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『イモ』 ~聖典に記されざるもの~ 不遇騎士と文官少女の成り上がり

作者: 神奈いです
掲載日:2025/08/17

『イモ』とは、植物が地下に栄養を蓄えて肥大したものである。


加熱すると皮は香ばしく、身はほくほくと甘い。

冷害に強く、やせた土地でも育つ。

遠い異大陸から来たこの作物は民を飢えから救い、我らをきっと豊かにしてくれるだろう。


「だから、ぜひこの領地で作付けしたい!」


城の尖塔にある執務室に集めた家臣たちの前で熱弁をふるっているのは若い貴族の青年、ルーギンだ。


彼の管理する領地は山に囲まれ、深い暗い森に包まれた寒々しい土地だ。

寒波の年にはムギは枯れ、飢えた子供たちの泣く声が悲しく響く。


「この土地にこそ、『イモ』が必要なのではないか」

と言い募る彼を、執務室に並んだ老人たちが怪訝そうにどこか心配そうに見つめている。

(若い者は領地のためと新しいことをしがちだが、結局今まで通りのやり方が一番いいのだ……)

とでも言いたそうな目であった。


老執事が声を上げた。

「そのような前例はございません」

「いや、前例があるかないかじゃなくて、良いものなのだ」

「良いものかどうかも前例がないと判断ができませんで……

 そう仰るならば、他の領地で先に試していただいては?」


反論しかけたルーギンを財務官がなだめるように言う。

「お気持ちはわかりますが、領地の予算は逼迫しており……

 そのような新作物に割く予算はありませぬ」

「いや、空き地に植えるだけでいいのだ、農地に今年使っていない部分があるだろう」


そこに荘園代官が反論する。

「農地はすべて三圃制で割り付けております。

使っていないというのは休耕地……つまり来年のムギの収穫のために土地を休ませておるのです!

変なものを植えてムギに影響が出たら飢饉です!」

「変なものではない、異大陸では……」


最後に神官が発言した。

「異大陸ですか……この『イモ』とやらは……」


手に掲げた聖典の金箔文字が鈍く光った。

「聖典に記されておりませんぞ」

「……は?」


(待ってくれ、異大陸で新しく発見したものが、聖典に記されていないからダメというのは……)

