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この世で一番強い妖2

 夏休みは写真をいっぱい撮った。

チャコと二人で出かける事もあったし、先輩たちと校外撮影もした。

運動部の試合とかも撮ったが、動く物を被写体にするのはなかなか難しい。

先生に教えてもらい、チャコと二人で必死に撮った。


 夏休みは充実していた。


 チャコと一緒に部活をするのは今回が初めてだけど、本当に楽しい。

先生ともどんどん親しくなったし、チャコと先生を仲良くさせる作戦はなかなかうまく行ってると思う。


 夏休みも終わり、学校生活を満喫すると、あっという間に文化祭になった。

生徒会に入っていた時は非常に忙しかったが、写真部は楽なものだ。

新校舎の二階の教室を借り、それぞれの作品を展示しているだけ。

一応、案内と監視係がいるにはいるが、それ以外は自由に文化祭を楽しめる。


 今、私は二年の先輩と一緒にその係をしていた。

一年生は先輩と組む事が決まっており、チャコと組むことはできない。

チャコは午前中のうちに係を終えていたから、今は文化祭を堪能中だろう。

私も係が終わればチャコに合流する予定だ。


 特に何か起きる事もなく、係を終えようとしていた頃、展示していたパネルが三枚ほど落ちた。

教室の後ろの壁に展示していたパネルだ。

マスキングテープの上に両面テープを貼り、壁に固定していたのだが、マスキングテープが取れてしまったようだ。

落ちたパネルを拾いながら、先輩に声をかける。


「先輩、マスキングテープってあります? 」

「あー、そういえば先生が持って行っちゃったかも。」

「そうなんですか。」

「うん。両面テープならあるんだけど。」


 先輩はそう言って、ごそごそと机の中を探り、両面テープを取り出した。


「パネルからテープが剥がれる事はよくあるんだけど、マスキングテープが剥がれるとは思わなかったね。」

「はい。」


 壁から剥がれたマスキングテープを見ると、粘着面に埃が付いており、もう使えそうにない。


「先生が持ってるんですよね。」

「うん、多分。」

「じゃあ、先生に言ってきます。」

「あ、他に何か変なとこはない? 」


 他に先生に報告することはないかと、先輩と確認する。

壁に貼ってあるパネルはまだ大丈夫そうだ。

教室に何枚か置いておる有孔ボードのパーテーションに付けているパネルも問題ない。


「先輩、こっちは大丈夫そうです。」

「ありがとう! こっちも大丈夫。」


 先輩は机の中の備品や近くのパネルを確認してくれたようだ。


「じゃあ、マスキングテープだけお願いしてきます。」

「よろしく。あ、先生の場所わかる? 」

「はい、大丈夫です。」


 先輩との会話を終え、手を振り、教室を出た。

先生の場所はわかる。少し強引なくらい先生に近づいているのだから。

きっと屋上だろう。

先生は屋上が好きで、よくそこにいるのだ。


 二階の渡り廊下を通り、旧校舎へと入った。

新校舎と旧校舎はグラウンドに面してL字型に建っているのだ。

文化祭の主会場になっている新校舎と違い、旧校舎に人はまばらだった。

旧校舎には文化系の部室や生徒会室があり、化学準備室も旧校舎にある。

階段を上り、屋上を目指した。


 屋上へ出ると、薄い雲がかかった青い空が広がっている。

秋の風は涼しく、遠くに文化祭の喧騒が聞こえた。

先生は屋上の落下防止のフェンスによりかかりながら、煙を燻らせていた。


「校内は全館禁煙ですよ。」


 悪戯っぽく笑いながら近づくと、先生はあーと目だけを上に向けた後、手に持っていた携帯灰皿で煙を消す。

そして、蓋を閉めるとそれをポケットへ入れた。


「どうした、何かあったか? 」

「パネルが落ちちゃったんです。」


 先生の隣へと進み、フェンスに指をかける。

先生の質問へ答えながらも、目はグラウンドを見ていた。


 文化祭。

昼食時。

グラウンド。


 この既視感。

もしかしたら、何か起こるかもしれない。そんな予感があったから。


 そして、私の予想通り。

眼下のグラウンドを横切る、黒い髪が見えた。


 ああ、そうなんだ。

私が鋼介君と仲良くなくても、友孝先輩と親しくなくても。

チャコはこうなってしまうんだ。


「先生、あれ、見えますか? 」

「……友永か? 」


 隣にいる先生にグラウンドを示す。

先生はあっという間にクラブ棟の裏へと消えてしまったチャコの姿を少しだけ見る事ができたらしい。

背を預けていたフェンスへと向かい合い、指をかけていた。

私には遠すぎてチャコの表情は見えなかったが、妖である先生には見えたのかもしれない。

