イベント対策しましょう
大分時間が掛かってしまった。反省反省。
小鳥遊先輩の恋路を手伝うと決意してから数日が経過していたが特に語るべき出来事もなく平凡な日々を送っていた。
いやほらお菓子作りってそんな一日や二日で上達するもんでもないからしかたないのだ。
そんなある日、特に仕事があるわけでもないのに生徒会に顔を出した時の話である。
生徒会室に来たときちょうど青葉先輩が生徒会の仕事で図書館に本を運ばなければいけないということでそれを手伝うことにした。
「ご、ごめんね。 仕事を手伝わせちゃって・・・」
「気にしないでくださいよ。 青葉先輩にはいつもお世話になってますから」
これはお世辞でもなく本当のことである。
生徒会の仕事でわからないことがあれば青葉先輩に聞いていたので実際だいぶお世話になっているのである。
なんていうか青葉先輩は緑川先輩や白波先輩より話しかけ易いんだよね。
あ、別に嘗めてるわけじゃありませんよ?
「それにこういう仕事なら大歓迎です」
申し訳なさそうな青葉先輩に抱えた本を軽く叩いて言う。
本好きにとって本に関する仕事は大好物だ。何故図書委員にならなかったのってレベルで。
まあ、この学園に図書委員会はないのでしかたないね。
図書館は生徒ではなくちゃんと図書館レベルの管理は学生には荷が重いというのが理由だ。
そして図書委員がいない分、その仕事の一部は生徒会に回ってくるのである。
「新刊を真っ先に見れるのは有難いですから」
「黒田くんは本当に本が好きなんだね。 僕もそれくらい熱中できるものがあればなあ・・・」
いや中毒レベルまで熱中するのはどうかと思います。
しかし青葉先輩が熱中できるものか・・・なんだろ?
そういえば前に野球が好きとは言ってはいたけど野球部に入っていないあたりどっちかっていうと見るのが好きなんだろうなぁ。
よし、ちょいと聞いてみるか。
「青葉先輩が熱中できるものってなんですか?」
「え? うーん・・・そう聞かれるとパッと浮かばないなぁ・・・」
ふーむ、特に趣味無いんだろか?
つかここで青葉先輩は紫苑に夢中ですよね、って言ったらどうなるかね?運搬作業に支障が出そうだから言わないけど。
「駄目ですよ無趣味は。 これは持論ですけど趣味があるだけで人生はいくらでも楽しくなるんです。 だから趣味はあった方がいいです。 なんならまたゲーセンでも行きますか?」
「そ、そうだよね。 なにかちょうどいいの考えとこうかな・・・」
「では読書とかどうですか?」
「あはは・・・うん、考えとくね」
図書館への道のりは青葉先輩と雑談を楽しみながら歩いたおかげで体感としてはあっという間だった。
図書館の職員に運んできた新刊を渡したら後は白波先輩に報告するだけだ。
正直言えば今すぐにでも新刊を漁りたいのだが手伝うと決めたのだから報告まで付き合うべきであろう。
唇を噛みちぎりかねないぐらい未練を遺しながら図書館をあとにした。
生徒会室に向かいながら俺はやはりあのまま図書館で本を漁ればよかったかな、と未練がましく廊下を歩いていた。
「あ・・・」
その時青葉先輩が不意に立ち止まった。
「青葉先輩?」
「ね、ねえ黒田くん。 あれ・・・」
青葉先輩が突然前を指差した。
青葉先輩が指差した先には赤海先輩の姿。その姿を見て眉をひそめる。
なぜなら遠目からみても赤海先輩は覇気がなく足取りも重かったからだ。
つかまだあの精神状態のままだったの?
思ったより繊細なんですね。ガラスのハートとでも言うつもりか。防弾ガラスに加工すんぞこんちくしょう。
ていうかあんな辛気くさい顔して歩き回ってたら廻りの奴も気が滅入るわ。
もはや公害じゃないですかこのやろう。
「って、あれ?」
顔を見ると赤海先輩の左頬に湿布が貼ってあるのに気付いた。
転んだのだろうか?
いやそれで頬をあんなふうにぶつけるのはおかしい気がする。
紫苑のように凄まじいドジっ子ならば納得もできようものなのだが赤海先輩がそんなドジを踏むとは思えない。
ならば何故か?
・・・もしかして殴られた・・・とか?
もしそうなら喧嘩か?
いや赤海先輩はここしばらくしょぼくれてるっぽいからその線はあるまい。
なにより暴力沙汰起こしてへこんでいるのに更に暴力沙汰を起こすなんて考えづらいし。
でもそれならなんで・・・いやもしかして・・・。
そんなことを考えているうちに、まるでゾンビのような足取りの赤海先輩は角に消えていってしまった。
それを見届けると青葉先輩は口を開いた。
「な、なんだか最近生徒会長の様子、おかしいよね」
「ええ、荒れている様子がないのが幸いですけど」
「うーん、なにかあったのかな?」
ああ、発端なら心当たりありますよ。
「なんでも今までの行動について白波先輩にボロクソに言われたらしいですよ」
「あー、それは落ち込むよね・・・」
その言い方は経験あるんですか?
「僕、一年生の頃はたくさんミスしてたから・・・その度に小言言われてたんだ」
姑かよ白波先輩。いやこの場合舅か?