ルーギンが混乱している間に家臣たちは結論をだした。


神は全能である。

全能であるのだから人間に必要なものはすでに聖典に記されている。

だから聖典に記されていない食べ物は作るべきではない。


会議が終わった。


会議室に一人残されたルーギンを、冷たい初春の風が吹きぬけていった。


 - - - - -


ルーギンは北辺貴族の三男坊である。


爵位は父から長男へと渡り、あとは貴族の最下位である騎士資格止まり。

三男のルーギンが父からもらったのはこの北辺の山々に囲まれた荘園つきの小城の管理役。

あくまで領主である父の代理であり自分の領地ではない。

一代限りの雇われであり、子孫は平民に落ちるだろう。


(このままではモテない)とルーギンは思った。

自分が頭の切れるほうではない自覚があるので武芸で身を立てようとした。

従軍はできたが手柄は立てられず、起死回生を狙って従者を連れて異大陸遠征に志願した。


しかし遠征は平和交易が主で、整列や警備、長期の移動でへばった文官たちや荷物を担ぐぐらいしかやることがなかった。

何の武勲も立てられぬまま帰国することになった。


「だが『イモ』を植えるぐらいはできると思ったんだがなぁ」

ルーギンは腕組みをしながら、遠征当時を思い出す。


 - - - - -


遠征隊の文官の一人、ミリエは風変わりな娘だった。

ほかの文官たちが金銀や宝石、珍しい毛皮や香料などを調査している中で、彼女は植物に興味があるようだった。

従者を連れて草木を観察しては分厚い使い込まれた植物図鑑を開き、何やらちまちまとメモをしている。


かと思うと、彼女は異種族の農民から彼らの作物の話を聞き出そうとしていた。

なかなか言葉が通じないため、必死に身振り手振りを交えて頑張る。

やりすぎて彼女の大きな眼鏡が吹き飛んだときなどは、ルーギンは思わず吹き出しそうになった。

笑わなかったのは、眼鏡の奥の彼女の眼がとても真剣に輝いていたからだ。


「文官さん、落とされましたよ」

「あ、ありがとうございます。隊長さん!」


眼鏡を拾ってあげて以来、なんとなく気になる彼女を目で追うようになり、そしてたまに話をする中になった。

従者を使い慣れているので、貴族だろうと目星を付けていたが、やはりそうだった。

王室直属の文官で「ローブを着た貴族」、つまり領地なしだ。


ミリエの任務は異大陸での食糧確保、つまりムギ作である。

開拓志願者を指揮して遠征隊基地の周りをちまちまと開墾し、ムギの種を蒔いていたかと思うと、

異種族と身振り手振りで交換した現地の植物を植えては枯らしてしまったり腐らせたりしていた。


ルーギンは武官としての仕事があまりにも暇なので、上司の許可を得て開墾に参加することにした。

田舎の荘園管理の経験もある彼が加わると、開墾が一気に進んだ。


広がった農地を前にミリエが大きな眼鏡の奥の目を輝かせる。

「隊長さん、手伝ってくださってありがとうございます!」

「いえ、文官さん。これも任務ですから」


真面目な武官らしく堅苦しい挨拶にとどめる。

大きな眼鏡に艶やかな長髪を垂らした可愛らしい貴族娘と一緒に仕事したいだけというのは彼の秘密であった。


ある時、異大陸を寒波が襲い、開花が遅れたムギは実らなかった。

過去の遠征記録にもないような寒波なので誰のせいでもない。

それなのにミリエはまるで天災が自分のせいであるかのように落ち込んでいた。


ルーギンはそんな彼女を見ていられず、武官たちで相談して狩猟をすることにした。

それなりの量の肉が倉庫に入ったが、当座しのぎにしかならない。


それを見たのか、付近に住む異種族たちが不思議な贈り物を持ってきた。


ルーギンの従者が一つつまんで顔をしかめる。

泥にまみれた根っこの塊だった。


異種族がニコニコとそれを口に運ぶ身振りをする。

片言で説明するところによると『イモ』という食べ物だというが、ルーギンには信じられない。


(これでも貴族だぞ、こんな汚いものを食べられるわけ……)