先生は不審げに眉を顰めている。


「チャコ、変でしたか? 」

「ああ……目が。」


 先生はじっとクラブ棟へと視線を向けた。

そこにチャコがいる。

きっと目を金色にして、ギュッと体を縮こまらせているんだろう。


 先生と二人、じっと目を落としていると、ふと新校舎からクラブ棟へ向けグラウンドを横切っていく姿が見えた。


「賀茂か? 」


 先生が驚いたような声を出す。

私はグラウンドを横切る褐色の髪を見て、心がスッと冷えていくような感覚を覚えた。


 ……友孝先輩が行くのか。


 先輩がチャコを追ったということはチャコに生気を与えるつもりだろう。

二度目の文化祭を思い出し、心に痛みが走る。

またチャコはあんな辛そうな顔をするのだろうか。


 来ないでって叫んで……、おねがいしますって懇願する。

そして、泣きそうな顔で笑うんだ。


「先生……チャコを、チャコを助けてください。」


 知らず、声が出た。

自分の声とは思えないぐらい掠れている。


「チャコは賀茂先輩の式神なんです。」


 もういいよね。

先生はチャコの事、気にしてくれてるよね?

話せばきっと助けてくれるよね?


「……本当か? 」

「はい。」


 いつもより低い先生の声に肯定の意を返すと、先生はハァと小さく溜息をついた。


「名波が……俺に何かをさせようとしている事はわかっていた。」

「はい。……すいません。」

「友永を助けてほしい。そういうことか。」

「はい……。」


 勝手なお願いだとわかってる。

先生の優しさと気持ちを利用する私は最低だ。


「友永も何か抱えているとは思ったが……まさか式神とはな。」


 先生の顔が苦々しく歪む。


「先生、式神をやめる方法ってないんですか? 」

「ない。陰陽師か式神か、どちらかが消えるまで契約は消えない。」


 もしかしたら、と期待して発した言葉は、にべもなく低い声に打ち砕かれる。

友孝先輩にも言われた言葉と同じだ。

それでも諦めるわけには行かなくて、必死に先生を見上げた。

先生はそんな私にまたハァと溜息をつくと、ゆっくりと言葉を続ける、


「妖として生まれると、陰陽師の怖さと式神になる恐ろしさを伝えられる。一生消えない契約だ、わざわざ陰陽師に使役されたいと思う妖はいないからな。」

「……チャコは知らなかったんでしょうか。」

「かもしれない。チャコは親がいなかった。……賀茂の事だ、友永に真実を伝えず、逃れられないようにして契約を迫った可能性もある。」


 なるほど、チャコは式神がどういうものかもわからず、契約してしまったのかもしれない。

私が垣間見る事ができたチャコと友孝先輩の関係はどこか歪な物だった。


「妖が式神になりたい、と思うのはどういう時なんですか? 」

「そうだな……その陰陽師に惚れぬいて一生傍にいたいと思ったものか、その生気に魅了され、逆らえなくなったものか……滅する前に脅されるように契約させられたものか。式神になる妖はそういうものだ。」

「チャコは強い妖なんですよね? 賀茂先輩に脅される事があるでしょうか……。」

「友永なら賀茂から逃げきれるだろう……脅された、とは考えにくいな。」


 じゃあ、惚れたか、魅了されたということなのだろうか。


 私と先生は同じ結論に至ったのだろう。

先生は大きな息を吐いた。


「よりにもよって、賀茂の式神か……救われないな。」


 前回も聞いた言葉。

だけど、今はその言葉に苦しみや悔しさが感じられる。


「先生。私は……チャコをウソつきだと思いました。私を騙して近づいてきたんだって。」


 そう。私は自分の気持ちを止められなかった。

そうしてできた距離を埋める事さえできなかった。


「でも、チャコが笑うんです。私といると楽しいって。たくさん写真を撮って、思い出が増えたって。」


 だからウソじゃない。

チャコは逆らえない任務に沿いながらも、私と笑ってくれる。

だから私はチャコにずっと笑っていてほしい。


「チャコは……その日その日を懐かしむように生きてるんです。笑ってるけど、終わりを知っているような。」


 いつか消えてしまう自分を知っているような。


 そんなの嫌だ。

諦めたくない。

先生に助けて欲しい。


 先生をじっと見上げると、先生の目がゆらゆらと揺れた。


「……名波、俺も、そうなんだ。」


 先生の目が苦しそうに細まる。


「『この世で一番強い妖』なんて言われているが、自分の力が抑えきれないんだ。」

「抑えられない? 」

「ああ。力が強すぎる。いつも暴走しそうになる自我を必死で留めている。」


 驚いて目を丸くすると、琥珀色の目は優しく、でも寂しそうに笑った。

チャコとどこか同じ目。


 先生も消えてしまう?


