まらない。
「車に乗ってからは俺の話を熱心に聞いてくれるんだ。かと思えば不安げな顔で見つめてきて、大丈夫だって励ませば笑顔になって、俺の理性試されてるかと思ったよ。あー俺の言葉で感情をあらわにする千晶さん尊いかわいい好きすぎる」
「やべえっス。なんか、やべえっス……」
「小説家に語彙を失わせてるよ、公一くん……」
呆れから段々と恐怖を感じ始めた智也と正和の声も聞こえないのか、公一はうっとりと夢見るような目付きで呟く。
「別れ際にうちの会社のマスコットキャラのペンギンのぬいぐるみを渡したら、車に飾るってすごく喜んで。あれは絶対俺の名前を付けてるよね間違いないよね抱き締めて眠ってるよね」
「車に飾るって本人が明言してるのに……」
「普段はもっと淡白な感じであっさりしてるのにねえ。公一くんは千晶さんのこととなると途端に、なんというかこう……」
「ポンコツって感じっスね。ヤンデレかってくらいでっかい気持ち抱えてるのに、当の千晶さんからは全然相手にされてないのがかわいそうで仕方ない……いえっ、何でもないっス!」
あまりのこじらせ具合にもはや同情していた智也と正和だったが、公一が目を座らせてこちらを見ていることに気付いた。
またこの前のような威圧感たっぷりの迫力でくるかと慌てた二人の予想に反して、公一がガクリとうなだれる。
「恋愛対象に見られていないことなんて百も承知だよ……さっきの話が全部俺の妄想フィルター越しだってこともね……」
「あ、自覚してた、良かったっス。うわ、ペンギンごめん」
慌てすぎてペンギンのぬいぐるみを抱き締めていた智也が、ふにふにとぬいぐるみの形を整えながら安堵した。正和も苦笑しつつコーヒーカップを用意する。
「十二年間の片想いの間、千晶さんの弟の百太しか情報源がなかったことを思えば、千晶さんと直接話ができる今、めちゃくちゃ幸せだから……」
「聞いたペンギン?! けなげっ! 主人公の男の子とヒロインの仲を応援しつつも本当はヒロインを好きになっちゃって悩むけどヒロインの相談に乗っている間だけでも二人きりになれて満足って言い聞かせている主人公の親友役よりけなげっ!」
ボソボソと呟く公一に、智也が感極まったように声を上げた。ペンギンはまたも智也の胸元で潰されている。
正和が感心したように微笑みながら、公一の近くにコーヒーカップを置く。
「例えが恋愛小説家らしいねぇ。はい、お待たせ」
「正和さんありがとう、いただきます……」
「ねえ、ペンギン知ってる? 公一さん、本当は甘いウインナーコーヒーが大好きなのに、千晶さんの前でかっこつけて同じキリマンジャロを頼んで、酸っぱすぎて涙目になりそうなのをこらえていたんだって! ……今度の新作は、動物園のペンギンと話せる男の子が主人公のラブコメにするか……」
智也はきゃっきゃとペンギンで遊んでいたが、突然真剣な顔で次回作の構想を練り始めた。
ウインナーコーヒーを飲んで落ち着いた公一が、そんな彼に声をかける。
「新進気鋭の恋愛小説家の君を見込んでぜひ相談がしたい。俺はこれからどうやって千晶さんにアピールすればいい?」
智也が目をキラリと光らせて身を乗り出す。
「一番大切なのは、とにかく信頼関係を作ることっスね。間違っても、教習期間中に告白なんてしちゃ駄目っスよ。相手は車の運転を教わりに来てるんですから。あとは、世間話から千晶さんの好みなどを把握したり、聞き上手になりながらも自分の良さをアピールしたり、あくまでもさりげなくっス」
「好みか……千晶さんの元カレはドイツ人だったから、俺みたいな薄い顔は好きじゃないだろうな……」
ネガティブモードの公一を智也が励ます。
「そんなことないっスよ! 公一さんみたいな塩顔男子が今は流行りっスから。よし、もう閉店時間になりましたし、このあとみんなでごはん食べに行きましょう! とことん公一さんの話に付き合うっス。ね、マスター」
「もちろん。かわいい甥のためだからね」
「二人とも……」
その後、公一の妄想炸裂早口トークに付き合った智也と正和は、酒を飲んでないのに胸焼けに襲われることとなった。