しかし、ミリエはにっこりと笑って贈り物を受け取った。


ミリエの従者が「お嬢様がそんなものに触れてはいけません!」と言って追いすがるが、

ミリエは従者を押しとどめると『イモ』を焼いて、ルーギンに一つ差し出した。


「隊長さん、美味しいですわよ。いかがですか?」

微笑みながら焼き『イモ』を差し出すミリエ。


「……いただきます」

レディの笑顔を無下にしては貴族が廃る。

ルーギンは『イモ』を受け取った。手がじんわりと温かくなる。

恐る恐る皮を割ると、ほろりと皮と実がはがれる。

立ちのぼった湯気が香ばしい香りとともに鼻をくすぐる。


「おお?」

口に入れるとほくほくと甘く、思わず頷いてしまう。


「ちょっと塩味が欲しいですわね、バターとかどうでしょう?」

「これも合う……というか素晴らしい」


ミリエの提案で焼き『イモ』はさらに美味くなった。

少量の塩と油を加えただけで、さらに甘味が引き立った。

そして腹持ちがよい。空腹が一気に収まった。

これは素晴らしい食べ物だとルーギンは思った。


ミリエがなんとか聞き取ったところでは『イモ』は冷害に強く、やせた土地でも育つようだ。

ならばこの作物を故郷に広めれば、ムギが不作なときも飢えなくて済むのではないか。


「文官さん、これはぜひ皆にも食べてもらいましょう」

「そうですね、隊長さん」


さっそく遠征隊の食事として『イモ』を支給したが……貴族たちは見慣れない食物に見向きもしなかった。

平民の食べる分のパンを奪い、倉庫の肉を優先的に食べて平然としている。


逆にパンを奪われた開拓民や兵士たちは大喜びで『イモ』を食べていた。

ただ焼くだけではなく、スープにしたり、蒸したりしても食べられるのでいろいろ工夫しているようだ。


「この『イモ』は良いものですけど、食わず嫌いの方も多いみたいで……あのぅ……隊長さんは大丈夫でしたか?」

「何がですか?これは大変美味でしたが?」


ルーギンは嘘はついていない。

むしろ彼は、ミリエが偏見なく異種族の食べ物を受け入れていることに驚き、思った以上に性根が座っているのだと感じた。


「よし、決めました。私は報告用に『イモ』を持ち帰ります!」

「それはいいですね」


貴族は嫌がっても平民が食べるなら飢饉対策には十分効果がある。

きっと我が国を助けてくれる作物になる。

ルーギンはそう思っていた。


ルーギンとミリエの従者たちが心配そうにそれを見つめていた。


 - - - - -

 

「これ、なんですのぉ?汚いわねぇ」

貴婦人が箱に入った『イモ』を見て吐き捨てた。


王都では異大陸遠征隊の成果報告会が盛大に行われている。


王族や大貴族臨席のもとで、金銀や宝石、毛皮に香料などの異大陸の資源が並べられ、

見て回る貴人たちからは賞賛や驚きの声があがっていた。


しかし、ミリエの提出した『イモ』の箱には誰も近寄らない。

ようやくやってきたのは嫌味そうに吊り上げた口角を扇子で覆った貴婦人たちだ。


ミリエは彼女たちの嫌そうな表情にもめげずに早口で説明を試みる。

「これは『イモ』と申します。現地では主食として……」


「主食?こんなものを食べますの?野蛮ねぇ」

「土の中で生るなんて、まぁお下品」

「ほほほ、豚の餌じゃなくて?」

「奥様、それよりもあちらの首飾りを見ませんこと、こんな物をご覧になっても仕方ありませんわ」


口々に好き勝手言って去っていく貴婦人たち。

黙りこくったミリエの肩が屈辱に震えているのが見て取れた。

大貴族たちは泥まみれの植物の根などには興味がないようだった。


(荘園の世話など何代も前に放棄して王都で遊んで暮らしている連中に『イモ』の良さなどわかるものか)


とルーギンは会場の隅に設けられた武官席でガタガタと足を鳴らして、

「おい、ルーギン卿。静かに」と隣の武官に咎められた。


戦争がなかったため、成果報告会では武官は黙って座っているしかない。


(しかし俺に何かできることはないのか……俺はあれがいいものだとわかっているのに!)

ルーギンはまた足踏みを始め、すぐに隣の武官に叱られた。



その時、国王陛下と側近たちがミリエの展示に気付いた。

「む、あれは何であろうかの?」

「陛下、あちらにもっと面白いものがありますぞ」

「よいよい、せっかく異大陸から持ち込んだのであろう、すべて見ておかねば……」


(ダメだ。国王にまで馬鹿にされては、ミリエはもう立ち上がれないかもしれない)

ルーギンがそう思ったとき、気付いたら身体が動いていた。



「おお、これは素晴らしい作物ではないですか!」

突然響いたルーギンの声にミリエが驚きの表情を浮かべる。


「たくさん採れて栄養もある。しかも冷害に強く、やせた土地でも育つとあっては民も助かる!」

突然『イモ』に駆け寄ったルーギンが大声で褒めたたえた。


「お、おう……そういうものか……」

「これは陛下!ご尊顔を拝し奉り恐悦至極に存じます!遠征隊のルーギウス・フェリクス・ハルデン中尉であります!」


突然の大声に驚いてうめいた陛下に初めて気付いたふりをしながらルーギンは敬礼した。


「ハルデンというは北辺のハルデン子爵の……」

「はっ、三男であります」


と答えると、納得したという表情で陛下がルーギンを見やる。


「うむ、元気でよい。武官は元気が大事だ。……その植物、余にはわからぬが良いものみたいであるな」

「はっ、大変良いものと存じます」

「では元気の褒美に持って帰ってよいぞ」

「……ありがたき幸せ!」


ミリエは事態についていけていないようで目を白黒させていたが、

泥のついた『イモ』の箱を抱えて敬礼するルーギンを見ると、黙って彼をずっと見つめていた。


(突然のことで混乱しているみたいだな)とルーギンは思った。


(俺もなぜこうなったのかわからないぞ)


