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恋物語の片隅で  作者: 那智
夏休み
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夏休みの始まりです

さてさて夏休み編の始まりでごじゃる。


今日は終業式。一学期最後の日だ。

校長の長話で数人が倒れたこと以外はなんの問題もなく終業式は終わった。

倒れるというのはその時点で問題なのだろうが俺の隣の席のクラスメートが集会がある度に倒れているので倒れるということをもはや日常茶飯事だと認識しつつある。これはいけない。

教室に戻りホームルームが終わると同時に紫苑がこちらに駆け寄ってきた。一瞬紫苑の頭に犬の耳を幻視したが気のせいだろう。


「なーつーやーすーみー! 夏休みだよ、純!」


なんか紫苑のテンションがやばい。や、気持ちはわかるけども。

言わなくてもわかるとかなぜ叫ぶ必要があるのかとか言いたいことは山ほどある。


「…………おう、そうだな」


だが俺のテンションは最低値であった。よってそんな余裕はない。

ぶっちゃけあんま寝られなかったのだ。俺とあろうものが寝不足とは情けない。

まあ原因はあれだ。恋したのはいいけどまさかこれでこんなに悩むことになるとは思わなかった。ああ、これが普通の恋だったら悩むことなく突貫するのに。


「どうしたんだよ黒田。 夏バテか?」


「まあそんなところだ。 ちょっと風通しいい場所で休んでくる。 紫苑の相手頼む」


適当に理由をつけてこの場から離れることにした。少し考え事がしたかったし、なにより今の気分で紫苑のあの勢いに付き合う元気はない。

黄野にすべてを託すと軽く手を振って教室から出ていく。

及川には会わないようにした。だってまだ気持ちの整理とか付いてないんだよ。


夏休みにはしゃぐ生徒達の喧騒から逃れた俺は屋上で腰を下ろし考え事をしていた。鍵?天体観測のために普段から持ってますし。というか仙石先生が毎回許可出して鍵渡すのめんどくさいって言って渡されたのだ。それでいいのか先生。

まあそのお陰でこうして静かな場所で考え事できるわけだしあえて気にしないでおこう。

にしても一人になれる場所を探してここに来たがここは休むにもいい場所だ。いい風が吹いていてちょうどいい具合に涼しい。

ここに来る途中食堂を覗いたら「ああ! この一夏の間にどれだけのカップルが産まれるかしら!」と悶えていた仙石先生を目撃してしまい先生に追いかけられたり(その後捕まった)、なればと生徒があまり寄り付かない教室に行けばカップルが抱き合っていたり(知らない人だったので即座に逃げてきた)となにかとアクシデントに見舞われたのは記憶から除外しておこう。


さて、それはともかくだ。

まず確認しよう。俺は及川が好きだ。別に考えるだけで胸が高鳴ったり見つめ合うとお喋り出来なかったり気づけばつい視線で追ってたりすることはないがとりあえず好きだということは確実だと思う。

ここまで自己認識が出来ていながらグジグジ悩んでいる理由は一つ。


怖いのだ。

最悪真っ正面から告白して玉砕するのならそれでも構わない。だがこの世界は乙女ゲームの世界だ。いくら自分がこの世界は『現実』だと認識しようと『イベント』が起こるこの世界は少なくともゲームを下地にした世界であると考えられる。

そしてその理論でいえばこの世界の主人公は紫苑であり、俺はその攻略対象なのだ。『物語』の途中で攻略対象が離脱などあり得ない。俺のイベントは始まってすらいないのだ。だからどうしても考えてしまう。

このままでは俺の恋は実らないのではないかと。

『物語の修正力』なんていう得体の知れないものがある限りその考えからは逃れられない。


だがその考えから逃れる方法はひとつだけある。


今日まで起こったことから考えるにこの世界では『物語』で起こったイベントは時期は違えど必ず発生するものだと思われる。

これまでに起こったのは赤海先輩と緑川先輩のイベント。まだ黄野、青葉先輩、白波先輩のイベントが残っている。幸運なことにこの三人は紫苑Love勢。背中を押せばきっと行動に移るだろう。移ってくださいお願いします。

そう、俺の考えとは自分のイベントが起こる前に三人のうち誰かと紫苑をくっつけてしまおうというものなのである。

幸いにして『物語』に逆ハーレムルートはない。そのためそのあと俺のイベントが起こったとしても相手が紫苑になることはないだろう。なったとしても一緒に問題解決に奔走するだけなのでいつもと変わらないはずだ。