「少しでも何かを残したくて教師をやってみたり、写真を撮ってみたりしてる。俺が友永を放っておけないのも、俺と同じような目をするからなんだろうな。」


 先生は一度目を瞑った後、こちらを見た。

もうその目には先ほどの色はない。


「消えていく俺にできることがあるなら。……名波が知っている限りでいい。友永の事を教えてくれ。」


 先生のその言葉に私は必死で情報を伝えた。

チャコが依代のない妖であること。

妖気を自分の物にできること。

強くなった力が友孝先輩にも影響すること。


 私の言葉が終わると、先生は何か考えるような仕草をして頷いた。


「なるほど……友永は普通の妖とは少し違うらしいな。」


 そして、ゆっくりとこちらを見る。


「名波、お前の力で俺の力を抑えられないか? そうすれば、友永も……。」


 口角がニッと上がった。 


「――賀茂から奪ってやろう。」


 先生がフェンスに右手をかけて、こちらを見下ろす。

その琥珀色の目は挑戦的に光っていた。

薄雲がかかった青空の下。

その色が私の目に焼き付いた。





 文化祭が終わって、先生と私は力を抑える訓練を始めた。

チャコの前でやるわけにはいかないので、チャコといる時間が減ってしまったが仕方ない。

どうやら私の力はどこかに触れていると相手に影響を与えやすいらしい。

鋼介君や友孝先輩の時の事を考えるに、イメージし、それを触れた部分から流すような感じだ。


 さすがに先生にキスをするわけにはいかないので、手を繋ぎ、少しずつ訓練した。

手を繋ぎ、先生の体の中の力を感じる。

先生の力は今にも体から溢れ出しそうだった。

その力を覆うように、私の力を纏わせていく。

そして、溢れ出そうとしている力をグッと抑え込むのだ。


「どうですか? 先生。」

「ああ、かなり力が抑えられているのがわかる。」


 いつも通り、他の先生が帰った後の化学準備室で訓練をしていた。


 今日はバレンタインデー。

夜空には銀色の満月が輝いている。


「先生。これをしたらきっとチャコが来ます。」

「……時々、名波は予言めいた事をいうな。」

「妖雲の巫女ですからね。」


 ふふっと笑って、先生へ顔を寄せる。

今までの訓練で培ってきた事を必死に思い出して、そっとその口へと触れた。

手とは違い、一気にその体に力が流れたのがわかる。


「これなら長生きできそうだな。」


 ハハッと先生が悪戯っぽく笑った。

そして、その琥珀色の目がスッと窓を見る。


「……来たな。」

「先生。」


 大丈夫なんですよね? じっと顔を見上げれば、ゆっくりと頭を撫でられた。


「俺ができる事はやろう。後は名波、お前次第だ。」


 先生は私を抱き寄せると、窓を開け、ザッとグラウンドへと飛び降りる。

三階から飛び降りたのだが、痛みもなく着地した。


「賀茂。何の用だ? 」


 先生はグラウンドの端を見て、不敵に笑う。

友孝先輩はやれやれ、と肩をすくめて見せた。


「私としても狐とやりあっても無駄だと思うんだけど。やるだけやらないといけなくてね。」

「それは好都合。俺としても周りをちょろちょろされるのもめんどくさくなってきた頃だ。――なあ、友永? 」


 友孝先輩の隣に立っていた影がビクリと揺れる。

そして、眉を八の字にして先生を見た。


「あー……ごめんね? 先生。」

「友永の事は気にかけてきたつもりだが、これが恩返しか? 」

「すいません、本当に感謝してます。はい。」


 チャコがキョロキョロと視線を彷徨わせる。

後ろめたいのか、私の事は見なかった。


「無駄話はおしまいだよ。チャコ、ほどほどでいい。ダメだと思ったらすぐに逃げろ。」

「はい。」


 先輩の命令で、茶色い大きな狼が姿を現す。

先生はそれを見て、自分も大きな金色の狐になると、その琥珀色の目をこちらに向けた。


「任せた。」


 そう一言残し、茶色の狼に向かって飛びかかって行く。



 戦いは一方的だった。



 前回と同様、金色の狐の攻撃があっという間に茶色の狼の体を削っていく。

茶色の狼は回復が間に合わず、苦戦しているようだ。


 大丈夫。

大丈夫。


 チャコの苦しそうな表情を見ると、心がズキズキと痛んだが、これはチャコを解放するためなのだ。

先生から具体的な方法は聞いていなかったが、私は先生を信じている。

これまでしてきた訓練。私が先生の力を抑える。それがチャコを救う事に繋がると。


「チャコ、もういい! 」


 茶色の狼の窮状に耐え兼ねた友孝先輩の声が響く。

茶色の狼は疲れに滲んだ金色の目でそちらを見ると、撤退のために体を翻した。


「――逃がさない。」


 しかし、体を翻した茶色の狼の背中に金色の狐が乗りかかる。

茶色の狼は地面と金色の狐とに挟まれ、苦しそうに顔を歪めながら前脚を動かした。

必死にもがいているが、逃げ出すことは叶わない。


 そして――


 金色の狐が茶色の狼の首筋を噛み千切った。

茶色の狼の断末魔が響く。


 私はその光景に息を飲むしかできなかった。


 ウソだ。

そんなわけない。


 信じられない展開に体が凍って動かない。

その間に茶色の狼は首から大量の血を出し、地面に溶けていった。

金色の狐の咆哮がこだまする。


「チャコが……チャコが……。」


 目の前の出来事が信じられず、うわ言のようにその名前だけが溢れてくる。


 先生はチャコを助けると言ってくれた。

二人でずっと力を抑える練習をしていたのに。

チャコを食った先生は自分の力を制御できずに暴走を始めるだろう。


「ッ……なぜチャコを食った? 」


 友孝先輩にとっても予想できなかった展開だったようで、言葉からは焦りが見える。

金色の狐が茶色の狼を食った。

それはこの世で一番強い妖が暴走を始める引き金になるだろう。

その先にあるのは恐ろしい光景だけだ。


「自分だけでギリギリのくせに、他の妖を食うなんて、何考えてるんだ? 」


 呆然としていた私の後ろから、からかうような声音が聞こえた。

この場に不似合なその声にパッと振り向けば、黒い髪を風に靡かせながら、ニヤリと笑っている男の子が立っている。


「安倍、君……。」


 安倍勇晴。

最強の陰陽師がなんでここに?