 - - - - -


ルーギンは領地に『イモ』の苗を送り作付けするように指示したが、帰ると見事に誰も何もしていなかった。

『イモ』の苗が何なのかわからず、家臣たちは遠巻きに見守るだけだった。


さすがに説明もなしには無理かと思い家臣を集めて説明会を開いた結果、「聖典にないからダメ」という結論がでてしまった。


(陛下の命令と言えば……)

ルーギンは考える。

(いや、陛下は「持って帰ってよい」と仰っただけで、作付けしろとは仰っていない。勅命の偽造は死罪だ)


領主権限で植えさせようにも家臣たちが動かないのでは難しい。


経験と常識が新しいものを強固に阻んでいる。

そして、自分の手には『イモ』の苗がある。


ならば自分でやるしかない。


「開墾は異大陸ぶりだな」


城の周りは敵が隠れられないように空き地にしている。

兵や馬の訓練にも使うので踏み荒らされ、到底農地に向いていない。


だが、異大陸での『イモ』畑を思い起こすに、やせた土地でも問題ないはず。

ルーギンは大きく振りかぶると、鍬を振り下ろした。


 - - - - -

 

イモは芽吹き、葉を伸ばし、やがて土の下で実をつけた。

初春に植えた苗は夏には立派に育ち、鍬を入れると土の中からごろごろと黄金色の実が現れた。


「おお……見事に育ったな」


ルーギンは汗に濡れた顔で満足そうに頷いた。

『イモ』の収穫は初めてだが、実の重さでいうと同じ広さで収穫できるムギの何倍もあるかもしれない。


(これは絶対にいいものだ)というルーギンの思いと裏腹に、家臣たちは誰も近寄ろうとせず、遠巻きに見ているだけだった。


今年は幸い寒波もなく、麦も豆も平年並みに実った。誰も飢えていない。

見たこともない聖典にも記されていない作物を進んで口にする者など、いるはずがなかった。


せっかくミリエに作付けがうまく行ったのを報告したいのに、誰も食べないのでは片手落ちになってしまう。


「ですから申し上げたんすよ、うまく行きっこないって」

口をひんまげてルーギンの従者がぼやく。

異大陸遠征にまでついてきてくれた忠実な召使だが、『イモ』の収穫を手伝わされ、無理やり『イモ』を食わされたのが嫌なのかぶつくさ言っている。


「美味いって言ったじゃないか」

「へぇ、言いましたけれども、あっしはパンが食えるならそっちがええです」

「残念だったな、今日も『イモ』だ。好きなだけ食べていいぞ」

「ああ、畜生め、何てこったい」


と悪態をついているが、彼が『イモ』を何個もお代わりすることを知っているルーギンは苦笑して許してやっている。




そんな折、王都から馬車がやってきた。


「ルーギンさま、お久しぶりです!」


従者を従え、姿を見せたのは、遠征で共に汗を流した文官の少女……ミリエであった。


家臣たちはざわめいた。

「知らない貴族のお嬢様が来たぞ!」

「奥方候補か?!」と囁く者もいる。


色めき立った家臣たちが見つめる中で、彼女が真っ先に案内されたのは城ではなく『イモ』畑であった。

「じゃあ違うか」

興味を失った家臣たちが三々五々解散するのを傍目に、さっそく畑の土を踏みしめるミリエ。

土に汚れてもいいように乗馬ズボンと長いブーツを履いている。


「素晴らしいですわ」

収穫のため掘り返された新鮮な土の匂いに包まれながら、ミリエは『イモ』を手に取ってうっとりとそれを見つめた。


ルーギンは頭をかきながら言った。

「せっかく収穫できたが、誰も食べようとしないんだ……。せっかく苗をもらったのに、申し訳ない」


ミリエは静かに首を振る。

「いいえ!作付けだけでなく収穫までできるなんて……。王都でも、私がどれだけ勧めても誰一人も口にすらしてくれず……」


そういう彼女の目にうっすらと涙が浮かんでいる。


(いつも明るくて前向きな彼女が収穫ができたぐらいで泣くなんておかしい……)