うむ、完璧な作戦。

くっくっく、この三連装ラブコールに対してどう対処する?我が幼馴染みよ。諦めて誰かとくっつくがよい。お願いします。

うーん、なんだか主人公に刺客を送りつける悪の首領の気分。お願いしちゃってる時点でゆるゆるだけど。

一応目標と言うかなんというか希望ができたことで気持ちはだいぶ楽になった。

さて、明日からは夏休みだ。時間はたっぷりあるはず。悩んでばっかりじゃなくて存分に楽しもう。でなきゃ損だ。




夏休み一日目。

記念すべきこの日、多くの生徒が里帰りしたり遊びに出掛けている中、俺は解放感に浸ることなく生徒会室にいた。解せぬ。

今日は『大江戸目明し奇行シリーズ』を読みふけるつもりだったのに。

呼び出された理由は簡単。なんでも夏休み中のことについて話をするからと白波先輩に集められたのだ。まあ、最低限の連絡事項を伝えられた後は雑談モードに突入したけど。


「……黒田くんと高倉さんは…夏休みなにか予定あるの?」


珍しいことに青葉先輩から話題を振ってきた。


「まずは実家に帰る予定です」


「あーそういえばお盆前に一回は帰ってこいって言われてたよね」


お盆は忙しいからな。うちはじいさんの家に行くし紫苑も父方の実家の方に顔出すんだよな。

そういや紫苑の親戚にやたら紫苑になついてる奴がいたな。元気かなーあいつ、会うたびになぜか目の敵にされたんだよな。


「そーいや黒田と高倉って家隣どうしなんだっけか? …………うらやましい」


おい黄野聞こえてんぞ。そのせいで紫苑の世話をするはめになったんだがその辺どうなんですかねえ。

というかそんな風に嫉妬したりしてライバルフラグが立ったらどうするんだ。そういうのは青葉先輩としてなさい。


「そういうテメーらはどうなんだ?」


横から赤海先輩が会話に入り込んできた。


「俺も一回家に帰るっすけど部活のためにちょくちょく学校に来るっすね」


「……僕も家に帰って……そのあとは特に予定ないです。 ……えと、副会長は?」


「俺様も似たようなもんだ。 いつもならふけるが今年はいろいろ面倒かけちまったからな」


どうやらみんな特に予定はないらしい。まあみっちり予定が詰まっている方が稀か。


「となると夏休みなにするかだな。 さすがに予定が何もないってのはな……」


「そーいや最近ゲーセン行ってねえなー。 黒田今度行こーぜ?」


「実家に帰ったあとな」


金が心許ないのだ今は。補給してからなら喜んで行くが。

しかし黄野、おまえ嫉妬したと思ったら遊びに誘ってきたりして忙しいな。


そんなこんなで再び雑談タイム。

紫苑が帰ったらなにしよっか!、と言ってきてその度に黄野が羨ましそうな視線を向けてくる。やめて、無駄にヘイト向けさせないで。違うんです。狙ってません。俺のターゲットは及川なんです。

そういえばー、と黄野が思い出したように言った。


「夏休みって生徒会の仕事とかないんすか? さっきの連絡事項も新学期のことだったし休み中のこと聞きたいんすけど」


「基本仕事はねえが何か学校で用がある時に呼び出されることはあるぜ」


黄野の問いには赤海先輩が答えた。いろいろあったけどこの二人もここ最近は仲が改善されたようでうれしい。


「わざわざそのために集まるのもめんどくさいよな。 他に集まる理由があれば割りきれるんだが」


その時、すっと手があがった。皆が手をあげた人に注目する。


「それなら私に提案があるのですが」


きゃー、白波先輩だー。この時点で普通の平凡な夏休みという可能性は完全に除外された。


「私の実家で所有してる別荘で合宿……のようなものをしませんか?」


…………………。

はっ!思考停止してた。つか別荘?すげえな。非常識は予想してたけど予想以上だよ?


「えーと、いろいろ聞きたい事がありますがその別荘とやらはどこにあるんですか」


「うちで所有してる無人島にありますよ。 自然をそのまま残してあるんでとてもいい所なんですよ」


こ、言葉がでねえ……。

というか無人島って個人レベルで所有できたんですね。買う機会なんてないので初めて知りました。


「別荘って……しかも無人島って、俺達とは住んでる世界がちげーな……」


「……ほ、ほんとだよね」


「会長のやることがでかいのはいつものことじゃん」


緑川先輩は達観しすぎですわ。それが正しいことは今までの経験からわかってるけどな!