 安倍君は私の声に軽い感じで手を上げる。


「おお。なにあれ、すごいヤベーな。賀茂じゃ抑えきれないだろうし、俺も手伝ってやるか。」


 友孝先輩は何か技を使ったようで、黒い縄のような物で金色の狐をギリギリと締め付けた。

安倍君はそれを悠々と眺めながら、私の前まで歩いてくる。

そして、首をコキリと回した。


「強い妖とか燃えるな。暴走してるって事は倒してもいいんだろうし。……あー、解剖したい。」


 眼鏡の奥の黒い目がキラキラと輝く。

そしてなにやら呟くと、友孝先輩の技で動きを制限されている金色の狐に手を向けた。

途端、白い光が収束し、金色の狐の周りにモヤのように拡散する。

金色の狐はそれを吸い込むと苦しそうに顔を歪めた。


「まずは内部からジリジリ行くか。……あー、でも賀茂の技が終わるな。」


 安倍君が呟くと、金色の狐を縛っていた縄が千切れ、霧散する。

それと同時に金色の狐は白いモヤの中から脱出し、憎々しげに安倍君を見た。

琥珀色の目に光はない。


 その目を見て、不意に先生の言葉が蘇った。


『後は名波、お前次第だ。』

『任せた。』


 そうだ。

私が。

私がやらなくてはいけない。


 私は先生の力を抑える訓練をしたんだ。

こうやって暴走している先生を抑えることもできるかもしれない。


「安倍君! 私を先生の顔まで連れて行って欲しい! 」

「あー? 死ぬぞ? 」

「お願いね! 」


 言うや否や、私は金色の狐に駆けだした。

安倍君が後ろで舌打ちしたような気がするけど気にしない。


「おい、賀茂! もう一回縛れ! 」

「……ッ言われなくとも。」


 先輩は連続して技を使うよう既に準備をしていたようで、また黒い縄のようなものが金色の狼を縛りつけた。


「乗れぇ! 」


 安倍君の声がして後ろを振り返ると大きな呪符のようなものがこちらへ飛んできている。

慌ててそれに乗ると、一気に金色の狐の頭まで飛んだ。空飛ぶ絨毯のようだ。


 力を抑える。

先生の力のその周りにベールで包むような感じで……。


 先ほどの事を思い出しながら、獰猛な牙が覗く口元へと体を寄せた。

琥珀色の目がチラリとこちらを見た気がするが、振り払われることはなく、その牙へと手をかける。

そして、右上の牙にゆっくりと口づけた。


 その体に先生の力と、何か黒い力を感じる。

先生の力を意識して、それを抑える事に集中した。


 うまくいったのだろう。

狐の大きな体が溶け、地面に金色の髪の青年が横たわった。


「先生……っ! 」


 大きな呪符は私を乗せたままゆっくりと地面に降りると、役目を終える。

私は先生に駆け寄り、その体を抱き起した。

先生は一度ギュッと眉を寄せると、バッと体を起こす。

私から離れた体をくまなく見て、困ったように眉を八の字にした。


「……どうしよう。唯ちゃん。」


 先生の顔で、先生の声で。

だけどチャコみたいな表情で私を『唯ちゃん』と呼ぶ。


「……チャコなの? 」


 先生をじっと見つめながら声をかけると、先生は泣きそうな顔で笑った。


「先生がこの体をくれるって……自分は奥で力を抑えとくからって……。」

「おお、面白い事になってるな。」


 二人で顔を見合わせていると、後ろから楽しそうな声がかかる。


「一つの体に二つの意思か……あー、解剖したい。」


 後ろを振り返ると安倍君が眼鏡の奥の目を光らせていた。