そう思ったルーギンは思い切って尋ねてみた。


「あ、すみません、これは……その、個人的なことで……」

彼女は悩んだが、ルーギンの目を見て決心したように話しだした。


彼女の家は代々王宮付きの医者だ。

父の代で王族の病を癒した功績で爵位と小さな領地を賜った。

だが作物の不作に伴って疫病が流行し、私財を投げうって父と彼女が治療と施しをしたが、ついに破産に追い込まれた。

借金を返すために領地を返上する羽目になり、それから無領地の「ローブを着た貴族」として王都で医業を続けてきたのだという。


「食べるものがなければ、人は本当に簡単な病で死んでしまうんです。だからこそ、この『イモ』をどうしても広めたいんです」

そういう彼女の目は遠くの元領地を見つめているようだった。



農地を見て回った後に、ルーギンはミリエを夕食に招待した。 

『イモ』料理が並べられた会食の席で、二人は異大陸の思い出話や、農業や医業の話に花を咲かせる。


「いろいろと役に立つ植物はあるんですよ、ご領地にも何か良いものがあるかも」

とミリエはいつも持ち歩いている古く分厚い植物図鑑を開いた。


様々な植物とその絵、活用方法が記載されており、とても役に立ちそうだ。


「見せてもらってもいいかな?」

ルーギンは図鑑のページを手繰ると、『イモ』に似た丸い植物のページが目に留まった。


「トリュフですわね。地下で育つキノコの一種ですわ」


ルーギンはそれを聞くと考え込んでしまった。しかし、すぐに考えるのを放棄してつぶやく。

「トリュフも地下に生える。なのに『イモ』は下品……なんでかなぁ」

「難しいですわね……トリュフは王都では最高級の食材として珍重されていて。古典にも薬として載っているのですけど……」


それを聞いて、ルーギンはポンと手を叩いた。


「あ、つまりそういうことか」

「え?」

「だからさ……」

「なるほど……それならば!」


二人が楽しそうに顔を寄せて話し合うのを二人の従者が部屋の隅で目くばせしながら見つめていた。




会食が終わり、宿を取った神殿に向かうときに思い出したようにミリエが言った。


「ところで、ルーギンさまは軍服のときと口調が違うんですのね」

「あ……すみません、領地だとこっちの口調が素であれは軍務用の口調で……というか隊長さんって呼ばないよね?」

「はい、隊長さんとどっちがいいか悩んだんですけど、軍服着ていらっしゃらないからルーギンさまかなって」


「……ありがとう、文官……ミ、ミリエ嬢」

ちょっと緊張しながらミリエを名前で呼ぶルーギン。

「こちらこそ、ルーギンさま」

それに対し裾の無い服で裾を持つふりをして貴族の礼をするミリエ。


「あはは」

「ふふふ」


二人は顔を見合わせると、どちらともなく笑い出した。



 - - - - - - - - -



数日後。

ルーギンの城でパーティが開かれた。王都から高名な医官の一族が来たので紹介したいと近隣の貴族を招いたものだ。

ミリエの父は王族の命を救った名医なので嘘ではない。

それに田舎貴族は王都の話題に飢えているため、王都から来た人というだけで客は集まった。


パーティでは当然ながらミリエを貴族たちが取り囲み、最近の王都の情勢や医療について次々に質問する。

それを見て、ルーギンはなぜか気分が落ち着かなかった。

(ミリエを紹介する口実で呼んだのだからこれでいいはずなのだけど……なんで落ち着かないんだ?)