しかしギャルゲーでも乙女ゲーでも言えることだがこういう世界の金持ちってほんとヤバイな。なんやねん無人島丸々所有してるって。こわい。

きっと数多のギャルゲー、乙女ゲー世界の経済の最低数パーセントは攻略対象共が握っているんだろうな。そう考えるとそういう人たちを手玉にとる主人公共はほんと恐ろしい。逆ハールートがなくて本当によかった。

うん、これ以上考えるのはやめよう。考えれば考えるほど気づいてはいけない何かに触れそうな気がしてくる。

俺が世界の真理に恐怖を抱いている間にも会話は続いていく。


「あの、それって生徒会だけで行くんですか? できれば美羽―――友達も誘いたいです」


「あ、それ俺も気になる」


緑川先輩は彼女できたばかりですからね。いやはや仲がよろしいようでなにより。


「構いませんよ。 流石にあまり多いと困りますが数人なら大丈夫ですよ」


「やったー!」


紫苑は無邪気に喜んでいるが緑川先輩を除く男性陣は顔を見合わせ白波先輩の非常識さについて溜め息を吐く。


「……すごいなぁ会長」


「ほんとですね。 ところで青葉先輩、去年はこういうことなかったんですか?」


「うん。 ここまでは流石に……」


ん?ちょっと待って、それってここまでの規模じゃないのならなにかやったってこと?その辺詳しく。



そういうわけで俺達生徒会員+α(予定)は夏休みの中盤を白波先輩家の別荘で過ごすことになった。

ちなみに恒例の海イベントもあるがそれは近くにある観光地の浜辺で行う予定だ。なんでも別荘のある島の海岸はプライベートビーチ以外では泳ぐのに適していない上、泳ぐ以外はできなさそうだからとのことだ。

それに観光用の浜辺なら海の店とか貸しボートとかあるらしいし娯楽の面でも上だろうから不満はない。

なお、別荘作るのにわざわざそういう島を選んだのは民衆の娯楽の場を奪ってはいけないと考えたからだそうだ。くそ、金持ちの癖にちゃんと民衆のことを考えやがって……善良な上にチートばっかか白波家。


紫苑達が別荘行ったらなにしようかとか話しているのを眺めていると、ふと視線を感じた。

視線を感じた方向に目をやれば俺と同様に会話の輪から離れていた白波先輩がこちらに視線を向けていた。

―――む、これはアイコンタクト。

なお、内容はわからん。好感度が足りんな。でも用があるらしいことは把握した。




集まりの解散後、トイレに行くフリをして紫苑たちを先に返すと俺は道を引き返した。そして生徒会室に再び入る。

そこには白波先輩の姿があった。


「それでなに用ですか? 白波先輩」


こういう風に白波先輩と二人で話すのは二度目である。前回は赤海先輩のアレだったが今回は察するに白波先輩自身の話だろう。

根拠?勘だよ勘。


「にしてもなんで俺に相談なんか? もっと適任がいたんじゃないですか?」


「太陽はこういう相談をするには向いてませんし、青葉には荷が重いです。 緑川は……ちょっと……」


どういう相談かは知らんがそれはまあ残当というかなんというか。前者二人はともかくある程度頼りになりそうな緑川先輩も彼女できたばっかで浮かれてますからね、地味に。

二年生達が駄目な時点で一年である黄野と紫苑も除外されたのだろう。ん?あれ、俺も一年生なんだけどな。おかしいな。


「流石に一人で抱えるのは重い問題なんですよ」


ぐぬぬ、ここまで言われたら引き下がれないじゃないか。ったく、弱味とかヒロインに見せろよな。俺に見せてどうすんだ。そっちのルートはありませんよ?

でもここに来ている時点で見捨てると言う選択肢などない。


「わかりましたよ、腹くくりました。 話してください」


「助かります。 実は――――」


白波先輩の“相談”をうけた俺はまず絶句し、次に頭を抱えた。

それから数分悩みに悩んだあと、死んだ魚のような目で白波先輩に微力ながら全面協力することを伝えたのだった。





自分の部屋に戻る途中の帰り道、俺は大きく溜め息を吐いた。最近溜め息吐きすぎてそろそろ幸せの値がマイナスいきそう。

はあ、一応全力で協力するとは言ったけどどこまでできるやら。こういうのに関しては前世の知識も役にたたないため完全に専門外なのだ。


―――いやほんと、婚約者についての相談なんかされてもすごい困る。

こちらとら婚約者どころか彼女いない歴十五年+αだというのに。あ、涙でてきた。


お買い物イベントとか書くか。あとまた黒田君、黄野君、青葉先輩の三人で遊び行かせたりしよう。

あとこれから黒田君が読んでる本に今回みたいに謎タイトルつけて遊ぼう。遊び心は大事よね。

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