なんだか危ない雰囲気に、先生の体がビクッと震えたのがわかる。


「チャコなのか? 」


 紺色の目に困惑を乗せながら、友孝先輩が先生を見る。

先生はコクンと頷いた。


「そうか……でも、どうやらもう私の式神ではないようだね。」


 友孝先輩は目を瞑り、何かを確認していたようだが、目を開けるとゆっくりと告げる。


 チャコは式神から解放されたんだ。


 待ち望んでいたその事。

だけど、心は一向に晴れない。


「チャコ、ごめんね。私のせいなの。私が先生に言ったから……。」


 チャコを助けてほしいって。


 先生は友孝先輩からチャコを奪うって言ってた。

確かに、もう友孝先輩のものではなくなった。

だけど、ダメだ。


 このままチャコが生きて行っても、ずっと先生から離れられない。

式神から解放されて……でも、次は先生に捕まってしまった。


 先生。

チャコ、泣きそうな顔のまんまだよ。


「唯ちゃん……。」


 先生は一度目を瞑ると、ゆっくりと深呼吸をした。

そして、次に目を開けると、そこには朗らかに笑う姿があった。


「大丈夫。先生はここにいる。」


 チャコがゆっくりと私の手を掴む。


「今は先生が奥にいるけど、私が交代する。先生、力が強すぎてあんまり長生きできなかったみたいだけど……私がずっと先生の力を抑えておくから。」


 そして私の頬にそっと手をかけて涙をぬぐってくれた。


「これで先生と唯ちゃんでずっと一緒に暮らしていける。……トゥルーエンドだー。」


 満足そうに笑う先生。


 ああ。まただ。

またこうなってしまった。


「チャコは交代したらどうなるの? 」

「どうかな……、主人格は先生になるから、先生の中でずっと眠ってるような感じになるのかな? 」

「そんなの……消えちゃうのと一緒だよ。」


 私はチャコに行って欲しくなくて、ギュッと手を掴み返した。

でも、チャコは困ったように笑った後、目を閉じる。

きっと、先生と交代するためだ。


 私は後ろを振り返り、安倍君を見上げた。


「……私の力、もっと強くなりますか? 」

「そうだな、俺と修行すればもっと強くなるだろうな。妖に力を与えるだけじゃなく、抑えることもできるなんてな。面白い。」


 眼鏡の奥の黒い目がキラキラと私を見ている。


 私は強くなれる。


 最強の陰陽師が言ったんだ。間違いない。


 そうだ。私は妖雲の巫女だ。

なんでもできる。

その力が私にはあるんだ。


 今度は私が強くなろう。


 先生に頼ったから、先生にチャコを捕まえられてしまった。

だから、私自身の力でチャコを救うんだ。


「あなたに会いに行きます。」


 あの朝へ。

何度でも。

『この世で一番強い妖』九尾鉄平 トゥルーエンド達成

『最強の陰陽師』 ルート開放します


活動報告にチャコside小話upしました

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活動報告にupした小話をまとめました。
本編と連動して読んで頂けると楽しいかもしれません。
和風乙女ゲー小話

お礼小話→最終話の後にみんなでカレーを作る話。
少しネタバレあるので、最終話未読の方は気を付けてください

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