なぜかそわそわしているルーギンは予定を繰り上げて本題に進むことにした。


「皆様、ご注目ください」

ルーギンは一つの箱を恭しく掲げた。

中には『イモ』が入っている。

ただし泥をきれいに洗い落とし、絹で包んで細かい木彫りの入った箱に納められたそれは、どこか気品さえ漂わせていた。


「高名にして賢明なる諸侯、これなるは異大陸遠征に際し、勿体なくも国王陛下御自ら下賜いただきました宝。その名も『亜種トリュフ』にございます!」


場の貴族たちから「おお」とざわめきが広がる。


「なぬ、トリュフか?!」

「陛下から賜ったとは……」


ルーギンはさらに言葉を続ける。

「知識博覧なる諸侯がたには既にご承知のことと存じますが、トリュフとは王都でも殊に珍重される至高の食材にして、地中に宿るものでございます。」



「うむ! もちろん知っているとも!」

「当然であろう」

「知識博覧なるが故な」

口々に言い募る貴族たち。田舎者ではないかと気にしている地方の小貴族にとって王都の流行を知らないなどとは口が裂けても言えないのだ。特にほかの貴族の前では。


ミリエが話を引き取って続ける。

「私は不勉強ですが、たしか古典にも記載のある由緒のある食材で、白や黒などさまざまな種類があると聞いた覚えがございます」


「おお、その通りだ。若いのによくご存じだな!」

「余もトリュフはよく食べるが、数々の種類があるのは常識」

「陛下が下されたものに相応しい気品があるではないか」


貴族たちは見栄と王の権威、そしてトリュフという名前の前に称賛するばかり。


「これをぜひ特別に皆さまにのみ召し上がっていただきたいと用意してございます」

「それはかたじけない!」

「陛下のご下賜品とは勿体ないことだ!」



ルーギンとミリエが異大陸で食べたバター『イモ』の味を思い出して塩と油で濃いめに調理し、

香草をたっぷり振って匂いを巧みにごまかした『亜種トリュフ』は大好評だった。



それを見たルーギンは高らかにこう宣言した。


「これは素晴らしすぎるため、貴族専用とし平民が食べるのを禁ずる!」


貴族たちは満座の拍手でそれを称えた。



 - - - - - - - - -



数日後、荘園にルーギンの従者の姿があった。

自慢げに農民たちに話しかけている。


「その亜種トリュフがよ、お貴族様たちに大変ご好評でなぁ、

皮は香ばしく、実はほくほくとしていて見るだけでも目の贅沢ってもんよ」


農民たちが羨ましそうに従者を見やる。


「へぇ、『とりゅふ』ってのはそんなにええもんだか?」

「そういえば城主様が城の外でヘンな作物を作っていらしたな?」

興味をそそられた農民たちが『イモ』畑をのぞきに来る。


そこへ兵士が現れ「下民が触れてよいものではない!」と荒々しく追い払った。


「なんだい、ありゃあ」

「今まで誰でも入れる土地だったのに、急に追い出すなんてよ!」

「先代様までこんなこたぁなかっただ」

「オラぁ怒ったぞ、下民に見せもしないなら、オラがこっそり一本引いてきてやらぁ」


その夜、怒った農民がこっそり畑に忍び込んだ。


「へへ、あの兵士も居眠りしてやがる。ざまぁみやがれ」


と首尾よく『イモ』を掘り出し、仲間で分けて食ってしまう事件が起きた。


「……うまい……!」

「これがトリュフかぁ、寿命が延びるだよぉ」

「ひょっとしてこれ、俺らも植えられるんでねぇか?」


やがて密かに自分の畑に植える者も現れ、噂は荘園全体に、また領外の荘園にも広がっていった……。


もちろん、ルーギンの思惑通りである。

噂を広めた従者と悪者役と居眠り役を演じた兵士には褒美としてたっぷりの『イモ』が渡された。


そして、あまりに荘園内に『イモ』の栽培が広がったため、

事態に怯えた荘園代官が「恐れながら……」と相談してきた。


ルーギンはニコニコしながら、「しょうがないな、代官が言うなら栽培を認めよう!」と宣言した。


こうして亜種トリュフ、つまり『イモ』の栽培は広まることになった。


 - - - - - - - - -