まあどうでもいいや。それより赤海先輩のことである。
『物語』からズレている現状では何が起こるのか確証がない。
だがもしこれが『物語』で起こるイベントが前倒しになっているのだとするならばやりようはある。
細かなイベントは録に覚えてなくても重要なイベントなら覚えているのだ。うまくすれば赤海先輩関係の問題を解決できるかもしれない。
だがやはり確証がないというのが厳しい。先入観を持っている場合、もし実際に起こった出来事が違った場合取り返しのつかないミスをするかもしれないのだ。
それならば―――
「・・・ちょっと探ってみようかね」
わからないのなら調べればいい。簡単なことだ。
幸いにして知り合いは多いし聴き込めばなにかわかるかもしれない。
「どうしたの?」
おっと、青葉先輩がいるの忘れてた。
せっかくなので首を傾げる青葉先輩に俺がこれからやろうとしていることを告げた。
それを聞いた青葉先輩は目を大きく見開いて驚きをあらわにする。
俺、そんな変なこと言ったかね?
内心疑問いっぱいの俺を見て青葉先輩は口を開いた。その目と声色は心底理解できないと告げているようだった。
「ねえ、黒田くんはさ・・・こんなこと言うのもあれだけど・・・なんで生徒会長にそんなに肩入れできるの? その・・・殴られたことだってあるんでしょ?」
あー、そんなこともあったな。一ヶ月くらい前か。なつかしー。
そんな目にあったら青葉先輩の性格なら二度と関わらないようにするだろうな。
いや殴られてなお関わろうとする奴なんぞよほどのお人好しかバカだろう。
俺は・・・後者だろうか?割とへこむ。
「我ながらバカだとは思いますけどね。 なんだか心配なんですよ」
「心配?」
「嫌なんですよ。 自分が関わった人が不幸になるのは。 自分のせいとかそういうの関係なく不幸になるのが許せないんですよ」
ま、救いようのないのは除きますけど、と最後に付け加えておく。
この場合の救いないとは俺の手ではどうすることもできない場合のことを言う。
「すごいんだね、黒田くんって・・・」
そういう青葉先輩の目は先ほどと違って僅かに尊敬の念が含まれているようだった。
や、やめてください。そんな目で見ないでください。割と・・・いやかなり恥ずかしい。
「わがままなだけですよ」
実際、俺ほど自分勝手な人間などそうそういないだろう。
なまじ幸せな結末を知っているから彼らが不幸になるのが気にくわない。
もし俺にそういう知識がなかったら何もしなかっただろう。ただ傍観して彼らが不幸な結末を迎えたとしてもせいぜい気の毒だとしか思わなかっただろう。
まったく我が事ながらめんどくさいことだ。
「と、いうわけで助力をいただきたいのですが」
「噂? あー、そうだな・・・」
青葉先輩と別れた俺は生徒会室にいた緑川先輩に赤海先輩関連の噂がないか聞いていた。
なぜ緑川先輩なのかというと緑川先輩はナンパやらなんやらで俺の知り合いの中で一番顔が広いと思ったからである。
それに女性というものは噂話に詳しいイメージがある。そんな女性たちと関わりが多い緑川先輩に
え?それなら女性である紫苑あたりに聞けばいいだろって?
いやあいつは噂話をするような奴じゃないので除外である。
「悪いけど思い当たるものはないなぁ。 しっかしお前もよくそんな面倒事に首突っ込む気になったよな」
「あのまま放置っていうのも心苦しいですから」
そういえばこの説明何回目やろか?
それほどまでに俺が赤海先輩のために行動するのが意外と思われているのか。
まあ俺、殴られてるしな。
「ま、いいや。 噂に関しては適当に聞いてきてやるよ」
「ありがとうございます」
「いいっていいって。 女の子に声掛ける口実になるからなー」
どんなときでも緑川先輩はお変わりないな。ここまでぶれないのは尊敬に値する。
真似したくはないけども。
「じゃあお願いします」
「ああ、任せといてくれよ」
話しかけやすいのは青葉先輩だけど先輩として頼れるのは緑川先輩だよなぁ。
そんなかなり失礼なことを思いながら生徒会室を後にし、これから先のことについて考える。
一応最低限のことはしたのであとは待つだけでもある程度の情報は集まるだろう。だが人任せでのんびりするというのはなんか嫌だ。
あとは自分の足で調べるか。人に頼るだけってのも性にあわないしな。
あと頼れそうなのは黄野だがあいつはあいつで赤海先輩のことを嫌ってる。手伝ってくれるかどうかわからん。
紫苑や及川も手伝ってはくれそうだけど下手すれば暴力沙汰になりかねないような事に巻き込むわけにはいかない。
小鳥遊先輩の恋路の手伝いという名目で意識をそらしておこう。あっちも人手がほしい事態になるかもしれんし。
白波先輩は・・・最終手段だな。うん。
はぁ、なんやかんやでめんどくさいな。
っと、これじゃいかんな。めんどくさいなんて思っていては協力してくれた緑川先輩に申し訳ない。
よし、意識改善のために図書館に行くのはこの厄介事が解決するまでお預けにするか。
途中でめんどくさくなっても投げ出さないようにするための誓いである。
割と苦行だがこうでもしないと集中力が持ちそうにないので仕方ない。
それに本なら一冊確保しているしな。ってあれ?これじゃ意味なくね?
でも読まなきゃ及川に感想を伝えることができないし・・・いや、それだからこそ本気でやれるというものか。
まさに背水の陣。これはとっとと解決しなければ本を読めないストレスで死にかねない。
ま、いっちょがんばりますかね。
次からはしばらく(?)赤海先輩メインかな?