しばらくたち『イモ』の普及が順調かと思っていた矢先、問題は起きた。



「収穫が落ちている……か」


作付けを重ねた畑での収穫量が目に見えて減ってきたのだ。


ルーギンはしばらく自分で考えたが、意味がないと思い直して王都のミリエに手紙を書くことにした。


ミリエはすぐに王都から馬車を飛ばして駆けつけてきた。


「ルーギンさま!大丈夫でしたか?」

彼女はルーギンの顔を見ると嬉しそうに駆け寄って挨拶をした。

とても魅力的に微笑むので、ルーギンはつい見とれてしまったが、すぐに思い直す。


「えっと、問題の畑が……こっちだ」

「はい!」


ミリエと荘園の畑を見て回った。

途中で彼女が熱中しすぎて土に突っ込みそうになったので、慌てて抱き寄せる。


「あ……あの……ありがとうございます」

「ご、ごめんなさい。レディの身体を触るなんて失礼を」

「いえ、助けていただいたのですから、気にしないでください……」

「そういうわけには……」

二人とも真っ赤になって会話もしどろもどろだ。


「えっと、深呼吸しよう」

「はい」


落ち着いたミリエが改めてメモを見て少し考え込んで言った。

「新しく作付けしたところは問題ないので……連作がまずいのかもしれませんわ」


同じ作物を何年も作り続けると、土の地力が減ってしまう。

そのため、土を消耗させるムギなどは土を回復させる豆、牧草などと毎年入れ替えて作付けする、

輪のように作物を入れ替えるのでこれを輪作という。


「ムギのように輪作を行いましょう」

ミリエの提案で、輪作パターンをいくつか考案し、それごとに畑を区分けして実験が始まった。


(やっぱりミリエは頭がいいなぁ)

この少女は自分に持っていないものを沢山持っている。


「その、今日も会食を用意させるけど、『イモ』でいいかな?」

「はい!」


(こういう時間が取れるなら問題が起きてもいいな)


ルーギンはそんなことを思ったことを、後で激しく後悔することになる。


 - - - - - - - - -


翌春、寒波が王国を襲った。

北辺の領地は特にひどく、一面の麦畑は実を結ばず、干からびた穂が風に揺れている。

領民は青ざめ、年貢免除を求めて城に押しかけた。



混乱した領地に現れたのはルーギンの父と長兄であった。


父が厳かに宣言する。

「ルーギン、貴様の勝手な試みで民は飢えておる。ついては城主を解任し、直轄領に戻す」


長兄が言葉を継いだ。

「余計なことをせず、古来からの決まり通りやっていれば神の恵みがあったはずだ!」


(無茶苦茶な言い分だ、『イモ』の作付けと寒波は関係がない!……神?)


父と長兄の後ろには陰湿な笑みを浮かべている神官が立っていた。


(あいつが告げ口を?!)


ルーギンに下手な言い訳をするつもりはなかった。

そもそもそんなうまい言い訳など考えつくはずもない。


「父上、兄上、どうか三ヶ月だけお待ちください。必ず領民を食わせて見せます」

「ムギがあの有様で何をどうしようというのだ!『亜種トリュフ』とやらも収穫が減っているというではないか!」

「できます!」


一方的に叱られるも、ルーギンは必死に食い下がった。


(ここで終わるわけにいかない、絶対に『イモ』は救いになるんだ。それが俺の夢で……ミリエの夢でもあるんだ!)


一生のお願いだ!ここで解任されるなら死ぬ!と言わんばかりに食い下がった。


「ふん、今も三ヶ月後も変わらんわ。が、一揆がおきたらすぐに兵を出すからな?」

あまりの気迫に根負けした父と兄が帰っていくと、ルーギンは荘園に走った。


「枯れたムギ畑に、『亜種トリュフ』を植えよう!」

そこは、まだイモを植えていない場所だ!


そして……三ヶ月後。


荘園の畑という畑から、黄金色にきらめく『イモ』が山のように掘り返された。

領内に餓死者は一人も出なかった。


腹いっぱい食べ、喜ぶ農民たち。笑う子供。


寒波と、それを乗り越えた『イモ』。それはルーギンが夢見ていたとおりの領地の姿だった。

(全部、ミリエのおかげだ……)


『イモ』を持ち帰っただけでなく、トリュフについて、連作の問題についても彼女がいなければ前に進まなかった。

ルーギンにはもうミリエがいない人生が考えられなかった。


「あの『亜種トリュフ』のおかげで助かっただ……」

「これこそ神の恵み、奇跡だ!」


農民たちが次々に神殿に報告し、神官も「確かに天の慈悲である」と認めざるを得なかった。

神官は農民のお布施で生きているので、農民に逆らえば、明日から食事にも事欠くことになる。

そしてそのお布施はムギから『イモ』に代わってしまった。


神は万能である。万能の神がムギを枯らし『イモ』を食えというのであれば、これは神のご意思である。


現実と信仰の両面から責められ、神官は苦虫を噛みつぶしたような顔で『イモ』を食うのであった。




農民たちに来年の収穫まで十分な『イモ』を残しても、年貢分として大量の上納があった。

北辺領地はどこも飢饉なのに、ルーギンの城の倉庫だけがいっぱいだ。


ルーギンは「貴族専用という話もしましたが、天災なのでやむを得ないでしょう」と余剰分を近隣の貴族領に支援した。


近隣貴族たちは気持ちよくそんな話を忘れ、感謝の言葉をルーギンだけでなく、領主であるルーギンの父と兄に届けた。


「……余は最初からあの『イモ』とやらは素晴らしいと思っていたのです」

「ええ、陛下のご下賜品ですから間違いがあるわけないじゃないですか……」


地方貴族は見栄張りである。ルーギンの父と兄も間違いなどは最初からなかったふりをして、感謝の言葉を受け取った。

そしてこっそりルーギン領の神官を入れ替えた。



もちろん、城主をクビにする話もなかったことになった。




 - - - - - - - - -


王城の大広間にて、謁見が行われている。


天井から吊るされたガラスのシャンデリアが、ふんだんに灯されたロウソクの火を受けてきらめく光を床に降らしていた。

その光は、まるで神の祝福が下されたかのように、ひざまずく騎士を照らし出している。


「北辺の騎士、ルーギン・フェリクス・ハルデン。余が下賜した品を活用し国を飢えから救った汝の功績はまさしく偉大なり」


王の声に、列席する大貴族たちがどよめいた。彼の話は王都ではすでに道を行く子供ですら知っているぐらいに広まっている。

泥にまみれた作物の将来性を見抜いた賢明な王と、その王の意思を忠実に実行し、国を飢えから救った実直な騎士の話である。


(そういう話だったかなぁ?)


ひざまずく北辺の騎士、ルーギンは考えるが、大筋ではあっているような気がするので難しいことは考えないことにした。

むしろ戦場での手柄は立てられなかったが、作物で国を救ったのは事実であり、それは彼にとって誇らしいことだった。


そして王都の大貴族、そしてその頂点たる国王は見栄張りである。間違いなどは何もなく、最初からすべて考え通りに進んでいたに決まっているのである。



「ゆえに、汝に男爵位を与える!」


ルーギンは深々と頭を垂れた。


「領地についてはハルデン子爵より、今の領地をそのままルーギン領として認めるとの申し出があった」

「ありがたき幸せ、子々孫々、王家への忠誠を尽くします!」


ルーギンは心から王に感謝し、改めての忠誠を誓った。


(領地!子々孫々に受け継げる爵位!これで……)


謁見の帰途、王城の門で貴族の少女が待っていた。

大きな丸眼鏡に、艶やかな長髪を垂らし、医官のローブをまとっている。

その目はまっすぐにルーギンを見据え、頬は赤く染まっていた。


ルーギンはその前に膝まづくと、その手を取った。


「我が妻になっていただけますか、ミリエ嬢」

「……はい、ルーギンさま」


その後、ミリエは医療用アルコール消毒の知識を活用し、イモから蒸留酒を生み出した。

ミリエが調べたハーブを漬け込んだその酒は交易品となり、ルーギン男爵夫妻は国随一の富を築いた。


さらにミリエの輪作の実験は大成功を収め、以降、ルーギン領では休耕地をなくして収穫量を何倍にも増やした。


領民の子供たちは丸々と太り、領地では飢えで苦しむ者がいなくなった。


そして国中に『イモ』は広まっていき、『亜種トリュフ』などという堅苦しい名ではなく、


いつしか誰ともなく『男爵イモ』と呼ぶようになった。



めでたし、めでたし。

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― 新着の感想 ―
芋ってやっぱりとっても偉大ですね。 気持ちの良いお話でした。あと芋も食べたくなるお話でした。
ほっこりしました……芋だけに!(∩´∀`)∩ これ、ミリエと共に世襲貴族の家門を開いたということは彼女の家の医術も継承することになりますね。素晴らしい。
オチがいいです!
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